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【知恵の本棚】「ありがとう」が教えてくれたもの

あなたは、毎日、誰かに「ありがとう」と言っているだろうか。

私は、昔はどことなく恥ずかしくて、あまり感謝を言葉で伝える方ではなかった。でも、今は毎日「ありがとう」を言う。

それは、「ありがとう」が、感謝を伝えるだけの言葉ではないことに気づいたからだ。


会社員時代、初めてマネージャー職に就いた時、私は部下との接し方に自信が持てなかった。

リーダーとしての威厳を保った方がいいのか、友だちのようにフランクに接した方がいいのか、自由にさせるために距離を置いた方がいいのか。

最初からよく知っている部下も数名いたが、彼らを特別扱いすることはできない。

迷いもあったが、公平性だけは担保しようと、誰に対しても、必要最低限の話しかしないようにした。

伝えたいことは、できるだけ、全員参加のミーティングで話すようにした。

でも、私の話を聞く部下たちの反応には、何か物足りなさを感じた。

ミスコミする訳でもなく、問題も起きてはいないけれど、何かを見落としている感じがしてならなかった。

そんなある日、職場を見渡してみて、ハッとした。

静かすぎる。
活気もない。

そういえば、部下の声もよく覚えていない。

ひょっとして、部下の方も、私の出方を見ている?
接し方が手探り状態なのは、私よりむしろ部下の方なのでは?

そりゃそうだ。よく知らない人間が、いきなりマネージャーとしてやってきたというのに、その前で自由気ままに振る舞える訳がない。

週に数回、短い会話を、私の方から一方的にするだけだったのだから、無理もない。

上辺だけの会話をいくらしたって、部下たちの本音を知ることなんて、できないだろう・・・
これじゃ、自分がマネージャーをする意味がないな。

何かが吹っ切れた気がした。

余計なことは考えず、自分が話したいことは何でも話すことにした。

部下たちの本音も知りたいから、一方的な物言いはしないと決め、できるだけ対等な関係を意識して、同じ目線で話をするようにした。

ひとりひとり性格が違うから、接し方も相手に合わせて変えてみた。その方が、むしろ公平だとも気づいた。

しばらくすると、部下たちの緊張もほぐれ、本音で話してくれるようになってきた。

職場を見渡しても、以前より、みんな前向きに仕事をしているように思える。活気ある職場になってきたような気もする。

そんな変化が嬉しくて、部下と話をしたあとには、自然とあの言葉が出るようになっていた。

「ありがとう」

部下の表情が、一瞬ゆるむ。ちょっと嬉しそうにしてくれる。
勇気を出して本音で話してみてよかった。きっとそんな風に感じてくれているんだ。

それ以来、部下と接する時には、話の最後に「ありがとう」を言うのが、当たり前になった。

この「ありがとう」には、たくさんの意味がある。

聞いてくれて「ありがとう」
話してくれて「ありがとう」
時間を作ってくれて「ありがとう」
気を遣ってくれて「ありがとう」
勇気を出してくれて「ありがとう」

部下たちと、本音で話し合えるようになった。部下たちの方から、私のところへ話をしに来てくれるようにもなった。

すべてが「ありがとう」の恩恵だとは思わないが、部下の安堵の表情を見るたびに、「ありがとう」の威力を思い知る。

「ありがとう」は、感謝を伝えるだけの言葉ではなかった。お互いの信頼を確かめ合うための言葉でもあったのだ。

それに気づいてからは、もう「ありがとう」と言うことに、恥ずかしさはなくなった。

「ありがとう」の本当の価値に気づいてから、もう長い年月が経つ。会社もやめてしまったが、あのとき日常になった「ありがとう」は、今でも変わらない。

私に、宝物を残してくれたあの部下たちは、今も元気にしているだろうか。

最後までお読みいただきありがとうございます。少しでもあなたのお役に立てたなら嬉しいです。