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小説「モモコ」【37話】第7章:5日目〜午後1時30分〜

午後1時30分

「やはり気味の悪い子供だ」そう言って坂田は控え室のドアを出た。少し喋りすぎてしまった。腕時計に目をやると、すでに針は13時30分を指そうとしていた。

 控え室から会場の壇上までは歩いで1分もない。この講演ももう何百回を話したかわからないくらいになっていた。毎回、坂田が手を上げながら登場し、会員たちは拍手大喝采で迎え入れる。講演の内容なんて表現を変えた話題の使い回しばかりだと言うのに、何も知らずに涙を流して喜ぶ会員たちを見ていると、自分が本当に慈善家になった気分になるものだから不思議なものだ。

 あのモモコという少女は、連中に引き渡して正解だったな、と坂田は思った。頭が良いとはいっても10歳の少女、あわよくば洗脳してうまいこと使ってやれないかとも考えていたが、本当に化け物みたいな娘だった。今まで幹部たちですら全く気づかなかった碧玉会の構造を、こうもすべて見通されるとは思いもしなかった。あの頭脳を手放すのはもったいない気もするが、下手に引き入れていれば、寝首を掻かれていたかもしれない。

 壇上の幕裏まで着くと、一呼吸して身なりを整える。付き人が胸元にピンマイクをセットし、準備は完了。満足な豚であるより、不満足な人間である方が良い、と言った哲学者の格言があるが、まさにこの会場にはそんな愚かな豚たちが集まってきている。モルモットとしてその身体を差し出していることも知らずに、私の言葉による快楽を求めて群がる会員たち。今日は500名集まっていると、さっきの付き人が言っていたのを思い出す。本当に愚かなやつらだ。

 そう考えた次の瞬間、坂田は笑顔を作り直すと、壇上に向かって両手を上げながら歩き出した。

「碧玉会の同志諸君、ようこそ。サファイアセミナーへ!」

 会場全体を見渡すと、500名の会員たちがじっとこちらを見つめている。前列の席には、見覚えのある顔もちらほら見られた。今日の話題はたしかコミュニケーションにおけるコスモパワーのリレーションだったか。彼女らはすでに聞いた話だろうから、少し例えを変えて話すとするか。それにしても、何か妙だな。いつもと何かが違う。なぜだ?なぜそんなに私のほうをじっと見つめている。いや、いつも注目は浴びているのだが、少し視線が冷たいというか......。

 急に何かが顔に飛んできてあたった。「いたっ」と声をあげてしまう。女性もののバッグが投げつけられたのがわかった。飛んできた方向に目をやると、顔に見覚えのある女性が凄まじい形相でこちらを睨んでいた。

「導師様、信じていたのに!」

 そこで坂田は気がついた。何百回と講演会をやってきたが、今回初めて、登場したときの拍手喝采がなかったことに。

 その女性の一言を皮切りに、会場中から怒号が響き渡った。

 裏切り者!嘘つき!偽物!詐欺師!人でなし!私のクローンがいるって本当なの?おれの借金どうしてくれるんだ!あの漢方薬は家族にも飲ませたんだぞ!イカれてる!導師様うそですよね!全部うそですよね?もう何も信じられない!うわあぁぁぁぁぁぁぁ!!!殺してやる!ちょっと待ってきっと何かの間違いだわ!導師様がそんなことするはずない!さっきの動画は本当なの?あの女の子は誰よ!あの子が言っていたのは本当なのか?クソ野郎。何か言えよ!どうしてくれるんだ!

〜つづく〜

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