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小説「モモコ」【36話】第7章:5日目〜午後1時00分〜

午後1時00分

「みなさん、こんちには!」

 カグヤさんの美しい声が会場図に響き渡る。いつもと少し声色が違う気もするが、きっと疲労が溜まっているんだろう。こんにちは〜という返事の声が、会場中がちらほら聞こえてくる。今日のセミナー参加者は500名近く。ざわついていた会場中が一瞬で静まり返り、壇上の横に立つカグヤさんに注目が集まる。

「今日のセミナーにお集まりいただきありがとうございます。本日、司会進行を務めます、諸石カグヤと申します」

 レンは機材を改めて確認した。カグヤさんの後ろ側、壇上のカーテンの裏で、機材の準備など、カグヤさんのサポートをするのがレンの仕事だった。カグヤさんの合図があったら、壇上のスクリーンにプロジェクタでパソコン画面を投影する。その後、カグヤさんが手元のパソコンで動画を流す。

 何の動画なのかは教えてもらえなかったが、それはカグヤさんも同じということだった。導師様からカグヤさんにだけ秘密で依頼された重大な仕事だ。その手伝いを任せられるなんて、カグヤさんの信頼されている証拠に違いない。レンは喜びと同時に、失敗はできないというプレッシャーも感じた。イベントで起こるトラブルで多いのは機材要因だ。事前に何度も確認はできているが、まだ気が抜けない。

「導師様は、今日のセミナーに非常に特別な想いを持ってらっしゃいます。そこで、導師様から、とある動画メッセージをいただいています。セミナー開始は13時30分からですが、なんとライブ動画とのことなので、ぜひ開始までの間、みなさんにご覧いただければと思います」

 そう言うと、カグヤさんが背中に回した右手を動かして合図した。レンは壇上の幕を開けると、スクリーンにカグヤさんのパソコン画面を映し出した。カグヤさんは慣れた手つきで手元のパソコンから動画の再生を開始し、スクリーンに映像が流れ始めた。

 白いスーツに身を包んだ導師様の姿が映し出された。小さな部屋に、導師様と小さな女の子が向かい合っている。

「IQ200を超えると言われる君のような天才にしては、随分とお粗末な救出計画だったようだね」

 導師様が女の子に向かって喋った。IQ200...? 何のことだろうか。カメラはだいぶ高い位置にセットされているようで、導師様と女の子を見下ろすような映し方をしていた。それにしてもこの女の子、見たことがあるような...。

「私がルンバと連絡をとっていることを知っていたの?」

 声を聞いて思い出した。モモコちゃんだ。碧玉会に興味がありそうだったから前回のセミナーに誘ったのだが、導師様に失礼な発言を連発していた生意気な女の子。どうして彼女が導師様と一緒にいるんだ?

 要領を得ないまま、二人の会話が進んでいく。カメラには映っていないが、モモコちゃんと一緒にいた兄も同じ部屋にいるらしく「すまない」という声だけが聞き取れた。

 会場にいる500名も、半分くらいは何の映像なのかわからない様子で、互いに顔を見合わせたり首を傾げたりしている。だが、もう半分は、きっと何か意味があるはずだと信じて目を輝かせて映像に見入っていた。そうか、前回のセミナーでモモコちゃんの顔に会っていない会員にとっては、そこまで違和感はないのかもしれない。

 導師様は一体どういうつもりなのかカグヤさんに尋ねようと司会の方を見たが、すでにカグヤさんの姿はそこにはなかった。動画が終わればまた司会は必要なのに、どこに行ったのだろう?

「これを聞いてしまえば、私は君をすぐに拘束し、監禁せねばならなくなるが、どっちにしろ、ここまできたら同じことだな。さて、何が聞きたい?」

 耳を疑ったが、明らかに導師様が喋っていた。モモコちゃんを監禁? どういうことなのだろうか? もしかして、この映像を見て会員たちがどう反応するのか、試されているのかもしれない。少なくとも、プロジェクタもスピーカーも予定通り動いていて、映像をちゃんと流すという自分の使命は果たされた。導師様がどういうつもりなのか、カグヤさんがなぜいなくなったのか、わからないことだらけだが、まずは自分もこの映像をしっかり拝見することにしよう。

 そういえば、カグヤさんはさっき、ライブ映像だって言っていたな。この場所はきっと今日のセミナーの控え室なんだろう。


 500名の会員たちは全員、スクリーンに映し出された導師様と女の子の会話に釘付けになった。

〜つづく〜

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