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小説「モモコ」【35話】第7章:5日目〜午後1時15分〜

午後1時15分

 一区切りを喋り続けたモモコはひと呼吸ついた。UFDプラセンタの人体実験も確かに吐き気のする話だったが、今から語る真実のおぞましさは、その比ではない。

「もう一つの答え合わせ。それは、ユーテラスフルーツの生成方法に関わる話よ」

 ふたたび坂田の顔から笑みが消えた。だが、先ほどの時とは異なり、焦りと怒りが混同したように、どす黒い目でモモコを睨みつけた。

「そもそもUFDには難点があるわ。子宮性を帯びた桃の果実を、遺伝子編集でどうやってつくるのか? 遺伝子をいじって急に桃が子宮になるわけもなく、猿や牛のクローンから取り出した子宮の遺伝子を用いていた。でも、同じ哺乳類とはいえ、猿や牛の子宮で人間を懐妊するのは難易度が高い」

「そういう意味では君は奇跡だな」と坂田は言った。物言いは柔らかいが、殺気を込めた目つきでモモコを見つめている。

「そうね。私は唯一の成功事例。私の場合は、ニホンザルのクローンの子宮だったわ」

「君は、全部知っているわけか」坂田は呟いた。「いいだろう。最後まで言ってみなさい。ただし、あの連中に引き渡す前に、君の声帯を焼き切る必要が出てきたがね」

「好きにしたらいいわ。いまさら後戻りはできない」モモコは淡々と返した。「つづけるわ」

「UFD研究のリーダーだった犬養ハジメは、猿のクローンを使うことを前提として研究を進めた。だけど、本当は誰もが思いつくもうひとつの方法がある。『人間のクローンの子宮を使ったほうがうまくいいのではないか』」

「犬養ハジメは頑なに拒否したが、その同僚に、この悪魔の考えに染まった研究者がいた。彼は、ユーテラスフルーツを生み出すために人間のクローンを作ることを提案した。でもちょうどその頃、犬養がすべての研究情報を持ち出して失踪し、悪魔の考えは実行されずに終わった」

 モモコは、声を張り上げて言った。

「その悪魔の考えを、いま実行しようとしている何者かがいるんでしょ? あなたがあの連中と呼ぶ組織のなかに」

「何が言いたい?」

「碧玉会の会員の女性の中から、UFDに適合した子宮を探すこと。会員の子宮データこそが、あなたが連中と取り引きしているメインの品物。そうでしょう?」

「おいおい、人聞きの悪い言い方をしないでくれ。別に彼女らの子宮を無理やり摘出しているわけじゃないんだから。」坂田は薄笑いを浮かべた。

「クローンね。健康診断と称して会員女性の遺伝子細胞を少しずつ抽出し、実物のクローンを作り出し、育てる。自分の知らないところで勝手に自分のクローンが作られ、モルモットにされているなんて、考えただけで吐き気がするわ」

「いやいや、そう悲観することもない。クローンたちは一切目を覚ますことなく、子宮機能の計測ができる15歳まで成長させられ、子宮実験が終わったらすぐに廃棄される。彼女らには幸福も不幸も何もないのだよ。そう言う意味ではまだ生まれていない、とすら言えるかもしれないね」

 そう言って、坂田は自らぺらぺらと喋り出した。連中からこの話を持ちかけられた経緯、実験場を訪問し初めてクローン体を見たときの話。このモルモット提供がどれほどの儲けを生んでいるのか。普段は固く閉ざしている口はこれでもかというくらいに大きく開き、日頃言わないように抑えている反動なのか、聞いてもいない詳細な情報まですべて語り尽くしてくれた。

「……ふぅ。いつも気取られぬように隠しているのだが、たまには全部吐き出すほうが体にいいのかもしれないな。その点、君にはお礼を言わせてもらおうか、モモコちゃん」

コンコン、と部屋のドアがノックされる音がした。「導師様、そろそろ時間です」と付き人の声が外から聞こえた。

「すまないが、答え合わせはもうここまでだ。君の優秀さには正直驚くばかりだが、それも今日までのこと。残念だが、あまりにも君は多くを知りすぎた。セミナーが始まったら、君を連中に引き渡す約束になっている。最後におしゃべりできた楽しかったよ」

「そう、私もよ」モモコはにっこり笑った。

「ふん、やはり気味の悪い子供だ」と坂田はぼやくと、ドアを開けて部屋を出て行った。代わりに入ってきたのはボディガードの男だった。無表情のまま、男はモモコの側に詰め寄った。

「これで、全部終わりね」

 モモコは静かに呟いた。

〜つづく〜

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