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理(ことわり)〜素朴な父と、ヤンチャな娘のストーリー〜 小説

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高等学校の校長をしていた父は、退職まであと2年を残した57歳の夏、膵臓ガンでこの世を去っていった。 母:小学校校長 57歳 兄:信用金庫に勤める 27歳 私:新米小学校教諭(育…
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#夢

#24 思い出

しばらく黙って考えてみた 何も言わず、この2ヶ月、ずっと側にいてくれた夫 人手が足らず、買い物や掃除、家事、育児 お客さんの相手まで、そつなくこなしてくれた 松永家の親族として、長女の夫として いろんな気配りをしながらふるまってくれた 彼なりにたくさんの想いがあって それでも冷静さを保っていたのかもしれない やっと終わった やっと義父を偲んで、気を許していい時が来たのだ 私が初めて、夫を家族に紹介しようと実家に招いた日 父は 「会いたくない」 と言っ

#23 それぞれの役目

何度、お辞儀を続けただろう 見たことのある先生、顔にハンカチを当てた女性 まだ高校を卒業したばかりらしい、金髪の男の子達 目には涙を浮かべている 遠方から駆けつけてくれた友達 父の元で練習に励んだ野球部員達 近所のおっちゃん 「校長先生・・・」 と、つぶやく女子高生 それにしても、最後尾が見えてこない さすがに足元がふらついてきた その時、一人の女性がジンに声をかけた 見覚えのあるその顔は、確かジンが高校3年生の時の担任の先生だった 「ジン、大変やっ

#22 晴着

次の日、早朝から着付けとヘアセットが始まった 私は突っ立っているだけだけど ボーッとしていると、成人式のことを思い出した 「何色の振袖が着たい?」 と聞かれたので 「黒」 と言った 大人ぽくて、怪しげで、かっこいい 憧れたからだった 母は猛反対して言った 「黒はこれからなんぼでも着れる  それに、そんなにええもんじゃない」 結局上から下まで真っ赤っかの いかにもめでたい振袖に決まっていた 次々に装着されていく、憧れていた黒い着物 帯も、帯揚げも何

#21 通夜

お風呂に入れてもらって、スーツを着た父は 喜んでいるように見えた 遺影の背景には、父の愛した黄色い小菊を選んだ 木や花が好きな父は、様々な植物を育てていた 何がおもしろくて、どこがキレイなのかずっと興味がなかったけど 去年の秋、父が手掛けた生涯最後の大輪菊はみごとだった 菊の花びらが天を射していることにはじめて気がついた 葬儀屋は職人だ みるみるうちに祭壇が出来上がっていく 棺桶に入ると、父が寂しがっているような気がした お通夜とは、何をするものなのか、私

#20 混沌

私達とほぼ入れ違いに 父の弟夫婦が、大阪から高知にお見舞いに来たそうだ 父は実の弟の前で、立ち上がったり、字を書いたり 元気に振る舞って見せたらしい 「夏には高知に帰るから」 そう言っていた弟をずっと待って ちゃんと待って、それから逝ってしまった 「あと1、2日かもしれない」 連絡を受けて、すぐに高知へ向かったけれど 父の最期に私は間に合わなかった そうとは知らず、とにかく家に直行してみると たくさんの車が止まっていた 不思議に思って玄関を開けると、叔

#19 予兆

連日の付き添いで、家族に疲れの色が出てきていた 無理もない もう1ヶ月以上、母は適当な食事でゆっくり休めていない 仕事にも合間に行っている 文句一つ言わず、夜の部を担当していた兄も さすがに寝不足のせいでイライラが見える 「またオレか・・・」 兄と交代で夜の部を看ていたジンは 一段と文句が多くなった 「オレは忙しいがよ」 この春から仕事を始めたばかりのジンは 新米教師4ヶ月目、恐ろしく忙しいだろう だけど、どうしようもない やめたいとは言わない み

