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◇11. ドキドキ、学校訪問

郊外の公共図書館に1年の契約で採用され、結局その図書館では2回の雇用期間延長で合計1年9か月間働いた。この図書館で初めて児童司書としてさまざまな業務を体験させてもらった。

ほぼ新卒(とはいえ年齢は中年)のわたしだったが、あらゆる業務にベテラン司書さんたちと対等な関係で携わらせてもらった。

デンマークでは、職場での人間関係は極めてフラットだ。子どもの頃から、人々は学校でも先生、校長先生でさえ、例えばピーターとかアネッテといったいわゆる「下の名前」で呼び、「先生」とか「ミスター」といった敬称を使うことはない。会話もいたって対等で、子どもでも、堂々と大人に話しかける。日本人的なめがねで見ると、それは時に不躾だったり、失礼にさえ見えてしまうこともある。でも、対等な関係とは、相手の存在をありのままに受け入れ、尊重し、信頼することがベースになっているともいえる。むしろ校長先生など組織のトップやそれに準ずる立場の人ほど、子どもたちの声に真摯に対応することが暗黙的に期待されていて、そういった立場の人々が、新任の若い先生や生徒に対し声を荒げたり、高圧的な態度を取ることは決して評価されるものではない。

先輩後輩という概念も基本的にはなく、互いにほぼ対等な関係が築かれている。わたしがいた図書館業界では、館長とそれ以外の立場の人々も対等に話すことが普通だった。(とはいっても、人間関係はその職場の文化や関係性に影響されるものなので、どこでも一律同じということではない。ただ典型的なかたちがこうだということ。)

児童図書館での選書の際も、同僚に意見を求められたり、週末の様々なイベント企画も、どんどんアイディアを出してねといわれ、企画→広報→実施まで色々なイベントに直接携わることができた。これはわたしに経験を積ませて、次の職場を探すときに役立ててほしいという同僚や上司らの計らいでもあった。このときのわたしの雇用形態が期間限定であったこと、また次の採用の予定がこの図書館ではしばらくなかったこともあり、雇用期間が終わるまでに、できるだけ様々な経験を積ませて送り出してあげようと考えてくれていたのだった。

ブックトーク・デビュー

そんな中、わたしが初めて参加したイベントのひとつが「ブックトーク」だ。この図書館のある市では、毎年秋になると、市内すべてのフォルケスコーレ(公立小中学校)4校の4年生クラスを1クラスずつ訪問し、本を紹介する「ブックトーク」が伝統行事だった(残念ながら現在は管理者の意向でなくなってしまった)。

ビール瓶1ダースが入る大きさの箱×3に、詰め込めるだけ、あらゆる本(フィクションとノンフィクション)を詰め込むと、クラス担任と予め約束していた日の数日前には、図書館専属の運転士さんが本を教室へ届けてくれていた。約束の日に司書が教室を訪れると、学校の司書教諭さんとともに、本を次から次へと子どもたちに紹介する。授業時間にして2時間分(45分×2)だ。

この市はすばらしいことに、どの学校にもしっかりした学校図書館があり、学校図書館専属の教員(司書教諭)が複数いたので、2人(公共図書館から1人と学校図書館から1人)で交互に本の話をしていくというイベントを毎年行うことができたのだった。

と・は・い・え、だ。
デンマークの子どもに・児童書の・プレゼンを・デンマーク語でする〉というのは、わたしにとって決して簡単なことではなかった。

そもそも、デンマークの10歳前後の子どもたちは、人の話を辛抱強く聞くという習慣がない(!)。

自分たちがその授業にコミットしているという感覚がなければ、すぐに態度に表れて、退屈しはじめたり、お互いに喋り始める。ある教員が子どもたちの前で一方的に10分以上話し続け、それをほぼ全員がじっと聴いていられたなら、それはその人が子どもを惹きつけるのがとっても上手いか、カリスマ性があるといえる(これはいわゆる「当社比」です)。ブックトークの場合、教室に入ってくるのは教師経験もない司書(例えばわたし)と、教員ではあるがそのクラスには普段かかわりのない司書教諭だ。子どもたちの知らない2人の大人が、60分近く話し続けるのだから、大人側はただ話すだけではなく、子どもを介入させる工夫が要る。

同僚たちのパフォーマンスをまず見たいとお願いし、それぞれの得意分野や、子どもたちの関心を惹きつける話術などを見せてもらった。皆、もう何年も続けていることもあって、とても流暢に、子どもたちと楽しい時間をつくり出していた。その一方、わたしは母語ではないデンマーク語で、子どもたちを退屈させずに話ができるのか?いや、そもそもわたしのデンマーク語ってわかってもらえる??と思い始めてしまい、逆に不安ばかりが募っていった。

さらにさらに、そもそも話術や言葉以前の問題として、紹介する予定の本10~20冊にしっかり目を通し、それぞれの面白さ、なぜそれがお勧めなのかを1冊2、3分程度でサクサクと話していくためには、本の内容をしっかりと頭に入れておかなければならない。とにかく、本の内容を忘れないように!すらすらと話していけるように!とメモをつくり、それを見ながら日々話す練習が始まった。

続く試行錯誤・・・

学校の司書教諭さんと息を合わせながら次々と児童書を紹介していく、わたしの「ブックトーク」はそうして始まった。毎回、相手が話している間に、次に自分が紹介する本を箱からそっと取り出して、話すポイントをふり返りながら、順番が来たらシャキシャキ!と話す。始めの頃は毎回すべてのプレゼンが終わるとドッと疲れが出たけれど、「じゃ、どうぞ手に取ってね」というと、子どもたちがわーっと本に走り寄ってきてくれる光景を見て、ホッと肩をなで下ろし嬉しい気持ちにもなった。まだ幼く素直な子どもたち。面白そう!と思ってくれさえすればノリも良く、素直に関心を示してくれた。

同僚と分担しながら、市内の4年生、全9クラスを訪問し、それぞれのリクエストにも応えながら本を紹介していくブックトーク。毎回各クラスに持ち込んだ本約80冊を1ヶ月半ほど貸し出しては、また次のクラスを訪問するというペースで、毎年数ヶ月にわたって行われていった。

この2年後、わたしは同じ市内の学校図書館に就職する。そこでは、公共図書館がブックトークへの参加を辞めてしまったので、60分程のブックトークをたったひとりで担当することになった。司書教諭さんと2人で掛け合いながらやっていた時は、片方が話している間に少し休憩を挟みながら次の本の準備ができたのに、子どもたちの前で、たった1人で話し続けなくてはならなくなり、あぁ!いったいどうしたら良いんだ??!と新たな課題が浮上する。試行錯誤や失敗をくり返し、少しずつ子どもたちの前で話す技術を付けていったのだけれど、そのドタバタ劇についてはまた次回・・・。


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