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「硝子の獣」2

〇第2景

雨音が強まっている。
村井の自宅。
妻の遺影が置いてある。
テーブルには皿が並べてある。
時計を見ながらウロウロしているエプロンを付けた村井。

村井  「ったくこんな時間まで何やってんだ・・・」

そこに電話が鳴る。

村井  「(出て)あおい!何時だと思ってんだ!」

舞台下手の奥に合羽姿の刑事・西岡が出てくる。

西岡  「もしもし」
村井  「あ、すいません」
西岡  「村井さんのお宅でしょうか」
村井  「はい」
西岡  「村井正義さんはいらっしゃいますか?」
村井  「私ですけど、どちら様ですか?」
西岡  「申し遅れました。代々木警察の西岡と申します」
村井  「代々木警察?警察が何か?」
西岡  「村井さんには娘さんがおられますね」
村井  「ええ、いますけど」
西岡  「娘さん、あおいさんという名前ですか?」
村井  「何で知ってるんですか?」
西岡  「電話で最初に仰ってたので」
村井  「あの、娘が何かしたんですか?万引きとか」
西岡  「あおいさんはご在宅ですか?」
村井  「いえ、まだ」
西岡  「そうですか・・・」
村井  「あの、娘は?」
西岡  「実は女子高校生の他殺体が見つかりまして」
村井  「タサツタイ」
西岡  「ええ」
村井  「それが娘だって言うんですか?」
西岡  「いえ。そう決まったわけではないんですが」
村井  「そうですか」
西岡  「それでですね、一応ご確認いただけないかと思いまして」
村井  「確認?」
西岡  「その他殺体があおいさんかどうか確認していただきたいんです」
村井  「ちょっとどういう意味ですか?」
西岡  「あおいさんの可能性があるということです」
村井  「可能性?」
西岡  「ええ」
村井  「娘が殺されたっていうんですか?」
西岡  「それはまだ分かりません」
村井  「そんなことあるわけないじゃないですか」
西岡  「ですからあくまで確認です。いかがですか」
村井  「ははーん・・・そういうことか」
西岡  「は?」
村井  「イタズラ電話だろ!」
西岡  「いえ」
村井  「そんなことをして何が面白いんだ」
西岡  「村井さん、お気持ちは分かりますが」
村井  「君は誰だ?」
西岡  「警視庁捜査一課の西岡と申します」
村井  「西岡?」
西岡  「信じていただけないようでしたらお宅までお迎えに上がりますが」
村井  「・・・いえ、結構です」
西岡  「村井さん、あくまでも確認です。ご確認いただいてあおいさんでなければそれでお引き取りいただいて結構ですので」
村井  「もうすぐ娘が塾から帰ってくるんで、家を空けるわけにはいかないんですが」
西岡  「では私服警官に留守番をさせます。それでよろしいですか?」
村井  「そんな面倒なことしなくても」
西岡  「そうですね・・・分かりました。では12時までお待ちします」
村井  「12時?」
西岡  「それまでにあおいさんがお戻りでなければお迎えに上がります。それでどうでしょう?」
村井  「帰ってきたらこの電話番号に電話すればいいですか」
西岡  「結構です」
村井  「分かりました」
西岡  「ではお戻りになったらお電話ください」
村井  「はい」

電話を切る村井。

村井  「何言ってるんだ。帰ってくるに決まってるだろ」

ピッピッピ。洗濯機の音。村井、上手に捌けていく。

雑踏の音が押し寄せる。
雨の夜の公園になる。殺人現場。
西岡は電話を切って佇んでいる。
そこにビニールに入った血の付いたナイフを手にやってくる安藤。

安藤  「西岡さん。ありました」
西岡  「見つかりましたか。早かったですね」
安藤  「草むらの中に捨ててありました」
西岡  「他には何か?」
安藤  「今鑑識が集めてます」
西岡  「傷は?」
安藤  「背中から腰のあたりを数カ所。解剖してみないと正確な死因は分かりませんが」
西岡  「背中からですか・・・」
安藤  「・・・。」
西岡  「ホトケは?」
安藤  「もうそろそろ病院に搬送されると思います」
西岡  「そうですか」
安藤  「・・・」
西岡  「どうかされましたか?」
安藤  「いえ。戻りましょう」
西岡  「はい」

