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ストライキの復権(1)(2023)

ストライキの復権
Saven Satow
Nov. 13.,2023

「無礼なことを言うな、たかが選手が」。
渡辺恒雄

1 そごう・西武労働組合のスト
 「万国の労働者、団結せよ!(Workers of all lands, Unite!)」とカール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスが『共産党宣言』(1848)で鼓舞してから175年が経つ。東海林智記者は、2023年11月3日付『毎日新聞』の「そごう・西武のスト学ぶ 台湾の労組が来日 経緯やノウハウなど『決断に感銘』」において、労働運動の新たな国際連帯の動きを次のように伝えている。

 百貨店大手の「そごう・西武」の売却を巡り、そごう・西武労働組合(寺岡泰博委員長)が8月末に行ったストライキに学びたいと、台湾の労働組合が来日して同労組を訪問した。ストに至る経緯やノウハウを学んだ台湾の労組メンバーは「ストをやるなら組合の主張を市民に広く知ってもらうことが重要だと思った」と刺激を受けていた。
 大手百貨店では61年ぶりとなったそごう・西武労組のストライキは台湾でも大きく報道された。台湾も日本と同じようにストがあまり行われない風土で、労組の間では「どのような経緯でストに至ったのかを知りたい」との声が高まっていたという。今回、台北市の労働組合の連合組織「台北市産業労働組合連合会」(邱奕淦(きゅう・えきかん)議長)が、傘下の放送局や銀行、行政機関の労働組合のメンバーら17人で訪問した。そごう・西武労組は寺岡委員長らが対応し、約2時間にわたり情報交換を行った。
 寺岡委員長は、労組と会社は良好な労使関係にあったが、売却を巡っては親会社が情報を持つ一方、労組が交渉するそごう・西武の経営陣には情報がなく、売却に関する詳しい説明をできなかったことが、ストを実施した経緯であることなどを伝えた。
 台湾側からは「客が影響を受けるストに不安はなかったか」、「新しい所有者との交渉はどう進んでいるか」などの質問が出た。寺岡委員長は、街頭で約1万4000人の売却反対署名を集めた活動や、地域住民や東京都豊島区など自治体にも理解を求めた手法などを紹介した。台湾側からは、企業売買を巡っては同じように情報の疎外や交渉の難しさがあることが語られた。
 邱議長は「ストの決断に感銘を受けた。労組だけでなく、市民、地域の声をかき集めて(ストを)闘う手法は大変勉強になった。台日は似た状況もあり、今後も交流を深めたい」と述べた。

 2023年8月31日にそごう・西武労働組合の実施したストライキは多くのメディアを通じて広く報道され、新たな労働運動の時代の予感を世論に抱かせている。だが、それは国内にとどまらない。台湾にも影響を及ぼしている。この画期的なストをめぐる経緯は以下の通りである。

 セブン&アイ・ホールディングスは傘下のそごう・西武を米投資ファンドのフォートレス・インベストメント・グループへの売却交渉を進める。その際、そごう・西武労働組合(寺岡泰博委員長)は同社および親会社の経営陣と雇用維持並びに事業継続について協議を続ける。ところが、会社側の姿勢は不誠実で、労組は組合員の投票を経て7月25日にスト権を確立する。労使交渉での合意がないまま、経営陣が売却強行しようとしていることは明らかだ。売却予定日前日の8月31日、労組は西武池袋本店でストを決行する。

 セブン&アイは、スト最中の9月1日、そごう・西武をフォートレス・インベストメントに売却する。売却額は8,500万円で、そごう・西武の企業価値2,200億円をベースに同社や同社グループの有利子負債などを差し引いた算定である。

 しかし、物語はこれで終わらない。新経営陣は従業員向けにメールを送信、東京を始めとする「そごう・西武」の10店舗は、当面、すべて維持する方針であると伝える。従業員の雇用も維持し、余剰人員が出た場合は元の親会社であるセブン&アイが引き受ける計画である。ストをかけた組合の団体交渉は、事実上、勝利する。

