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◇10. 狭き門

仕事を探しながら毎日コペンハーゲン中央図書館で千本ノックを受けてきた6か月。この契約は制度上延長できないこともあり、わたしの千本ノックは一旦6か月で終了した。

その後はまた家にいてジョブセンター(職業安定所)のホームページから仕事を探し、カバーレターと職務経歴書(CV)を送る日々。ただ以前までとは異なり、コペンハーゲン中央図書館での職務経験があることで、少しずつ手ごたえを感じることも増えた。

とはいえ、なかなかハードルの高い職種であることは間違いはなかった。デンマークの公共図書館の求人は大概「成人部署(Voksenafdeling)」と「子ども部署(Børneafdeling)」に分かれている。それ以外にもイベント担当、ノンフィクション専門、IT専門、最近では co-creationなど、多様な部署や職務を持つ図書館もある。大学図書館の場合は、学生にレファレンス以外にもデータベースの使い方等を英語で教える担当や、大学共通の研究者向けデータベース管理、運営の業務などもある。わたしが履歴書を送って何らかの手ごたえがあるのはいつも、経験のある「子ども部署」のみで、職務経験がないと図書館大学で教育を受けていても、まったく箸にも棒にも掛からなかった。

幸運にも面接に呼ばれると、そこで応募者数を教えてもらうこともよくあった。たいていは1人募集に対して100人以上が履歴書を送ってくるのが一般的な職種であったようで、120~140人のうち5人を面接に呼びましたと言われることが多かった。これが成人部署や大学図書館であればその2,3倍なのだとか。とにかく図書館で働くのは狭き門なのだった。

ネットワークはいのち

デンマークでは司書資格は大学を卒業した段階で自動的に得られるもの。卒業のための単位をすべて取得すれば、自動的に司書と名乗れる。追加の試験もない。でもそれだけですぐ仕事が待っているという訳でもない。皆、地道に学生時代のアルバイト先など、出入りしている職場で声をかけたり、そこでネットワークを広げていく人もいる。

この「ネットワーク」という言葉、日本語に訳すと「コネ」となり、あまり良い印象を持たれないかもしれないが、デンマークで仕事を得る場合、これがとにかく大事だ。「一般企業の約半分のポジションは公募されずに決まる」とか、「3人に1人は自分のネットワークを駆使して職を得る」などとも言われており、必ず公募しなければいけない国や自治体の仕事でさえも、募集の前段階ですでに採用者が決まっていることもある。これは図書館で仕事をしたいと思って職探しをしていたときに周囲でもよく聞いたことだった(今でも)。仕事を探し慣れてくると(そんなことあまり慣れたくないけれど)、募集要件を読み込めば、既にもう決まった人がいるとわかるものさえある。実際に面接を受けた後「今回は残念ながら」という連絡をもらった際に、今後の参考にしたいので改善すべき点を教えてほしいと言ったところ、「あなたやあなたの経歴に問題はない。今回は事前に選んでいた人がいたから」と言われたこともあった。

そんなネットワークなしに面接を目指すには、とにかく自分を売り込むカバーレターに500%ぐらい全力投球しなければいけない。ジョブセンターではカバーレターの書き方講座などが行われ、わたしも、学校を卒業してすぐ加入した図書館司書組合の講座に出て書き方を学び、応募するたびに何度も書き直した。ここでは決して謙虚に「貢献したい」とか「学びたい」などといった表現は使ってはいけない。募集要項で必要とされているスキルや経験に自分を結びつけながら、いかに自分がそのポジションに向いていて、ユニークな存在であるかを伝えなければいけない。新卒の場合、何を売り込めば良いの?!と思う人もいる。最大A4一枚に自分の良さを書き切る!とはいえ、フォーマットが完全に自由で何も決まっていない以上、個性が出るものでもある。自分の伝えたい自己イメージも埋め込まなくてはいけない。デンマーク語でこういったことすべてを考慮しつつ書くのだが、この「オレ見て見て!!」な文化がまったくもって性に合わないんだよななんて思ったりするもんだから、これはかなりの至難の業だった。

今日ではさらに、LinkedIn(リンクドイン)というソーシャル・メディアがデンマークでは職探しには必須アイテムになっている。職探しをする上でネットワークのない人がネットワークを得るための神器のようなプラットフォーム、リンクドイン。ここのプロフィールを磨き上げずに仕事を得ようなど非現実的極まりないとも言われたりする(ジョブセンターで)。

