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春の昼下がりはコインランドリーにいこうよ

カナダに住んでいたころ、毎週日曜日はわたしのコインランドリーDAYであった。
というと聞こえはいいが、要はなけなしの数ドル片手に一週間たまりに溜まったボロきれを洗濯機が「ああっもうそれ以上はだめぇ、ああっ」と悶え苦しむほどパンパンに詰め込みガンガンに洗いまくる日である。
そんなに詰め込んだらちゃんと洗えないヨ?  と柔軟剤使うタイプの女に髪の毛サラッされそうだがとにかく水を通して熱風をあてればなんとかなるのだ、とルームメイトの堅物ドイツ人に借りたTシャツと短パンでわたしは待合室のイスに優然と座り込んでいる。
愛想の悪いインド人のコンビニで買った1ドルコーヒー片手に、ストリートに面した窓に張り付いて往来の人々の様子を眺める。
ぽかぽかの陽気に照らされたストリートは、
楽しそうに並んで歩くカップルやジョギングをする人、これからピクニックといった風情のファミリーなど皆日曜日を満喫しているひとびとで満載だ。
  
そんな幸せをかき分けて、大きなズタ袋を引きずって歩いてくる者たち。

彼らは、もちろんこのハリウッドランドリーを目指してやってくる。
なんて重そうな袋なんだ、さぁ今なら洗濯機が一台空いているぞ、がんばれ、もう少しだ!と窓越しのエール。

このコインランドリー文化をはじめて知った時はおどろいた、
北米の家には基本的に洗濯機というものはなく(お金持ちは別)
毎週空いた時間に巨大な袋にのっさりと洗濯物をつめこんで近所のランドリーで洗濯をする。
このランドリータイム、
洗濯、乾燥に各1時間、そして畳み作業、その他諸々のロスタイムを考えると最短でも2時間半はみておかなければならないという大イベントなのである。  
よおし今日は行くぞ、あっでもちょっとだけ、と気づいたらネットフリックスを連続再生してしまい嗚呼もう0時だ、これから洗濯は無理だ……と寝落ちするタイプのわたしのような人間には、平日の夜にキチンと洗濯を済ますことなど夢のまた夢であった。
「洗濯? 水曜日にしちゃったよ」
という人々を心底尊敬した。
彼らはウィークエンドをファーファの香りのするお洋服で過ごすことができるのだ。

その点日曜の昼過ぎにやってくる連中はというと、お察しである。
彼らは、結構な割合で二日酔いである。
きっと平日をわたしのように過ごし、サタデーナイトは煮しまった色のTシャツではしゃぎ倒し、おまけに明け方にノリで頼んでしまったピザのソースをこぼした洗濯物をつめたズタ袋に背負ってやってくる。
どんなに苦しくともこれを洗ってしまわないと明日から着るものがないのである。
皆一様に青白い顔をして、息も絶え絶えこのランドリーへと向かってくる。
  
同志よ。君たちの気持ちはよくわかるよ。
謎のドイツ語Tシャツですっぴんサンダルのアジア人に窓ごしから密かに親愛の情を送られていることなど、彼らは知る由もないだろう。

もちろんそんな人間ばかりが日曜の昼間にやってくる訳ではなく、
待合のイスでうなだれている私たちを尻目に、ボノイーチ!ホゥア!などどこの国の言葉かわからない言葉を喋り散らかしながら元気になだれ込んでくるラテン系大家族の姿もある。
彼らはマーチングバンドのごとき賑やかさでエビアンとアスピリンが友達の私たちの灰色オーラを一瞬で虹色に変える。
上裸の子供が室内をスケボーで走り回り、ほぼ空いていない席にねじり込んでくる元気なジジババ軍団がサピーモ!パローニャ!(おそらく走るな!座れ!と言っているのだろう)と叫んだかと思うと懐から小さな焼き菓子のようなものを出しおもむろに「食うか?」とすすめてきたりする。
そこまではまだいい。
ここに今度は中国系ファミリーが追加されるとランドリー内はさながら浅草サンバカーニバルである。 彼らは声がでかい。ラテン系ファミリーと中国系ファミリーの音圧は世界でも群を抜いていると私は思っている。 
わたしを含めた昨日の残りカス軍団は、ここから逃げるすべを持たない。
洗濯物が終わるまで絶対に離れられない24時なのである。
そっと目を閉じ、天を仰ぐ者、イヤホンでドレイクを聞き出す者、ただただ口を開けてことの成り行きを見守る者。
私はすっかりこの状況に身をまかせて、あと5分で洗濯機パートが終了するから次は乾燥機だ、どれも空いてない、あっアレもう終わってるのに中身が入ったまんまだぞ、どうするなどと考えている。

ラテン爺からもらった菓子はルマンドよろしくなかなかのポロポロ菓子でわたしはさっそくドイツ人の短パンを粉まみれにしたが、きっと彼なら許してくれるだろうと思う。

onde estão suas camisas、这是很好的午餐、chatterchatter、
マーチング家族と隣の爺の鼻歌、二日酔い軍団のいびき、ランドリーがごわんごわんと回る音、冷めたコーヒー、柔軟剤のかおり。

ぽかぽか陽気にうとうとしながら、
こんな天国ならあってもいいなぁとおもった。



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