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タヒチの女 ー母の死についての覚書 20


母の火葬が終わったという知らせが入った。
私たち3人のみが骨を確認するようにと案内され、骨になった母を待っている間に父が小声、けれど得意気に
「骨の色付いてる部分っていうのは、身体の悪かったところなんだってよ」と言った。
いざ対面した母の頭蓋骨が、緑青のような色で覆われていたので父は気まずそうな表情をしていた。ガンに侵されていた腹部辺りの骨には色が付いていなかったからだろうか。それとも......?
「お母さん、随分小さくなっちゃったねぇ......」と妹がつぶやいた。
私は例のタヒチ語の挨拶を心の中で繰り返していた。

人の骨を拾うのはこれが初めての経験だった。隣の父が震えているのが分かった。さほど大きく震えていたわけではなかったが、動揺しているのは明らかで、もしかして倒れてしまうのではないかと思った。お骨に関する通り一遍の説明も、父の耳にはまったく入っていないように見えた。
母が骨壺に収まり、それを持つ父の手は相変わらず震えていたがそれに気づいたのはきっと私だけだった。

「美穂ちゃんも、里香ちゃんも、優司さんも、いつでも遊びにいらっしゃい。本当に遠慮なんてすることないのよ」
脚を引きずる伯父を労わりながら伯母はゆっくりと歩き、度々こちらを振り返りながら手を振ってタクシーで帰って行った。

私たち4人は父のアパートへと向かった。父が骨になった母を膝に乗せて抱え、遺影は私が持った。
「すげぇなぁ、ポルシェなんて俺初めてだよ」と嬉しそうにしている父に
「昨日も朝も乗ったじゃんねぇ」と妹は小馬鹿にしたような口調で言った。

父のアパートに着いて、遺骨と遺影を母の部屋に安置するや父が
「おい美穂、さっきのやつ電話しろや」と言った。
火葬場に入る前に言っていたあれのことか。
「あと、茶箪笥に果物あるからよ、電話し終わったら寿司来る前に剥いちゃって」
いつも妹ではなく私に何でも頼む父......でも今日はわずかな時間でも一人に
なりたかったので都合が良かった。この4日間、この数週間、本当に疲れたから。
しかし......まったく、何かやらせる時だけは私のことを妹の名前で呼ばず、ちゃんと私の名で呼ぶのだなと思った。

家電や家具が所狭しと置かれた台所。この上下分かれる大きな茶箪笥は家族4人で住んでいたオンボロけやき荘の時代からあるものだーーいつぞやに避妊具を見つけてしまったあの茶箪笥。さすがの父ももうそんなものは隠し持っていないだろうなと私は苦笑いをした。
メロンと名前の分からない大きな柑橘がフルーツショップの袋に入っているのが見えた。どうせアケミが買ってきたものだろう。父はこんな店で買い物などしないから。でももうそんなことでいちいち腹を立てたりするのは面倒になっていた。

茶箪笥から袋を取ろうと手を伸ばしたときにふと目に入ったのは、無造作に置かれた避妊具ではなくて、2枚の海づり公園の券だった。