下手奥に戻っていく安藤と西岡。
傘を持って下手奥から来る小野寺。

小野寺 「(奥に向かって)どーもでした!また何か情報あったらよろしくお願いします」
鈴木  「(来て)小野寺さん!」
小野寺 「お、翔子ちゃん」
鈴木  「被害者って女子高校生なんですか」
小野寺 「生徒手帳があったらしい」
鈴木  「生徒手帳。じゃあ被害者は確定ですね」
小野寺 「村井あおい。17歳。高校三年生。塾帰りで遅くなったらしい」
鈴木  「塾帰り。真面目な子だったんですね」
小野寺 「そんな若い子が殺されるなんて、可哀想だよなあ」
鈴木  「人生まだまだこれからだったのに・・・現場、どんな感じですか」
小野寺 「そろそろホトケさんが運ばれる頃じゃねーか?」

鈴木、現場方向を確認しに行き。

鈴木  「そういえばさっき現場の刑事が言ってたんですけど」
小野寺 「何?」
鈴木  「被害者の父親、弁護士らしいですよ」
小野寺 「弁護士?マジで?」
鈴木  「弁護士の娘が殺されるなんてショッキングですよね」
小野寺 「とにかく朝までには何かしら発表があるだろ。翔子ちゃんハラ減らない?」
鈴木  「焼肉なら付き合いますよ」
小野寺 「殺人現場で焼肉食いたいなんてよくいうねえ」
鈴木  「食べたいんだから仕方ないじゃないですか。小野寺さんの奢りで」
小野寺 「はいはい」

上手へ去っていく小野寺と鈴木。
電話をしている安藤と西岡が来る。

安藤  「了解しました。(電話切って)東京女子医大です」
西岡  「分かりました。12時まで待ってくれと伝えてもらえますか」
安藤  「分かりました」

安藤、去っていく。

西岡  「(自分の携帯を見て)・・・」

西岡も去る。

鉄扉の開く音。キィー、ガシャン
病院の霊安室。
あおいの亡骸が安置されている。
村井が安藤と西岡に連れられてくる。

安藤  「こちらです」
西岡  「ご確認をお願いします」

 西岡が顔の白布を外す。

村井  「・・・あおいです」
西岡  「間違いないですか」
村井  「・・・間違いありません」
安藤  「ありがとうございました」
村井  「・・・」
西岡  「あおいさんの無念は必ず晴らします。気を落とさずに」
安藤  「(遮って)今日のところはこれで失礼します」
西岡  「失礼します」
村井  「あの」
西岡  「はい」
村井  「娘は・・・あおいは何故殺されたんでしょうか」
安藤西岡「・・・」
村井  「殺されるような悪いことをしたんでしょうか」
西岡  「・・・」
安藤  「悪いのはすべて犯人です。娘さんに非はありません」
村井  「じゃあ何であおいは殺されたんですか」
安藤  「・・・」
村井  「すいません」
安藤  「いえ」
村井  「実は、3カ月前に妻を亡くしたばかりなんです」
西岡  「え?」
村井  「こいつ、私が落ち込むんじゃないかって、そればっかり心配して・・・自分だって母親を亡くしたんだから辛いに決まってるのに」
安藤  「そうでしたか」
村井  「泣き言を言ったら心が折れると思ってたんだと思います・・・だから無理して前を向いてたんだと・・・」
安藤  「・・・」
村井  「殺されるなんて・・・」
安藤  「・・・」
村井  「母親が死んだときに、ちゃんと泣かせてあげるべきだった・・・私はあおいに何もしてやれなかった」
西岡  「村井さん、自分を責めないでください」
村井  「あなたに何が分かるんですか!」
西岡  「!」
安藤  「・・・」
西岡  「私たち警察は全力で犯人を捜し出します」
村井  「・・・」
西岡  「必ず捕まえますから」
村井  「刑事さん」
西岡  「はい」
村井  「捕まえなくて結構です」
西岡  「え?」
村井  「その代わり、あおいを返してください・・・それだけです。それだけでいいんです。お願いします」
安藤  「では、私たちは捜査に戻りますので」

お辞儀をして西岡を連れて上手前へ出ていく。

村井  「あおい・・・俺を一人にしないでくれ・・・一人にしないでくれ」

堰を切ったように大声で悶え泣く村井。
音楽が止まる。
暗転。



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