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料理名のつけ方(2012)

料理名のつけ方
Saven Satow
Jan. 16, 2012

「たべる(日本語)=食(古典中国語)=吃(現代中国語)」

 ネット上で活躍する「お料理ブロガー」が今や地上波にまで出演するようになり、『レシピブログ』のように、ポータルサイトまで登場している。その際、人気ブロガーたちによると、考案した料理にどういう名前をつけるのかが大切なそうだ。おいしそうに感じられるものを考えなければならない。何しろ人気商売はつかみが肝心だ。そこで、「ぷちぷち」とか「ほやほや」とかオノマトペが多用されている。

 日本語では、味覚が聴覚表現をとることが多い。加えて、オノマトペは厳密な意味と言うよりも、雰囲気や気分を表わす。オノマトペを利用した料理名は決して不思議ではない。

 ところで、中華料理にはこうしたはっきりしない名前はまずない。中国語では、料理名のつけ方に規則がある。それは主な食材と調理法を組み合わせることである。

 「青椒肉絲」は細切りにしたピーマンと肉の炒め物、「北京烤鴨」は鴨を丸ごと炉で焼いた北京の料理の意味である。

 若干説明が要るのが「回鍋肉」と「麻婆豆腐」である。「回鍋肉」は一度茹でた肉を再び鍋に回し戻して調理した料理である。また、「麻婆」はおばあちゃんのことである。「麻婆豆腐」はおばあちゃんの豆腐料理という意味である。

 中国語がわかれば、このようにメニューの料理名から内容がほぼ推測できる。

 ただ、漢字の意味が日中間で異なるものもある。「猪」が「ブタ」を指すことはよく知られている。他にも、「湯」は「スープ」、「田鳥」は「カエル」、「鮎」は「ナマズ」の意味である。「鮭」は、おそらく中華のメニューではお目にかかることは稀だと思うが、もし出くわしたら注意した方がよい。「フグ」のことだからだ。

 こうした食い違いにはいくつかの理由がある。日本における漢字と意味の結びつきは遣唐使の頃の用法が基準になっている。それ以降に大陸で生じた変化には対応していない。また、海に囲まれた島国と広大な大陸国家では動植物の生息の違いもある。両言語の漢字の相違は本当に面白い。

 一方、日本の料理名は、日本語が使えても、どんなものなのかわからない場合も少なくない。

 ブログ発の新料理もそうだが、最たる例はやはり「親子丼」だろう。「親子」も「丼」も平易な単語だ。けれども、それが組み合わさると、どんな料理なのかイメージがわかない。中国語風なら、親子で作る丼物となるところだ。ところが、食堂で注文して出てくるのは、鶏と鶏卵、もしくは鮭とイクラを使った丼物である。食材が親子関係にあるというわけだ。そこから転じて、豚肉と鶏卵を使った丼物は「他人丼」となる。

 他にも、かっぱ巻きやきつねうどん、たぬきそばなど由来を聞くと、ついほころんでしまう料理も多々ある。こういうユーモアはいい。表現の豊かさを味わわせてくれる。

 中国語では料理の名前はその内容を指し示すのに対して、日本語においては、付加情報を表わしている。前者には対象指向、後者はコンテクスト指向の傾向がある。

 日本語の料理名と意味の感覚を物語るいい例がある。川崎のぼるの『いなかっぺ大将』にこんなエピソードが登場する。キクちゃんと花ちゃんを連れて一流レストランに入った大ちゃんだったが、メニューを見ても何がなんだかさっぱりわからない。そこで、二人には目についた料理を手当たり次第注文し、自分にはポテトチップをウェーターに頼む。キクちゃんは食いしん坊の大ちゃんがそれだけしかオーダーしないのを変に思っているけれども、当人は心の中で「ポテトチップはきっとポテーッとおいしそうなのがたくさんあるだすじゃろな」とうきうきしている。もちろん、出てきた料理を前にしたとき、「こ…こりがポテッとしたチップだすか!!」と大ちゃんはあの涙目になってしまう。「じゃがいものうすく切ったのをあびらであげるだけですぞ!!そりにこんなちびっと……」。

 日本の高級レストランでは、往々にして、料理名のコンテクストへの依存を強くしているため、メニューが客への情報提供を十分に果たしていないことがままある。ポテトチップを知らなかったので、大ちゃんはそれをオノマトペと捉え、そこから雰囲気をイメージしている。日本語では、料理名が内容ではなく、場合によっては、その気分を示すことがある。こういう認識が広く共有されていなければ、これはギャグにならない。

 このエピソードを中国語に翻訳しても、そのままでは笑えないだろう。工夫が必要だ。リテラシーは他の言語と比較して初めてよく見えてくるものだ。

 日中どちらの文化が優れているかということではない。ただ違うだけのことだ。名は文化を表わす。料理の名前からもそれぞれの文化が味わえる。ついつい、だから、食べ過ぎてしまう。
〈了〉
参照文献
川崎のぼる、『いなかっぺ大将2』、ゴラク・コミックス、1976年

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