里海のる

里海のるです。宇宙エレベーターが実現した世界のお話を書いてます。ご感想などお寄せいただ…

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里海のるです。宇宙エレベーターが実現した世界のお話を書いてます。ご感想などお寄せいただければ嬉しいです。

最近の記事

【6分ショートショート】アート

 男は胸元の道具入れから、ホワイトマーカーを取りだした。  宇宙服のぽってりした指先で器用につまんで、キャップを外す。  マーカー本体もキャップも、紐で宇宙服に繋がれていたが、男は外したキャップを道具入れに仕舞い、慎重に蓋を閉じた。  マーカーを右手に持ち替え、左手で丸窓の脇にある把手を握って、直径十五センチほどのガラス窓をのぞき込む。  周囲の構造物は真空の太陽光に曝されて眩しく輝いていたが、男は太陽を背にしていたので、窓の奥を窺うのは容易だった。  小さいガラス窓の向こう

    • 【3分ショートショート】名人

       名人と呼ばれた男がいる。  男は料理人だった。  脇目も振らず、来る日も来る日もひたすら中華鍋を振るような男だった。  とくに炒飯は絶品であった。  やがてその味を求めて、大勢の客が押し寄せるようになった。  男は戸惑った。  店の前には連日のように長蛇の列ができた。  男は懸命に鍋を振った。  だがしだいに、客を捌ききれない日が多くなった。ありつけなかったと言いがかりをつける客をとりなすこともしばしばだった。  男は疲弊していった。  こんな毎日がつづけば鍋を振れなくなっ

      • 【3分ショートショート】最後

         何事につけ最後というのはおぼつかない。人類初や史上初の出来事なら、それがいつどこで誰によってなされたことかを知るのはさほど難しいことではないだろう。ライト兄弟による初の動力飛行の例をあげるまでもなく、たとえそれが世間の耳目をひくことのない出来事だったとしても、それを成した当人や取り巻きたちによって記され、後世に伝えられるものだ。だが最後の出来事となると、途端に怪しくなる。たとえば人生と同じように、ずっとつづいていた事柄が、ある日突然、意図せず最後になることだってある。この場

        • 【3分ショートショート】不適切

          「大変お待たせいたしました。宇宙エレベーターお客様相談センター、オペレーターの散奈口が承ります」  アバターが正しく同期していることを確認しつつ、今日もう何度目になるかわからない決まり文句を口にすると、わずかな間を置いてやはりもう何度目になるかわからない棘のある声が返ってきた。 『どんだけ待たせれば気がすむのよ!』  待ち時間の表示を確認すると、着信してからまだ五秒と経ってない。ほぼオンタイムだ。だがわたしは、共通指示書にある通り謝罪の言葉を並べた。 「大変申し訳ございません

        【6分ショートショート】アート

          【3分ショートショート】選択

           当直交代のためにコントロールルームに入ると、狭い室内に甘い匂いがこもっていた。 「いいんですかキャプテン、そんなもの食べて」  呆れながらコマンダーシートに着くと、隣からど派手な配色の袋が差しだされた。 「君もどうだい?」  どぎつい色のゼリービーンズが数個、勢い余って袋の口から飛び出した。重力が弱くなっているせいで、緩やかな放物線をたどってゆっくり散らばっていく。ぼくは腕を伸ばして残さず捕まえると、まとめて頬張った。 「糖尿病なんれすよね。身体によくないんじゃないんれすか

          【3分ショートショート】選択

          【3分ショートショート】ありがとう

          「ありがとう。これでひと安心だよ」  礼をいうあたしに、宇宙船の機械知能は「それはよかった。お力になれそうなことがあればいつでも仰ってください」と、いつもの決まり文句を返して会話を締めた。緊急事態でも冷静な機械知能は頼れる相棒だ。  ここは木星のトロヤ群。あたしはいま、太陽からはるばる五天文単位、つまり太陽から地球までの距離をさらに四倍ほど伸ばした先の木星軌道上で、さらに木星から六十度ほど進んだあたりに位置する小惑星群の、まさに真っ只中にいる。  宇宙エレベーターの開通以来、

          【3分ショートショート】ありがとう

          【3分ショートショート】悩み

           はい?  あ、いえ、こちらこそよろしくお願いします。  ええ、ちょっと緊張してます。いつもはお話を伺う側ですし、生放送は初めてなので。  ありがとうございます。がんばります。  はい、「宇宙空間のいのちをまもる電話相談」で相談員をしています。宇宙空間で活動している皆さんからの、「生きるのに疲れた」とか「消えてしまいたい」とかといったお悩みのご相談を受けています。  ええ、そうなんです。「電話相談」というのが正式名称です。おかしいですよね、いまどき電話なんて。でも、伝統ってい

          【3分ショートショート】悩み

          【3分ショートショート】トリック

          「落とし穴、やってみたい」ミカちゃんがカウンターの向こうからいった。  ぼくと神宮路は顔を見合わせ、互いにため息をついた。  ここは「叶屋」、宇宙エレベーターの静止軌道ステーションにある、カウンター席だけのうらぶれた小料理屋だ。女将さんとミカちゃんで切り盛りしているが、この店がミカちゃんの趣味に過ぎないことは、ぼくらはとうに知っていた。正体は明かしてもらえないが、どうやら彼女はとんでもないセレブらしく、宇宙エレベーター界隈に顔が利く。本人によると生まれも育ちも静止軌道ステーシ

