【3分ショートショート】癖

　よお、久しぶり。元気そうだな。
　ああ元気だよ。健康そのものだ。
　まあまあ挨拶はいいから、まずは乾杯しようぜ。
　カンパーイ！
　んー、んまいっ。
　で、仕事はどうよ。
　ぼちぼち？
　なんだよ、ぼちぼちって？　墓売りか、おまえは。がははは。
　いやいやすまん。不謹慎といわれれば、その通りだが、つい癖で。面目ない。
　そうだな。おれはいまでも宇宙エレベーターの貨物クライマー乗りよ。地球と宇宙を行ったり来たりだ。
　重力の変化はつらくないか、って？
　そうだな、身体への負担は感じないな。〇Ｇから一Ｇまで変化するっても、ロケットと違ってゆっくりだからな。あとは慣れだな。
　おうよ、すぐ慣れるさ。
　ただなぁ、身体の方はすぐ慣れるんだが、頭の方は慣れちまうとまずいことが多くってな。
　そうなんだよ。慣れるとつい癖が出ちまうんだよ。これが曲者でなぁ。
　え？　たとえば？
　そうだなぁ、たとえばいまこうやって呑んでんだろ？
　で、飲んだらグラスをこうやって、テーブルに置く。これってあんまり考えてやってないよな。
　だろ？
　それが曲者だ。
　地上ならなんの問題もねぇんだが、無重力だとそもそも置けねぇんだよ。
　まあ、まてまてまて。
　問題は逆のパターンなんだ。無重力だと“置く”のはどこでもいいだろ？　そのへんの空中に放っときゃいいんだよ。それを地上でもやっちまうんだなぁ、これが。
　でもいまはちゃんとテーブルに置いてるじゃねぇか、って？
　そりゃあ、そうさ。グラスはたとえ話だからな。
　じつは形が違ってれば、そんなに問題はねぇんだ。この地上のグラス、無重力状態じゃ要をなさねぇだろ？
　無重力用のグラスじゃねぇと、液体を中に保てねぇ。だから形を見れば、いま自分が地上にいんのか、無重力状態にいんのか、区別できんだよ。
　そんなの感覚でわかるだろ、って？
　そんなことねぇんだって。
　いやだから、癖っつうか習慣っつうか、無意識なんだよ。てめぇがどこにいるかなんて、考えねぇだろ、普段は。
　なぁ？
　あぁ、でもな、普段でもてめぇがどこにいるかってことを意識させられる場面っつうのはあるな、うん。
　どこ、って？
　だから、うんだよ、うん。
　わかんねぇの？
　うんこするときだよっ。
　汚ぇって、てめぇがいわせたんだろがっ。
　だからよ、うんこすっとき重力任せっつうのは、なんだか頼りないっつうか、心許ないっつうかさ。
　やっぱこう宇宙トイレで掃除機みたいに、ぐいーんって陰圧で引っ張って貰わねぇと、すっきり出た気がしねぇんだよなぁ。肛門に残ってやしねぇかって、気になってしょうがねぇ。それによ、切れる寸前って、重力でぶら下がってんだろ？　あれが気持ち悪くてなぁ。
　わからねぇ？
　そうだなぁ。てめぇ、うんこしたあと、どうしてる？　紙で拭くか？
　温水洗浄だぁ？
　しゃれてるね、どうも。
　でもその方がわかりやすぃや。温水洗浄に慣れちまうと、洗わないとなんだか気持ち悪ぃだろ？
　それと一緒よ。
　手で尻を洗う文化っつうのもあってな、おれも試したことがあんだが、しばらくやってっと癖になって、手で洗わねぇと汚い気がしてくるんだよ。
　手が汚ぇって？
　そう思うだろ？　でも違ぇんだなこれが。手で洗わねぇと綺麗になった気がしねぇんだ。紙で拭く方がよっぽど汚ぇ気がしてくる。
　お、わかるか。
　なんだって。屁をこかねぇと、身体が臭くなりそうで気持ち悪ぃだ？
　こっそりこけば、ばれねぇ？
　それ、無重力で絶対すんなよ。てめぇのまわりに溜まってっから、すぐばれっかんな。
　なに、ニヤついてやがる。あ、てめぇ、こきやがったな、このやろう。
　ったく、臭ぇ癖だな。