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1分小説「強引な面接」

「ここまで何で来られたんですか?電車です?」

「地下鉄です。家が結構近いんですよ。ドアトゥドアで30分くらいですかね」

何のこともないただの雑談から始まった。今、一人の男が採用面接に来ている。

「オフィスが近いのはいいですね。私なんて電車を乗り継いで1時間以上かかるので」

選考官は笑った。続けて「さて」と言って、面接が始まって10分後。

「この仕事に応募されたきっかけは何ですか?」

「あ、えーと、きっかけですね。一番最初は、人材紹介エージェントからの紹介ですね」

「なるほど、エージェントから紹介された求人を見て興味を持ったということですか?」

「ええ、前職のキャリアを活かした仕事をしたかったので、ぴったりだなと」

「その前職で一番大変だった仕事を教えてくれますか?」

「あ、うーん...。一番と言うと悩みますが、マネージャーを任されてから半年くらいが一番大変だったかなと。年上の部下が多かったので、なかなかチームをまとめきれなくて」

そういったやりとりがしばらく続き、開始25分を過ぎたあたりだった。

「なるほど、色々と回答いただいてよくわかりました。ありがとうございました」

男はそう言ってお辞儀すると、そのまま席を立とうとした。

「ちょっとちょっと、どういうつもりです? まだあなたの話は何も聞けていませんよ。」

慌てた選考官が声を荒げた。

「最初に質問させてほしいというから正直に答えましたが、どれも面接のような質問ばかりでしたし...」

当惑を隠せない選考官に、男は笑った。

「ああ、すみません。僕の話もしたほうがいいですよね」

男はそう言ってバッグを開けると、小さなパンフレットと書類が入ったクリアファイルを取り出し、選考官に見やすい向きでテーブルに置いた。

「うちの会社のことは、このパンフを見ていただければよくわかるかと思いますので」

「え?」

「今ちょうど優秀な人材を探してましたね。特に面接の呼ばれるようなエース級の人材がね」

「...つまり、私を選考するにために応募したと?」

「ですです。すみませんね、回りくどいやり方で」

「ハハハッ、ハハッ」と選考官が笑った。「私が面接に出てこなかったらどうしてたんです?」

「あなたより優秀な人が来たと思って喜んでましたよ」

「なるほど」選考官はため息をついた。「で、結果は?」

男は先ほどのクリアファイルから文書を1枚取り出した。

「オファーレターがこちらになります」

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「で、先輩はそのオファーを受けたんですか?」

向かいに座る後輩は、がっつくように前のめりに質問した。

「もちろん。そのおかげで今があるのよね」

「でも、言ってはなんですが、よくそんな強引な選考で、社長を信じようと思いましたよね」

「そうだね。私も今覚えばおかしいんだけど、なぜか信じちゃってね。でも、オファー承諾にあたって一つだけ、条件をつけたの」

「条件ですか?」

「そう。もし次、社長みたいな人が応募してきて、面接中の私にオファーを出してきたら、そのオファーは断りませんよ、ってね」

(おわり)


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