意見が違う事と、関係が悪い事は別
考えれば当たり前のことですが、その当たり前ができないのが人間です。
意識が幼ければ幼いほど、感情と考えが固着しています。
年齢でみるなら、年齢が高ければ高いほど、世代が上がれば上がるほど、その傾向を容認しているように映ります。
この、容認というところがポイントです。
意見が合わない奴は敵だ
という、わたしがよく知る団塊の世代。
その考えを押し付けて、または、その考えで教育していたようにも思います。
あくまでも、わたしの印象ですが・・・
だから、敵とか、味方が判断前提になっている傾向が強く感じられます。
それが、忖度を生んでいる場面も沢山あります。
関係を保つために意見を合わせる、調整する・・・
こういった忖度が、人々を窮屈にさせています。
意見が違う事が、関係性に影響を与えるという事は、社会の幼さを如実に表している現象とも言えます。
自覚を実践しているとこれが無くなっていきます。
意見が違う相手も尊重できるからです。
意見が違ったとき、多くの方は、何か嫌な感じが湧きおこっているように思います。
そこを自覚できるのなら、その「なにか」が幻想だったことを理解するようになります。
その理解が、ハッキリしてくると、スッキリ自分の意見を言えるようにもなってきます。
そして、それをしているなら、そういった、他者を尊重できる方々の中にいるようになります。
それが必然です。
今日は、落ち着いて書けませんのでここまでとしたいと思います。
ここで書かれたことと、公開している動画が繋がるなら、深い理解が起こっている事の顕れです。
動画のチャンネル登録していない方は、義理でもしていただけると、後々役に立つことになるのは、必然です。
信じてはいけません。
感じてくださいね。
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