#18 ひととき

母は何も答えらえれず、涙が止まらなかったそうだ そんなこともあってか、付き添いは母でないと嫌がるようになった ソウタも順調に良くなって、私も3日程で元気になったので ソウタを夫に任せて、父の付き添いをすることもあったが 1時間もすると 「お母さんに電話して」 と必ず言い始める 一応電話はするのだが、母は戻ってこない 母もゆっくりご飯を食べたり、持病の治療に行ったり 何かと済ませておきたい用事もあるだろう だけど、2時間が限界だ 「はよう帰って来いって言え

#17 助っ人

母とソウタは小児科へ、私は内科へ 何時間か待たされたのち、風邪だろうというありきたりな診断で 点滴を打ってもらい、お昼を回ってしまった 「お母さん?ゴメン、遅くなった。今どこ?」 「けい、終わった?今、ソウタと4階の小児病棟にいる  実は、ソウタ、入院になって。とにかく来て」 「え・・・・?!ウソやろ・・・」 ソウタは風邪をこじらせて、クループという病気にかかっていた 乾いた、高い声の咳が特徴で 夜になると特にひどくなるので入院することになったそうだ 小さ

#16 母とは

8/1 AM5:00 母からのメール お父さんが眠りから覚めん、心配です、熱もある 様子を見るということで、心電図をつけています 病院へ向かう途中、高鳴る心臓にゆっくりと空気を送り込む 「ふうーーーーーーーー」 落ち着け、大丈夫、大丈夫、、、 「お父さん、お父さん」 呼びかけると 「ん?」 返事をした。 目は開けないが、寝ているだけだろう、そう言い聞かせた 「疲れが出たがやろうかね、ちょっと忙しかったもんね」 母はまだ心配そうに言った このところ、

#15 戦い

「でめきんやーーー!目でかっ!   わはははははーーーーー  けいに似いちょうにゃあ  おまえ、でめきんって名前に変えれ  でめきんー、でめきんーーーーー!! わははははーー」 金魚を見ると思い出す 小さい頃から男勝りだった私は いじめられたことはない それどころか 宿題ができずに泣いている男子が先生に怒られないよう 休み時間、勉強を教えたり いじめっこの男子にムカついて 掃除用具からホウキを引っ張り出して追いかけたこともある 先生が止めなかったら、

#14 祭の夜

父は私を見てすぐに 「帰れ」と言った 月に何度も帰省を繰り返し ソウタも疲れているだろうから、家で休め という意味なのか 自分の身体がキツいので帰ってくれという意味なのか 私もその場にいるのが苦しくなり 早々と病院を出た ものすごい不安の塊に押し潰されそうな気がした 死神というものがいるのなら 詰め寄られているような気持ちになった 子どもの頃、将棋を指したとき 次々と駒を取られ、逃げ場がなくなった王将が 次なる手を必死で探しながら、半ば諦めてしまいそ

#11 命

「もしもし、松永さんのお宅です?〇〇病院の院長です  娘さんですか?松永さん、どうですか?」 50代くらいの男性の院長先生の声は、さっきの受付とは違って 穏やかだが強く、緊迫していた 無駄がなく、だけど冷酷さはない 痛みはどうか、腹水の量はどのくらいか、何か食べられるようになったか 父の様子や、母と血液を提供したジンのことまで、細かく聞いてくれた おっと、感心している場合ではい 電話をした目的を話さなければならない 「先生、どうか父に薬を送っていただけません

#10 ジレンマ

次の日の朝、母に聞いた電話番号を回してみた 出たのは、受付らしい男性だった 「もしもし、先日お世話になりました  松永の身内のものですけど、院長先生おられますか?」 精一杯のええ声を出した 「少々お待ちください」 待ちますとも、待ちますとも お忙しいですもんねぇ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

#9 ひとり

その晩父は、早めに睡眠薬を飲み ひとまず静かに寝ているようだった 私はハッとして 「ちょっと行ってくる!」 ソウタをベビーカーに乗せ、走り出していた 母の声が聞こえる 「こんな時にどこ行くが?  病院にはお兄ちゃんがおるけん、家におりやー!」 病院のエレベーターに乗りこんで、父の病室を飛び越えた 向かっていたのは屋上だ 忘れるところだった 今日は7/7、年に1度の七夕だ 暗い屋上で、ソウタは不安なのか泣きそうな顔をしている 「ソウタ、大丈夫、一緒にお