 労働者がストを実行することは、憲法28条が定める「​​団体行動権」として保障されている。ストライキは、労働者が使用者に対して労働条件の維持・改善等を要求する際に労務の提供を拒否する争議行為である。正当であれば、刑事・民事責任共に免責される。従って、正当なストを理由に処罰されたり、損害賠償請求されたりすることはない。

 今回のストはまさに正当な争議行為である。西武池袋本店が丸1日営業休止したが、それによって発生した損害を会社は実施した組合員に賠償請求しても、裁判所はおそらく認めない。

 正当な争議行為として認められるためには、労働組合法や裁判判例などが求める主体・目的・手続・態様が正当であることが必要とされる。今回の行動がそれらを満たしていることを具体的に見てみよう。

 まず、労働組合を始め労働者が団体として使用者との間で団体交渉に臨んでいることが前提である。その上で、交渉を担った主体全体の意思が実施を判断している必要がある。団体交渉を行わなかったり、組合員の相違に基づかず一部が山猫ストを始めたりすることは正当ではない。そごう・西武労組は会社側と団体交渉し、スト実行に関しても組合員による投票の決定を経ている。

 次に、団体交渉を通じて使用者が決定できる範囲の要求をする目的のストであれば、正当性が認められる。あくまで個別具体的に判断されるが、賃金や労働時間、職場環境、採用・解雇、福利厚生、人事考課、人事異動などがその例である。さらに、企業の社会的・倫理的責任に関する要求も近年諸外国でこれに含める傾向が生まれている。他方、政治的主張や政府・国会に立法措置を求めるストライキは認められていない。もちろん、労組がそれを掲げて街頭でデモを行うことはかまわない。そごう・西武労組の要求は雇用・事業の継続で、これは使用者の経営判断の範囲内である。ストの目的の要件に適っている。

 さらに、ストを実施する前に一定の手続きを踏むことも欠かせない。これはすでに述べた主体や目的においても言及している。他にも、実施時期を予告していることが望ましいなどがある。今回のストでは団体交渉やスト権確立といった手続きもとり、実施に際して組合は会社側のみならず、社会的にも広く告知している。

 最後の様態はストライキにおいて暴力的行為を一切用いてはならないということだ。そごう・西武の労組はいかなる場面でも暴力を行使していない。

 今回は大手百貨店として1962年の阪神百貨店以来の61年ぶりのストである。この業界に限らず、今日の日本でスト自体珍しい。1946年から2020年までの厚生労働省の労働争議統計によると、ストを含む労働争議の総数は10462件を記録した1974年以降は減少傾向である。2019年には最小の268件で、昨年2022年も270件だ。さらに、今回のような半日以上のストにもなると、2022年は33件で、最多だった1974年の5211件の150分の1以下である。そごう・西武労組の中にスト経験者もおそらくほとんどいないだろう。不慣れであるにもかかわらず、正当な争議行為としてのストを実行し、勝利を得たのは賞賛すべきことだ。

2 賃金とイノベーション
 1974年は第1次石油危機の時期に当たり、戦後初のマイナス成長を記録している。労使間の団体交渉がもめるのも当然である。激しいインフレの下、労働者が賃金アップを要求、それに応じない使用者に対してストライキで対抗する。けれども、バブル経済崩壊後の長期不況の中、労使が厳しく対立するどころか、協調路線が多くの企業で常態化している。それで日本経済が復活したのかと言えば、むしろ、逆で、非正規雇用比率が増加、賃金水準も低迷、企業の国際競争力も衰退という長期トレンドを示している。労働運動の低調は日本経済に好影響を与えていない。

 使用者と労働者の利害は必ずしも一致しない。にもかかわらず、労働者が使用者の代弁者としてその認知行動に理解を示すとしたら、それはカール・マルクスの言う「虚偽意識(False Consciousness)」である。労働者なのに、使用者のように考え、彼らの判断に従属する。こうした意識の存在に対する不協和は使用者をスポイルするだけだ。その名ばかり労働者はシャンシャン総会を用意する総会屋とさほど違いはない。

