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【3分ショートショート】神さま

 いいかい、嘘をついてはいけないよ。
 え? 相手がよろこぶ嘘なんだからいいじゃないか、だって?
 いいや、嘘に善いも悪いもない。どんな嘘も嘘であることにかわりないんだ。嘘をつくという行いそのものが、悪いことなんだよ。考えてごらん、誰かにやさしい言葉をかけられたとして、それが嘘だとわかったら、キミはどんな気持ちになるかな。
 心の内のことは誰にもわからないんだから、嘘だってばれるわけない?
 そんな心の狭いことではいけないな。それにキミの心は、神さまにはお見通しだ。
 宇宙には神さまなんていない、だって?
 そうだね。この宇宙船でキミとずっと一緒に暮らしているけれど、真っ暗で冷たい宇宙空間がどこまでも広がっているだけで、神さまと出会ったことなんて、ないよね。でもそれは当然さ。だって神さまは、心の内にいるのだから。
 だけど地球では天に向かってお祈りするじゃないか、って?
 よく勉強しているね、えらいぞ。たしかに地球には、神さまは天にいると信じている宗教もあるよね。地球上に建てられた宗教施設に高い塔が多いのも、神さまにすこしでも近づきたいという願望からだそうだよ。
 だったら神さまは心にじゃなくて天に、つまり宇宙にいるはずじゃないか、って?
 うん。それはね、わたしたちのような宇宙船暮らしとは違って、地球上に暮らす人たちには、上下の感覚が備わっているからだよ。地球では重力があるのが当たりだからね。だって物が勝手に落ちるんだよ、びっくりだろ?
 もしかすると昔の人たちは、天を見上げれば神さまがいると考えていたのかもしれない。でもだからといって、だから神さまは天空にいる、とはならないだろう? それに、地球の人たちだってお祈りをするときには、頭を垂れて目を瞑り、心に向かって祈るんだよ。
 キミは、愛に包まれているような感じがして、温かい気持ちになった経験はないかい? 地球の人たちだって同じさ。神さまの愛に包まれていると感じるんだ。つまり天というのは上のことではなく、自分を取りかこむ周囲のことなんだよ。ただ地球の人たちは上下の感覚が強いものだから、それを天と表現したのではないかと、父さんは思うんだ。
 神さまに包まれているなら、どうしてお祈りは心に向かってするの、って?
 そうだな……それはね、人間の精神というのは内と外の境界にあるからだよ。お祈りするときの、頭を垂れて目を瞑る、という仕草はね、その内と外を入れ替える動作なのさ。
 難しいかい? ええとね、お祈りというのは、神さま、つまり自分を取りかこむ存在と、向きあう行為だというのは、いいかな?
 うん、ではどうすれば、自分の周囲をぐるりと取りかこんでいる存在と、向きあうなんてことができるだろうか? 簡単なことさ。内側と外側を入れ替えればいいんだよ。裏と表をひっくり返すのさ。
 たとえばそうだな、ゴムボールのような、中空の球体を考えてごらん。ボールの中心点というのはひとつしかないから、そこと向きあうのは簡単だろう? で、ボールの膜をくるっと捲って、裏と表をひっくり返すんだ。
 いやいや、膜を切りひらいてはいけない。そのまま空間ごと、内と外をこう、クルンと入れ替えるのさ。
 そうだね、実際のゴムボールでそんなことをするのは無理だよね。でも、想像することなら、できるだろう? そうすると、いままで内側だった領域が外側になり、外側だった領域が内側になる。するとどうだい、それまでボールの内側だった領域が無限に広がってボールを取りかこみ、かわりに無限に広がっていた外側の空間がボールの内側にすべて収まってしまっただろう? じゃあ、同じ手順をキミに対して行うと、どうなる?
 内臓が外側になってグロい?
 あははは、そうじゃないんだよ。身体というか肉体の話ではないんだ。精神の話だよ。内と外を入れ替えると、キミの心は外に無限に広がり、逆に、キミを包みこんでいた神さまは、キミの内にいることになるだろう? これが、お祈りの正体さ。キミが神さまに祈るとき、天は点になるんだよ。
 そんなの嘘だ、だったらお祈りをするたびに、神さまを捕まえたことになるじゃないか、って?
 そうだね。たしかに、お祈りをするときには神さまはキミの内にいるのだから、それを、神さまを捕まえた、と表現できなくもない。でもね、内側にいるからといって、捕まえたことにはならないんだよ。。
 なぜって、これまでお祈りが神さまに届いたためしは、一度としてないんだから。少なくとも、父さんには。

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