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しばらく黙って考えてみた 何も言わず、この2ヶ月、ずっと側にいてくれた夫 人手が足らず、買い物や掃除、家事、育児 お客さんの相手まで、そつなくこなしてくれた 松永家の親族として、長女の夫として いろんな気配りをしながらふるまってくれた 彼なりにたくさんの想いがあって それでも冷静さを保っていたのかもしれない やっと終わった やっと義父を偲んで、気を許していい時が来たのだ 私が初めて、夫を家族に紹介しようと実家に招いた日 父は 「会いたくない」 と言っ
何度、お辞儀を続けただろう 見たことのある先生、顔にハンカチを当てた女性 まだ高校を卒業したばかりらしい、金髪の男の子達 目には涙を浮かべている 遠方から駆けつけてくれた友達 父の元で練習に励んだ野球部員達 近所のおっちゃん 「校長先生・・・」 と、つぶやく女子高生 それにしても、最後尾が見えてこない さすがに足元がふらついてきた その時、一人の女性がジンに声をかけた 見覚えのあるその顔は、確かジンが高校3年生の時の担任の先生だった 「ジン、大変やっ
次の日、早朝から着付けとヘアセットが始まった 私は突っ立っているだけだけど ボーッとしていると、成人式のことを思い出した 「何色の振袖が着たい?」 と聞かれたので 「黒」 と言った 大人ぽくて、怪しげで、かっこいい 憧れたからだった 母は猛反対して言った 「黒はこれからなんぼでも着れる それに、そんなにええもんじゃない」 結局上から下まで真っ赤っかの いかにもめでたい振袖に決まっていた 次々に装着されていく、憧れていた黒い着物 帯も、帯揚げも何
お風呂に入れてもらって、スーツを着た父は 喜んでいるように見えた 遺影の背景には、父の愛した黄色い小菊を選んだ 木や花が好きな父は、様々な植物を育てていた 何がおもしろくて、どこがキレイなのかずっと興味がなかったけど 去年の秋、父が手掛けた生涯最後の大輪菊はみごとだった 菊の花びらが天を射していることにはじめて気がついた 葬儀屋は職人だ みるみるうちに祭壇が出来上がっていく 棺桶に入ると、父が寂しがっているような気がした お通夜とは、何をするものなのか、私
私達とほぼ入れ違いに 父の弟夫婦が、大阪から高知にお見舞いに来たそうだ 父は実の弟の前で、立ち上がったり、字を書いたり 元気に振る舞って見せたらしい 「夏には高知に帰るから」 そう言っていた弟をずっと待って ちゃんと待って、それから逝ってしまった 「あと1、2日かもしれない」 連絡を受けて、すぐに高知へ向かったけれど 父の最期に私は間に合わなかった そうとは知らず、とにかく家に直行してみると たくさんの車が止まっていた 不思議に思って玄関を開けると、叔
連日の付き添いで、家族に疲れの色が出てきていた 無理もない もう1ヶ月以上、母は適当な食事でゆっくり休めていない 仕事にも合間に行っている 文句一つ言わず、夜の部を担当していた兄も さすがに寝不足のせいでイライラが見える 「またオレか・・・」 兄と交代で夜の部を看ていたジンは 一段と文句が多くなった 「オレは忙しいがよ」 この春から仕事を始めたばかりのジンは 新米教師4ヶ月目、恐ろしく忙しいだろう だけど、どうしようもない やめたいとは言わない み
母は何も答えらえれず、涙が止まらなかったそうだ そんなこともあってか、付き添いは母でないと嫌がるようになった ソウタも順調に良くなって、私も3日程で元気になったので ソウタを夫に任せて、父の付き添いをすることもあったが 1時間もすると 「お母さんに電話して」 と必ず言い始める 一応電話はするのだが、母は戻ってこない 母もゆっくりご飯を食べたり、持病の治療に行ったり 何かと済ませておきたい用事もあるだろう だけど、2時間が限界だ 「はよう帰って来いって言え
母とソウタは小児科へ、私は内科へ 何時間か待たされたのち、風邪だろうというありきたりな診断で 点滴を打ってもらい、お昼を回ってしまった 「お母さん?ゴメン、遅くなった。今どこ?」 「けい、終わった?今、ソウタと4階の小児病棟にいる 実は、ソウタ、入院になって。とにかく来て」 「え・・・・?!ウソやろ・・・」 ソウタは風邪をこじらせて、クループという病気にかかっていた 乾いた、高い声の咳が特徴で 夜になると特にひどくなるので入院することになったそうだ 小さ
8/1 AM5:00 母からのメール お父さんが眠りから覚めん、心配です、熱もある 様子を見るということで、心電図をつけています 病院へ向かう途中、高鳴る心臓にゆっくりと空気を送り込む 「ふうーーーーーーーー」 落ち着け、大丈夫、大丈夫、、、 「お父さん、お父さん」 呼びかけると 「ん?」 返事をした。 目は開けないが、寝ているだけだろう、そう言い聞かせた 「疲れが出たがやろうかね、ちょっと忙しかったもんね」 母はまだ心配そうに言った このところ、
「でめきんやーーー!目でかっ! わはははははーーーーー けいに似いちょうにゃあ おまえ、でめきんって名前に変えれ でめきんー、でめきんーーーーー!! わははははーー」 金魚を見ると思い出す 小さい頃から男勝りだった私は いじめられたことはない それどころか 宿題ができずに泣いている男子が先生に怒られないよう 休み時間、勉強を教えたり いじめっこの男子にムカついて 掃除用具からホウキを引っ張り出して追いかけたこともある 先生が止めなかったら、
父は私を見てすぐに 「帰れ」と言った 月に何度も帰省を繰り返し ソウタも疲れているだろうから、家で休め という意味なのか 自分の身体がキツいので帰ってくれという意味なのか 私もその場にいるのが苦しくなり 早々と病院を出た ものすごい不安の塊に押し潰されそうな気がした 死神というものがいるのなら 詰め寄られているような気持ちになった 子どもの頃、将棋を指したとき 次々と駒を取られ、逃げ場がなくなった王将が 次なる手を必死で探しながら、半ば諦めてしまいそ
「もしもし、松永さんのお宅です?〇〇病院の院長です 娘さんですか?松永さん、どうですか?」 50代くらいの男性の院長先生の声は、さっきの受付とは違って 穏やかだが強く、緊迫していた 無駄がなく、だけど冷酷さはない 痛みはどうか、腹水の量はどのくらいか、何か食べられるようになったか 父の様子や、母と血液を提供したジンのことまで、細かく聞いてくれた おっと、感心している場合ではい 電話をした目的を話さなければならない 「先生、どうか父に薬を送っていただけません
次の日の朝、母に聞いた電話番号を回してみた 出たのは、受付らしい男性だった 「もしもし、先日お世話になりました 松永の身内のものですけど、院長先生おられますか?」 精一杯のええ声を出した 「少々お待ちください」 待ちますとも、待ちますとも お忙しいですもんねぇ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その晩父は、早めに睡眠薬を飲み ひとまず静かに寝ているようだった 私はハッとして 「ちょっと行ってくる!」 ソウタをベビーカーに乗せ、走り出していた 母の声が聞こえる 「こんな時にどこ行くが? 病院にはお兄ちゃんがおるけん、家におりやー!」 病院のエレベーターに乗りこんで、父の病室を飛び越えた 向かっていたのは屋上だ 忘れるところだった 今日は7/7、年に1度の七夕だ 暗い屋上で、ソウタは不安なのか泣きそうな顔をしている 「ソウタ、大丈夫、一緒にお