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「享保の暗闘~吉宗と宗春」5

第5景
 
江戸城内。
吉宗、乗邑、神尾。

吉宗  「死んだ?万五郎が死んだと申すか」
乗邑  「はい」
吉宗  「それで宗春はどうしておる」
神尾  「尾張藩邸からまったく出るようすもございません」
吉宗  「そうか、そうであろうな」
乗邑  「ただ、妙な噂が市中に流れております」
吉宗  「妙な噂?」
 
そこへやってくる深徳院。
 
深徳院 「上様、上様」
吉宗  「なんだ。こんなところまで」
深徳院 「尾張のお世継ぎを毒殺したというのはまことですか?」
吉宗  「毒殺?誰がだ」
深徳院 「上様です」
吉宗  「そんなことはしておらん。どこから出た話だ」
乗邑  「分かりません。どこぞの町人が勝手に触れ回っているのだと思いますが、こんな噂が広まっては幕府の面目に関わります」
深徳院 「その噂を尾張が信じたら、家重に毒を盛るかもしれません。そんなことになったら私は・・・」
吉宗  「大丈夫だ。宗春はそんなことはせぬ」
深徳院 「上様は宗春様を信じすぎです。大体、上様が将軍職を家重に譲った後のことをお考えになったことはありますか」
吉宗  「何を言っておるのだ」
深徳院 「尾張は幕府を乗っ取ろうと考えているのです」
吉宗  「バカなことを申すな」
乗邑  「いえ、私もそれが心配でございました」
吉宗  「宗春が幕府を乗っ取ろうなど」
乗邑  「しかしご嫡男・万五郎様がご逝去なされたことで、宗春様の画策はひとまずなくなったと言えましょう」
吉宗  「・・・」
乗邑  「宗春様は幕府に弓を向けたことで、天罰を受けたのです」
 
春日井が上手前に出てくる。
 
吉宗  「乗邑、お前も人の親であろう」
乗邑  「はい」
吉宗  「子を失った親の気持ちを考えてやれ」
乗邑  「しかし」
 
吉宗、行ってしまう。
 
深徳院 「上様!上様!」
 
深徳院も行く。
 
春日井、万五郎の成仏を祈っていた手をほどいて
 
春日井 「・・・」
 
歩き始めると
助六と御庭番たち、囲むように現れる。
 
春日井 「何か御用ですか?」
助六  「ひっ捕えろ」
 
春日井連れ去られる。
 
尾張藩邸。
宗春が月を眺めに出てくる。

    稽古風景

星野  「雨上がりだというのに、いい月が出てますな」
宗春  「あの月は、万五郎のために出ておるのかもしれぬな」
星野  「殿」
宗春  「俺は万五郎に親父らしいことは何一つしておらぬ。万五郎が生まれてくれたことに浮かれていただけだ。いつまでも正義を追うばかりで、周りが見えていなかった。俺がやりたい政は、今の俺のままでは叶わぬ」
星野  「私は殿の書かれた『温知政要』は素晴らしい書と思っております」
宗春  「しかしその思いは吉宗様にも幕府の重鎮たちにも届かなかっただろう」
星野  「・・・」
宗春  「あれは、吉宗様への甘えが入っていたからだ」
星野  「甘えですか」
宗春  「あれでは尾張藩主が勝手なことを言ってるとしか思われぬ」
星野  「しかし、殿のお力で尾張は大都市に変貌しようとしております」
宗春  「所詮は尾張だけが、な。幕府にしてみたら尾張だけが勝手なことをしているとしか見てはくれぬ。俺がいくら正義を盾にして戦っても、それは子供が駄々をこねているようにしか見られぬ」
星野  「・・・」
宗春  「俺は甘え上手な子供だったのだ」
星野  「・・・」
宗春  「そのことを万五郎は教えてくれた。まことに親孝行な子であった」
星野  「はい」
 
宗春、星野、月に手を合わせる。
 
星野  「殿」
宗春  「うん」
星野  「春日井様を身請けしてはいかがですか」
宗春  「春日井を身請けするだと?」
星野  「はい」
宗春  「しかし今さら身請けなど」
星野  「殿もそれを望んでいるのではないですか」
宗春  「俺が望んでいる?」
星野  「殿は春日井様を不幸にしたくないのではなく、幸せにしたい。そうではありませんか」
宗春  「・・・」
 
そこに急ぎ来る、新八。
 
新八  「殿!殿!」
宗春  「どうした?」
新八  「こちらを!」
     
と文を渡す。
 
宗春  「春日井が捕らわれた・・・俺に一人で来いと」
星野  「私が殿の代わりに行きます」
宗春  「ダメだ」
星野  「殿は尾張を守らねばならぬお方。危険なことはさせられません」
宗春  「春日井がこんなことになったのは俺のせいだ」
星野  「関係ありません」
宗春  「俺が行く。お前は六道屋を頼む」
星野  「では私も行きます」
宗春  「大丈夫だ。俺一人で行く」
星野  「しかし」
宗春  「一人で行かねば春日井が危うい」
星野  「殿」
宗春  「いいか。これは命令だ」
星野  「わかりました」
宗春  「新八」
新八  「は(と草履を出す)」
 
