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罪悪感と無力感、力のない自分をやめる。#備忘録

罪悪感をかんじてたら
誰か守ってくれる
可哀想って言ってくれて、誰か助けてくれる
私は何もしなくていい

私が被害者で可哀想な子でいたら
責任とらなくていい、誰かがとってくれる


だから、それが最善と思ってた

いい思いをしても自分を責めていたほうが
いい思いができると思っていたから


でもそれはいい気持ちがした?

いいや、しない。


物理的には楽だった

力のない自分になることで
みじめさや無力さや自己嫌悪の波におぼれることで
助けてもらおうとした


そうしないと大変なことになったり
自分が責任を取らなきゃいけなくなると思った

それはすごくこわくて悪いこと、いやな思いをしないといけない大変なことだと思ってた

いやな思いをすることは、
楽ないい思いをするために必要だと思ってた



でもそれは、本当に必要だったんだろうか


私が私であること
私が良い部分、あるもの、感謝できること、
受けとっていること、自分の力に目を向けて

パワフルになっていたとしたら


もしかしたらだけど、
もっと良い解決方法をしていたんじゃないか

必要だと思っていた
その罪悪感まみれの沈む状態がなければ

自分で堂々ともっと気持ちよく
しかも軽々と解決して、むしろもっと稼げるようにもなったりして
もっと良い感じに、解決できてたのかもしれない


今から考えると、それは最善だったということにしたい

けどこれからは


責任とるってそんな悪いことじゃない
そんな苦痛なことじゃない、のかもしれない

自分でなんとかできるから、何したっていい
自由、全部自分で決められる


このパワフルさを、そろそろ感じることができるのかもしれないし

責任をとらずにすむように、必要悪だと思っていた罪悪感にも気づけたし

よかったんじゃないか


むしろ、もっとパワフルになれるのかもしれない


悪いと思わなくて良い

足りないものに目を向けて
可哀想な人になるよりも

もっと楽にもっと良い思いをして
もっと楽しくお金を使ったり
パワフルに創造できるとしたら


どっちを選ぶ?


こればっかりは初めてのこころみだから
すぐには信じられなくてもいい

でもその中で、試してみるという視点はもってみたいね


むりに自分を責めなくていい
むしろ責めないほうが、もっと気分よく楽にうまくいく

ないものに目を向けて恐怖や罪悪感を感じなくて良い、不幸せにならなくて良い


幸せを感じていたら、ずっと幸せだよ。

幸せが大きくなっていく自分もパワフルになっていく、そして大事な人も自分もハッピーになる最高の解決策が待っているのかもしれない

そう思ったら試してみたくならん??


よし、やっていこう
意識していこう、細かく

私ならできる


もっと最高の未来へ

もっと最高にパワフルな自分へ 

もっと楽にすんなりと幸せになりまくる道へ



信じて

そっちのほうがみーんな、幸せかもよ

試してみてちょ


信じてるよ、愛してる

あなたなら大丈夫
大丈夫しかないんだから。


ちま


ある日の自己対話をたれ流しにしてみました。

読みにくいところ、文の繋がりがわかりにくい所はすみません!!

読んでくれてありがとうございます☺︎

心躍ります^^♪