とはいえ公共図書館一択で職探しをしていた当時のわたしにとって、まだこの頃は図書館関係者がこのプラットフォームを利用することはほぼなかったこともあり、ここはとりあえず立ち上げる程度にして、あとはとにかくジョブセンターのサイトでみつけた図書館の公募にカバーレターと職務経歴書を送り続けた。

面接、そして採用

2つの図書館で少し経験を積んだ後コツコツ応募し続けた甲斐があり、ある郊外の市立図書館の子ども部署で1年間の有期採用が決まった。

このポジションに応募したときのカバーレターは自分なりによく書けたと思っていたから、約100人ぐらいの応募者の中から面接に進んだ5人の一人に選ばれたのは嬉しかった。

面接に呼ばれることが決まると、わたしはいつも図書館のホームページから児童サービスについての記載をよく読み直し、どんなサービスがあるのかを確認するようにしている。面接当日は45分ぐらい早めに到着して、その職場(児童図書館)がどんな風にデザインされているか、書棚や分類はどんな感じなのかをじっくり見て回ってから面接を受ける。その方が話しがスムーズにいくこともあるからだ。図書館の採用面接はだいたい1回のみで40~50分程度、課題を前もって渡されることもある。面接会場には館長ほか4,5人が座っていることも多く、テーブルにはお決まりのように紅茶やコーヒー、水が置かれていて、まずは飲み物を提供され、スモールトークするところから始まり、少し心をやわらげた後に本題に入る。とはいえ、緊張気味な上にあまり脈略のないスモールトークをデンマーク語でするのはなかなかハードルも高い。それを好印象でくぐり抜けなければいけないのだから。

スモールトークから緩やかに面接が始まると、募集したポジションについての詳しい経緯、どんな人材を求めているか、どんな業務が待っているかということが面接担当者から簡単に説明され、それではあなた自身のことを聞かせてくださいとなることが多い。そして面接が終わると、自分が働くことになる部署、わたしの場合は児童図書館を、面接に同席した司書さんが案内してくれて、どんな場所であるのかを聴いて終了となる。

採用が決まった郊外の市立図書館でもこんな感じで面接は進んだ。終始、和やかな雰囲気で、のちに同僚となった司書さんや上司が皆ニコニコしていたのが印象的だった。これでも落ちるときは落ちるだよなぁと思っていたから、採用を決めましたと電話をもらったときは嬉しかったことをよく覚えている。

採用されたポジションは臨時職。1年契約で延長の可能性もあるというものだった。

デンマークの図書館を含め、一般的な公共サービスの採用形態は大きく分けて2つある。期限のない採用(正規職)と、産・育休代理や臨時職といった有期採用の2つ。有期採用の場合、短ければ数か月、長くても1年で、その後に延長の可能性があるかどうかも募集時に明記されている。それ以外にもプロジェクト採用といって、そのプロジェクトが終われば自動的に雇用契約も終了するという形態や、フレックス採用といって、長期間心身の病気や治療などで通常の雇用形態に就けない人向けの枠などもある。

司書として採用される場合、正規職でも有期採用でも給与に差はない。額面は、ほとんどの司書が加入している司書組合が経験年数に合わせて定めた標準賃金に従ったもので、そこに採用形態(正規か有期か)は関係ない。採用が決まると、雇用主は司書組合に連絡することになっている。その後、司書組合が契約書に目を通しGOサインを出すか、改善点を指摘する。実際、この時ではないが別の図書館で働くことになったとき、経験をもっと重視するようにと組合が指摘してくれたおかげで、採用時に提示されたものより上がったこともあった。給与交渉を組合が代行してくれるのはとてもありがたかった。

有給休暇日数や社会保険についても正規職と有期採用者に差はない。違いがあるのは業務の内容、特に数年かけてやるようなものは有期職ではできないこともあるため、あまり責任の重い業務に就けないことぐらいだ。

この郊外の図書館での有期採用をはじめとして、この後、わたしは3つの図書館で正規・有期の司書として働いた。そして言うまでもなく、それまでたくさんのカバーレターとCVを送り、書類審査と面接で落ちまくった。採用された図書館では様々な業務に携わるなかで、少しずつ自信がついてきた時期でもあった。それについてはまた次回。


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