宗春、それを履いて出ていく。
星野、奥へ入っていく。
新八も去る。

    稽古風景

怪しい風、怪しい空気。
草木の生い茂った小石川養生所。風が強く吹いている。
宗春が来る。
 
宗春  「徳川宗春でござる。俺は逃げも隠れもせん」
 
助六出てくる。
 
助六  「徳川宗春、本当に一人か」
宗春  「一人だ」
助六  「お前、バカだろ」
 
猿轡をはめられた春日井が取り押さえられている。
 
宗春  「春日井!」
春日井 「・・・」
宗春  「お前たち、幕府のものか」
助六  「・・・」
宗春  「まず春日井を離してくれ」
助六  「いいだろう。但しお前が縄につけばな」
春日井 「私のことは捨て置きください」
宗春  「・・・わかった」
 
膝をつき捕縛される宗春。
そこに出てきたのは乗邑。

    稽古風景

乗邑  「徳川宗春ともあろうお方が何をしておるのだ」
宗春  「乗邑・・・」
乗邑  「ただの遊女ではないか。一国一城を守らねばならぬあなたがこんな女に命を懸けるなど言語道断」
春日井 「卑怯ではありませんか」
 
乗邑、春日井を打ち
 
乗邑  「黙ってろバイタが」
宗春  「女に手をあげるとは何事だ」
乗邑  「宗春殿、何故幕府の意思に背くのだ。そんなに上様のことが憎いのか」
宗春  「俺は諫言申し上げたまでだ」
乗邑  「諫言!あんたは徳川の筆頭御三家、尾張藩主だろう」
宗春  「・・・」
乗邑  「将軍争いに負けたのはお前の兄だったな。尾張は将軍になれなかったから今の幕府に不満があるのだろう。だからお前は次期将軍の座につこうとして、温知政要を書いた」
宗春  「違う」
乗邑  「一度だけ申し上げる」
宗春  「何だ」
乗邑  「藩主をやめろ」
宗春  「貴様に言われて藩主をやめるわけがなかろう」
乗邑  「そうだよな。お前、幕府を潰して自分が将軍になりたいんだもんなあ。そんな奴が藩主を辞めるわけないよな」
宗春  「違う」
乗邑  「違わないんだよ。お前は自分が将軍になるために温知政要を書き、百姓一揆を誘発しようとした。そして機を見て幕府を倒そうとしているのだ」
宗春  「徳川の人間を見くびるな」
乗邑  「いずれにせよ尾張藩主は誰かに代わってもらわねばならぬ。これは上様のご意向でもある」
宗春  「・・・」
乗邑  「いいか。死人に口なし。お前は幕府の逆賊となるのだ」
宗春  「・・・」
乗邑  「私は何度も宗春様をお諫めしたが、宗春様の反逆の意思が固まってしまったためにやむなく」
宗春  「お前には『忠義心』がないのか」
乗邑  「もう一度だけ聞いてやる。藩主をやめろ」
宗春  「お前に命令される筋合いはない」
乗邑  「そうか、殺れ」
 
助六、春日井を斬る。春日井倒れて。
 
宗春  「春日井!おい春日井!」
乗邑  「たかが遊女の命ではないか。何をうろたえておる」
宗春  「許さない」
乗邑  「は?」
宗春  「貴様だけは絶対に許さない」
乗邑  「許さないか・・・許さなくて結構だ」
宗春  「・・・」
乗邑  「逆賊の貴様の命もまた価値がないのだから」
宗春  「・・・」
 
殿!と声がする。
穴だらけの障子を持ってやってくる新八と堅物。そして星野。
殺陣。
障子を振り回す新八。プロレス技にも似た堅物。
そして正統派の星野。
殺陣の途中で捕縛された宗春の縄を解く。
 
星野  「殿!」
宗春  「誰一人逃がしてはならぬ!」
星野  「はっ!」
 
宗春も殺陣に参加する。
 
乗邑  「退け!退くのだ!」
 
言うが早いか去っていく乗邑と助六。
他の者は動けない。
 
宗春  「春日井!」
春日井 「宗春様・・・」
宗春  「死ぬな春日井。俺はお前を身請けすることに決めたんだ」
春日井 「本当ですか」
宗春  「本当だ。だから死ぬな」
春日井 「宗春様」
宗春  「何だ?」
春日井 「全ての人に恋をするような政をなさってください」
宗春  「なに?恋だと?」
春日井 「そんな藩主様がいてもいいではありませんか」
 
春日井を抱き起す宗春。しかし息がない。
 
宗春  「春日井・・・」
星野  「・・・」
新八  「・・・」
 
堅物、大きな声で泣き出す。
 
暗転。


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