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「硝子の獣」3

〇第3景

村井の自宅。早い夕方。
妻とあおいの遺影が並んでいる。

村井  「この家、こんなに広かったんだなあ」

ピンポーン
玄関が開く音。

村井  「・・・」
馬場声 「先生」
加賀声 「入りますよ」
村井  「どうぞ」

加賀と馬場が来て。

加賀  「これ。買ってきたんで食べてください(コンビニの袋)」
村井  「悪いね。でも本当に大丈夫だから」
馬場  「とても大丈夫には見えませんよ」
加賀  「疲れも溜まってると思いますし」
村井  「・・・寝たいんだけどね」
加賀  「眠れませんか」
村井  「うん」
馬場  「そりゃそうですよね」
加賀  「ご葬儀のことは大体済んだと思います」
村井  「ありがとう。君たちのおかげであおいをちゃんと送り出せた」
馬場  「僕たち、先生の部下ですよ」
加賀  「あおいちゃんのことなんですから、当然のことです」
村井  「でも何から何まで頼ってしまって・・・」
加賀  「・・・」
馬場  「これ食べていいですか(コンビニ袋からロールケーキを出して)」
加賀  「馬場」

加賀がロールケーキをあおいの写真に供える。

加賀  「あおいちゃん、ロールケーキ大好きだったんですよ」
村井  「へえ。知らなかった」
加賀  「時々これを買ってあげてくださいね」
村井  「分かった・・・事務所、明日から出るから」
加賀  「そんな。無理しないでください」
村井  「こんなに任せっきりにしてたんだ。途中の事案もあるしな」
加賀  「はあ」
村井  「吉田タカシの件、順調か?」
加賀  「そのことなんですが」
村井  「何だ?」
加賀  「・・・」
村井  「何だ?」
馬場  「吉田タカシの案件は山本先生にお任せしようと思ってるんです」
村井  「山本先生に?何で加賀くんがやらないんだ」
加賀  「私には荷が重すぎます」
村井  「ただの傷害事件だろ。俺が作ったストーリーをそのままやればいいだけだ」
加賀  「そうですけど」
村井  「けどなんだ?」
加賀  「できないんです」
村井  「何で?」
加賀  「あおいちゃんのことを考えたら」
村井  「あおいのことがあったからか」
加賀  「犯罪者の罪を軽くするために働くなんて。そんなことあおいちゃんは望んでるんでしょうか」
村井  「あおいが何を望んでるか?」
加賀  「そうです」

間。

村井  「加賀くんの言っていることは分からないでもない・・・でもそれじゃ負けじゃないか」
馬場  「負け?」
村井  「俺たちは弁護士だ。そうだろう」
馬場  「はい」
村井  「確かに俺だって犯人は憎い。殺したいくらい憎い」
加賀  「・・・」
村井  「でもな、それが理由で仕事ができないなんて、そんな悔しいことあるか。それこそあおいに申し訳ない」
加賀  「でしたら・・・これからは民事専門に切り替えませんか?」
村井  「刑事事件はやめろと?」
加賀  「だって先生だって無理してるんじゃないですか?あおいちゃんは犯罪者に殺されたんですよ。犯罪者の弁護なんて」
村井  「犯罪だって色々ある」
加賀  「吉田タカシを保護観察で終わらせるべきだって本当に思えるんですか」
村井  「当たり前だ」
加賀  「先生は自分にウソをついてます」
村井  「・・・君の気持ちはありがたい」
加賀  「・・・」
村井  「俺は法律家だ。仕事とプライベートは分ける。それができなかったら俺は暴力に屈することになる。そのほうが俺は嫌だ。加賀くん、俺と一緒に頑張ってくれないか」
加賀  「・・・ごめんなさい。私はそんな風に思うことはできません」
馬場  「加賀さん」
村井  「・・・」
加賀  「もしかしたら先生のほうが正しいのかもしれません。弁護士ならそうあるべきなのかもしれない。でも私はそんなに強い気持ちを持てません。もう刑事事件の弁護は・・・」
村井  「・・・そうか」
馬場  「加賀さん」
加賀  「私は民事の弁護士として勉強をし直そうと思います」
村井  「・・・」
加賀  「退職させてください」
馬場  「え?」
村井  「・・・」
馬場  「加賀さん、ちょっと待ってください」
加賀  「吉田タカシの案件は山本先生に引き継いでおきますから・・・」
馬場  「加賀さん」
村井  「・・・分かった」
加賀  「ありがとうございます」
馬場  「そんな」
村井  「吉田タカシの案件は俺がやる」
加賀  「え?」
村井  「何だ?」
馬場  「いやでも」
加賀  「本当に大丈夫なんですか」
村井  「俺は前へ進まなくちゃいけないんだ。あおいのためにも」
加賀  「・・・分かりました」
馬場  「加賀さん・・・」
加賀  「長い間、大変お世話になりました」
村井  「君も頑張れ、加賀先生」
加賀  「はい」

村井の携帯が鳴る。
電話の主、西岡が下手奥から現れる。

村井  「もしもし」
西岡  「村井さんですか」
村井  「はい」
西岡  「警視庁の西岡です」
村井  「西岡さん。何かありましたか?」
西岡  「犯人を逮捕しました」
村井  「え?」
西岡  「あおいさんを殺害した犯人を逮捕しました」
村井  「・・・そうですか」
馬場  「どうしたんですか?」
村井  「・・・逮捕されたそうだ」
馬場  「逮捕?」
加賀  「犯人が逮捕されたんですか」
村井  「ああ」
馬場  「良かった!」
加賀  「良かったです。本当に良かった」
西岡  「もしもし?もしもし?」
村井  「あ、はい。で、誰だったんですか」
西岡  「え?」
村井  「犯人です。どんな奴だったんですか」
西岡  「それが」
村井  「?」
加賀  「?」
西岡  「間もなく報道もされると思いますが」