 平成不況の間、政府による雇用の規制緩和もあり、労組はしばしば雇用の維持を優先して運動し、賃金アップを二の次としている。企業が成果を上げるにはイノベーションが必要であるが、安い人件費はその動機を奪う。雇用・解雇の規制があり、人件費が高くなると、経営者は機械化によって生産性を向上できないかと技術革新を進めようとする。国内の賃金上昇を抑制したり、安い人件費を求めて海外に生産拠点を移したりすれば、経営者はコストやリスクを伴う技術革新に意義を見出さない。奴隷労働が資本主義を超えられないことからもそれは明らかだろう。労働者が自分たちの職を奪われないために技術革新を妨害しようとするとしたら、それは従来の客体化を温存することになる。マルクスは『資本論』の中でラッダイト運動を批判している。労働者がすべきことは「物質的な生産手段」を破壊することではなく、「社会的な搾取形態」を攻撃することだ。

 人件費とイノベーションの関係例として半導体ボンダーのケースを紹介しよう。これはウェハーから切り離されたチップとリードフレームを金合金のワイヤーでつなぐ技術である。

 1950年代、ボンディングは手作業で、労働者には手先の器用さと視力のよさ、根気強さが要求されている。そのため、日本の半導体メーカーは農村出身の若い女性を「トランジスタガール」として集め、この金線つなぎに従事させる。一方、日本より賃金の高いアメリカでは、個人の適正によらない方法をキューリック&ソファーが開発する。これはボールボンディングと言い、現在でもこの分野における基本技術の一つである。

 適正選抜が不要になったので、米企業は人件費の安い東南アジアに工場を移転する。底で生産された半導体が日本に輸出され、国内メーカーは苦境に陥る。日本はアメリカより賃金が安いが、東南アジアより高い。しかし、当時の日本企業に海外移転の選択肢はない。そこで、1959年創業の新川はボンディングの完全自動化に取り組む。70年代前半にそれを実用化、日本企業がシェアを奪い返す。優位を逆転されたキューリック&ソファーも負けじと70年代後半に全自動化を実現する。以後、この二社が半導体ぼんだーの分野で激しいシェア争いを繰り広げる。

 半導体ボンダーの開発競争は人件費の高さがイノベーションの誘因であることを示している。また、生産性の向上は個人の適正には限界があり、機械化が大きい。

 1970年代、日本政府はスタグフレーション克服として有効需要の抑制に基づく省エネを呼びかける。激しい労働運動が展開する中で、労使双方がそのイノベーションに取り組んでいる。この革新には生産工程のさらなる効率化も含まれる。新結合は古い仕事を破壊しても、新しい仕事を創造する。こうして育った省エネ技術や高い生産性が80年代の繁栄につながったと言える。

 他方、平成不況において、組織は、バブルの際に余剰を抱えたとして、イノベーションが伴わない人員削減を始めとする人件費圧縮で事態を乗り切ろうとしている。さらに、中国の安い賃金水準や輸出に不利な為替相場、少子高齢化による人口動態の変化などを理由にその傾向を続ける。市場経済は競争をもたらし、企業はできる限り安い財・サービスを消費者に提供して生き残ろうとする。こう考える新自由主義者は人件費をコストと捉え、労働者の客体化を是認する。次の時代に育つものを用意せず、目先の利益を株主に示す新自由主義的経営は日本経済の低迷を長引かせるだけである。統計上の経済成長があったとしても、非正規雇用の増大による格差の拡大した社会にそんな実感はない。

 戦いを忘れ、守りに入った労働組合の組織率は低下の一途をたどる。労働者も、労組を敵視する新自由主義者に喝采を贈り、自身のシャーデンフロイデを満足させる。虚偽意識に囚われ、労働運動に意義を見出さない労働者は新自由主義者を喜ばせ、何も行動しないのだから我慢できるだろうと彼らによってさらなる苦境に追いこまれる。

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