          【3分ショートショート】トリック

          【3分ショートショート】癖

           よお、久しぶり。元気そうだな。  ああ元気だよ。健康そのものだ。  まあまあ挨拶はいいから、まずは乾杯しようぜ。  カンパーイ!  んー、んまいっ。  で、仕事はどうよ。  ぼちぼち?  なんだよ、ぼちぼちって? 墓売りか、おまえは。がははは。  いやいやすまん。不謹慎といわれれば、その通りだが、つい癖で。面目ない。  そうだな。おれはいまでも宇宙エレベーターの貨物クライマー乗りよ。地球と宇宙を行ったり来たりだ。  重力の変化はつらくないか、って?  そうだな、身体への負担

          【3分ショートショート】癖

          【3分ショートショート】誓い

          「宣誓!」整列する全校児童の前に出た体育委員長が、正面に立つにこにこ顔の校長先生に向けて声を張りあげた。「わたしたちはぁ、スポーツマンシップにのっとりぃ」 「なあなあ」背後からくすくすと忍び笑いが聞こえる。「いま、スポーツマン・シップを乗っ取るって、言ったよな、な」 「んなわけないだろ」ぼくは振り返らずに小声で返した。 「――正々堂々、運動会を闘い抜くことを、誓います」委員長の選手宣誓がつづく。 「でもよ、そういう宇宙船あるかもじゃん」 「ねえよ、そんなの」 「――素晴らしい

          【3分ショートショート】誓い

          【3分ショートショート】神さま

           いいかい、嘘をついてはいけないよ。  え? 相手がよろこぶ嘘なんだからいいじゃないか、だって?  いいや、嘘に善いも悪いもない。どんな嘘も嘘であることにかわりないんだ。嘘をつくという行いそのものが、悪いことなんだよ。考えてごらん、誰かにやさしい言葉をかけられたとして、それが嘘だとわかったら、キミはどんな気持ちになるかな。  心の内のことは誰にもわからないんだから、嘘だってばれるわけない?  そんな心の狭いことではいけないな。それにキミの心は、神さまにはお見通しだ。  宇宙に

          【3分ショートショート】神さま

          【3分ショートショート】病

          「あれに息子が、乗ってるんです」  展望窓の外を見つめたまま、その老女は目を細めた。  地球に向かって伸びるケーブル上で、太陽光がキラリと反射する。遠くてはっきりしないが、編成の長いクライマーのようだ。 「貨物便、でしょうか。息子さん、クライマー乗務員なんですね」 「ええ」老女はかすれ声で答えた。「初仕事、なんですよ」  もしかすると、見た目の印象ほどには老齢ではないのかもしれない、と介護士は思った。痩せた全身を包む外骨格スーツと骨張った口元を覆う酸素マスクからそう思いこんで

          【3分ショートショート】病

          【3分ショートショート】冗談

          「当直交代の時間です、マム」ぼくはドアを抜け、コントロールルームに入った。  宇宙エレベーターの貨物クライマーは完全自動運転だが、責任の所在を明確にするためだけに二人の人間――キャプテンとコマンダーを乗せていた。人間の業務は、機器類の監視と定時連絡が主で、定常運転中は一人ずつ交代で当たることになっている。当直中は狭いコントロールルームに一人きりだが、異常がなければ退屈な仕事だったし、実際、異常になど、滅多に遭遇することはなかった。 「では引き継ぎをしましょう」キャプテンがシー

          【3分ショートショート】冗談

          【3分ショートショート】幽霊

          「どお? もう寮には慣れた?」 「うん、ありがとう。大丈夫だよ」 「ここに来る前って、ずっとご両親と一緒だったんでしょ?」 「そう。ママとパパと三人で宇宙船暮らし」 「さみしくない?」 「ううん。ここにはみんないるから、平気」 「宇宙船暮らしなら、無重力は問題ないね」 「うん。無重力は好き。重力は嫌い」 「で、どうしてきみは、学期途中で転校して来たの?」 「友人工知能の生成クラスメイトだけがだちなのはだめだからって、ママとパパが」 「あー、わかる。人工知能ってなんかつまんない

          【3分ショートショート】幽霊

          【3分ショートショート】偶然

           警告音が鳴った。 「電源系の過熱です、キャプテン」  隣席からコマンダーがこちらを伺う。 「そうか」  ため息が漏れる。この乗務を終えればようやく休暇だというのに、ついてない。 「では――」  チェックリストを出してくれ、とオーダーする前に、メインモニターにチェックリストが表示された。 「……?」 「偶然ですね」コマンダーが親指を立てた。「きのうまで技能審査だったんですよ。人使い荒いですよね。で、シミュレーター課題のひとつがたまたま電源系のトラブルでして」  キャプテンと呼

          【3分ショートショート】偶然

          【3分ショートショート】趣味

          「趣味って酷くないか」つくねの串を振りまわしながら、神宮路が喚いた。 「やめろ」ぼくは背を反らせて身をかわした。「たれが飛ぶ」  ここは「叶屋」。カウンター席だけの、うらぶれた小料理屋だ。 「ああそうですよ、楽しくやってますよ。だからって遊びじゃないっつうの」神宮路はつくねを一口で頬張ると、串を串入れに投げつけた。が、酔った手元は当然のよう狂い、串は縁に当たってくるくると空中に漂いだす。 「荒れてるねぇ」ミカちゃんがカウンターの奥から素早く腕を伸ばして、器用に串を捕まえた。「

          【3分ショートショート】趣味