下手奥から安藤に連れられて手錠を隠した友崎が出てくる。
音楽。

友崎  「・・・」
西岡  「犯人は17歳の少年でした」
村井  「17?」
西岡  「ええ」
村井  「未成年が、犯人なんですか?」
西岡  「はい」
馬場  「未成年?犯人が?」
村井  「何でです?何であおいを殺したんですか?」
西岡  「それはこれから調べますので」
村井  「ああ、そうですよね」
友崎  「・・・」
安藤  「ホラちゃんと歩いて」
友崎  「すいませんでした・・・すいませんでした・・・すいませんでした」
安藤  「泣いてんじゃねえこの野郎!」
友崎  「ごめんなさい」
西岡  「安藤さん」
安藤  「お前、自分が何したか分かってんのか」
友崎  「ごめんなさい・・・ごめんなさい」
安藤  「ごめんなさいじゃねえよ。行けコラ!」
西岡  「ちょっと安藤さん」

安藤、友崎をド突き回しながら上手前へアウトしていく。

西岡  「詳細はまた追ってご連絡させていただきますので」
村井  「あの!」
西岡  「はい」
村井  「情報は隠さずに全部教えてください」
西岡  「わかりました」
村井  「ご存じと思いますが、私の専門は少年犯罪です。こういう場合、どういう段取りで加害者の罪が決まっていくのかも知っています。警察が被害者遺族に情報を伝えないことも。ですが、被害者支援制度がありますよね」
西岡  「はい」
村井  「私にはすべてを知る権利があります」
西岡  「ご安心ください。村井さんには、すべてお伝えします」
村井  「必ずですよ」
西岡  「分かりました」
村井  「よろしくお願いします」
西岡  「では、失礼します」

西岡電話を切る。
呆然としたままの村井。
めまいでよろめく加賀。

馬場  「加賀さん!ちょっと!大丈夫ですか!」
加賀  「私は大丈夫よ。それより村井さんを!」

村井、立ちすくんでいる。

加賀  「私、検事の知り合いに連絡してきます!」
馬場  「じゃあ僕も」
加賀  「ダメ!あんたはここにいなさい!」
馬場  「はい」

加賀、去る。

馬場  「先生・・・」
村井  「17歳だぞ」
馬場  「はい」
村井  「分かるか。あおいを殺した奴が17歳の未成年だったんだ」
馬場  「はい」
村井  「未成年は少年法に守られる」
馬場  「・・・」
村井  「これがどういうことか分かるよな」
馬場  「はい」
村井  「許せるか?そんなことが許せるか?」
馬場  「逆送されれば検察がちゃんと・・・加賀さんも相談に行きましたし」
村井  「そうだな・・・すまない」
馬場  「大丈夫ですか」
村井  「馬場くん、今日は帰ってくれないか」
馬場  「でも先生」
村井  「俺は大丈夫だ。一人にさせてくれ」
馬場  「分かりました。何かあったらいつでも連絡ください」
村井  「・・・」
馬場  「失礼します」

馬場、帰っていく。
村井、行き場がなくウロウロする。やがて写真を発見し縋る。
 

天を仰ぐ。一陣の風が吹く。
時間軸と場所が変わる。いつかの星降る高原の夜。
あおいが村井の側に来て

あおい 「うわーすごい星!ホラ見て見て!」
村井  「ここはな、父さんと母さんの思い出の場所なんだ」
あおい 「思い出の?どんな?」
村井  「それは内緒だ」
あおい 「ケチ」
村井  「母さんと二人だけの秘密があってもいいだろ?」
あおい 「いいよ」

 あおい、星を掴もうとする。

それを眺める村井。

あおい 「ここお母さんにプロポーズした場所でしょ」
村井  「何で知ってるんだ」
あおい 「ナイショ」

あおいも座る

あおい 「お父さん」
村井  「ん」
あおい 「お母さん、いるよここに」
村井  「え?」
あおい 「ここ、思い出の場所なんでしょ?きっと今は一緒にいるよ」
村井  「うん」
あおい 「四十九日が終わったら、お母さん天国に行っちゃうんでしょ」
村井  「そうなのか?」
あおい 「お母さんが死んだあとどうなるのか調べたんだ」
村井  「どうしてるんだ?母さんは」
あおい 「7日おきに審判を受けるんだけど、その審判の度に7人の神様がお母さんを護ってくれるんだって」
村井  「そうか」
あおい 「お母さんが天国で幸せになりますように」
村井  「・・・」
あおい 「幸せになるよね。お母さん」
村井  「うん。幸せになる」
あおい 「だよね」
村井  「心配ないよ。母さんは最高の母さんだったんだから」
あおい 「・・・」

あおい、村井に抱きつく。

村井  「どうした?」
あおい 「一人じゃないからね」
村井  「ああ」
あおい 「ずっと一緒だからね」
村井  「ああ」

あおい、離れて、遠くにいる母に叫ぶ。

あおい 「お母さーん!天国で見ててね!私たち頑張るから!頑張るから!」
村井  「・・・」
あおい 「帰ろう。お父さん」

あおい去っていく。
村井、追おうとするが振り向き天を仰ぐ。
暗転。



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