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酔いどれ雑記 91 悪趣味


私は絵画を観るのが好きです。旅行をしていた頃にはたった一枚の絵を観るためだけに美術館へ行くということはざらでした。数ある芸術の中で一番絵画が好きな理由はよく分かりませんが、子供の頃はさして興味があったわけではありませんでした。なんていっても図工、美術の成績は大抵1を付けられていましたしね。そんな私が将来美学の学位を持つことになるとは、人生は分からないものです。

私は観たい絵が日本にやって来ても、ほとんど観に行きませんでした。よほど観たいものなら別ですが、しかるべき場所で観たいというこだわりがありまして、作品単体のみならず、その空気感をも同時に感じたいからです。ムンクはオスロで観てこそだし......といいつつオスロは未踏なんですがね。いつか行きたいと思っています。

ムンクと言えば.....嫌味な成金だかプチブルだか(同じか 笑)の元知人を思い出してしまう出来事があります。初めて会ったときに私は絵画が好きという話をしたのですが、その人も絵画が好きというので「観る方ですか?それとも描く方?」と訊いたら「集める方」だと!ねぇ、聞きましたか?そして彼の一番好きな画家はムンクで(私と同じ!尤も1番好きな画家は3、4人いて選べませんが)、特に彼の所有しているものでご自慢はムンクの版画だというのです。1.000万位して、リビングのピアノの上に飾っていることなどをペラペラと喋ってきました。何故その版画を気に入っているのかと訊いてみますと「欲しかったシャガールが買えなかったからムンクを買った」ですと!わたくしは呆れてしまって、金持ちの考えてることは分からん、いや、実に金持ちらしいというべきか?と思いつつ「どんな版画ですか?」と尋ねると「橋の上に女性が3人並んで川を見ているものだ」と言うのでーーああ、ムンクお得意のモチーフ、一人の女性に秘められた複数の顔、処女のように無垢でありながら時には娼婦のようにふるまい、またある時には尼にさえになる様を3人の女性に分けて描いたものだろうなとものを観なくても容易に想像できたので「そのような女性に惹かれるのですか?」と訊いてみると「君、やけに詳しいね、そんなこと知らなかった」ですって......。やっぱり金持ちらしいですな......私には分かりませんでした。彼はムンクのどういったところが好きなのかが。性格等が合わなくても(そもそも生活水準、身分が合わなさすぎだけど 笑)せめてそういう話が出来れば楽しかったのですが、そうはいきませんでした。シャガールが買えないからムンクってのも謎でしたねぇ。ムンクが一番好きだと言ってるにもかかわらず。

そしておまけ(?)があります。その後その人は資本主義を批判する内容の本を私にプレゼントしてきました。資本主義は悪だとのレクチャー付きで。もうわけ分からん、と言いたいところですが、こういうプチブルや上流階級出身の人って多くありませんかね?自分自身が批判してるその対象だとは全く気付いていないという。その方は経済学関連の方でしたので嫌味を込めて「ゾンバルトの『恋愛と贅沢と資本主義』はお読みになったことございますでしょう?」と言ったら黙ってしまいましたが(こうだから私はモテないんでしょうな、モテたくもないですが。けどまぁ、こういうウィットに富んだ?会話を愉しめない人はダメです)。

絵画鑑賞が趣味だというと「もし1枚だけ欲しい絵を買えるとしたらどれを選ぶ?」と何度も訊かれたことがありますが、私はどんなにお金持ちになってもおそらく有名な絵画は購入しません。何だか悪趣味な気がして。怪人二十面相じゃあるまいし、自室やこしらえた美術室に展示して一人で眺めて悦に入るような趣味はありません。もし何らかの事情で手に入ってしまったならば、他の人にも観てもらえるように美術館を作った方がずっといいですね。もっといいのは、その作品がふさわしい場所にあることです。