夫婦のカタチ-不幸は気分によって、幸せは意志によって作られる-
私達夫婦は現在、プロの社交ダンサーカップルである。ダンスを教え、ショーをし、競技会に出場して生活している。元OLであった私は、今もふとした瞬間、我ながら、なかなか特殊な業種を選んだものだと、思ったりする。
初めに、私の性格からご紹介したいのだが、私はかなりのビビリだ。あまり堂々と言うものでもないが、ここは敢えて、声を大にして主張しておきたい。
石橋は叩いて渡りたい方だし、堅実、現実的、安定感、ここら辺りの言葉が好きだ。眺めていて心が落ち着く。
そして、至極どうでもいい話だが、何故か、人格形成において多大な影響を及ぼしたであろう高校の頃まで、自分の血液型を「A型」と思い込んでいた。
お気に入りの雑誌その他の情報から、A型•乙女座•長女のキーワードで拾ってきた己を、現実主義的堅物生真面目人間と信じて疑わなかった。
高校の修学旅行で提出を迫られた血液型の欄で、改めて真っ当に検査をし、実は家族中ただ1人、O型であった事実が発覚するまで。
そんなこんなで、現在私自身は、血液型等の占いによる性格のアレコレをあまり信じてはいない。
それよりも、大事なのは、自分が自分をどう見ているかなのだ...と、結構な歳まで勝手に思い込んでいた気恥ずかしさを、どうにか誤魔化してみる。
そんなビビリぃの、思い込みにより、現実主義的堅物生真面目人間(長い)だった私にとって、普通のOL→プロ社交ダンサーという転向は、清水の舞台から飛び降りる覚悟を持たねばならなかった。
しかし、その精神的恐怖を克己させ、背中を押してくれたものがある。
私のダンスの相方、つまり現在の夫の言葉である。
今日はその話をしてみたい。
私達カップルに横たわるマリアナ海溝より深い溝
人は誰しも、多かれ少なかれ、人生を歩む中で、自分なりの信念、価値観のようなものを持っている。
目に見えるものではないが、それを基準に考え、選択し、発言し、行動を起こすのだから、その人を形作る上で、重要な物差しに違いない。
今から10年と少し前。
私達夫婦の出会いのきっかけは、社交ダンスのパートナー探しだった。
当時私が22、夫28、出会って5ヶ月程経った頃の事。付き合い始めた私達の前には、突如マリアナ海溝より深い溝が出現した。
ちなみにマリアナ海溝とは、世界最高峰のエベレスト山がスッポリ入ってしまう程の世界一深い海溝らしい。見たこと無いから、知らんけど。
出会った当初、私は保険業というものに、命をかける所存でいたピッカピカ社会人一年生だった。
保険は苦しんでいる人を救うのだと信じ、300人いる同期を掻き分け、是非私を支払い部門に!という熱い想いを面接官にブチかまし、見事希望通り生保アンダーライターという職業に就いた。ちなみにアンダーライターとは、支払いの査定業務に就く人間のことだ。
そんな私に、ある日彼は爆弾発言を放った。
保険嫌いなんだよね、ものすごく。
彼の言葉に、一瞬にして2人の間の空気が凍ったのは、想像に難くないだろう。
なんと。
彼は、大の、保険嫌いだった。保険が嫌いなれば、当然、それを取り扱う保険屋もクソくらえ、といったところだ。
ところで一つ、皆さんにご質問なのだが、社交ダンスというものを、どの程度ご存知だろうか。
もしかしたら中には、20数年前に流行った役所広司の主演映画『Shall we ダンス?』をご覧になった方もいるかもしれない。
2人が阿吽の呼吸で、ステップを魅せなければならない。
そう、なんとなく想像して頂けるかと思うが、社交ダンスは、1人では完結しない、あたりがミソなのだ。
息ぴったり、が必要要素なのだから、「きっとダンスのお相手は価値観なんかも合う人を選ぶのでしょう?」なんてカップ片手に優雅にお茶を飲んでいる、そこの奥さん。
そうでもございません、と言わせて下さい。私達の場合、そうでも、ございません。2回言う。
これは、周りの方々に目に見える形で二人三脚をせねばならない我々にとって、中々抜き差しならない問題であった。
保険なんぞクソくらえの我が夫について
私が何故、この人とダンスをしてみようと思ったかについてお話ししたい。
「なんでダンスのプロになったんですか?」
出会って間もない頃、私は彼に何気無く尋ねた。
「やりたい事を、やれずに死にたくないから」
ひどく心打たれたのだ。この答えに。
私にはかつて、やりたい事をやれずに、ハタチを待たずにこの世から去ってしまった友がいた。JR福知山線の、脱線事故だった。彼女達を悼む度、どんなに悔しかったろうと、思わずにおれなかったから。
彼自身が、24の時、父親を亡くした、と聞いたのは、それからもう少し、互いに知ることが増えた後だ。
心不全だったらしい。本当に突然の事だった、と。
父親が、こっそり家族の為を想い、かけていた保険は、家族の誰が知ることもなく効力を失い。
更新されないからと、一枚の失効の通知のみによって、その存在を、知らされる事となった。
苦労をしただろうと思う。残された家族は。
想像しか、出来ないが。
その痛みに寄り添えるのが、保険ではないのか。
そう思うから、私は、朝から晩まで、診断書の山に、向かい続けているのに。
やり切れなさに、胸が痛んだ。
父の死を切っ掛けに、進むべき道を決めかね迷っていた24歳の彼は、Dancerになった。
心からやりたいと思える事を、やろうと決めて。
保険なんぞ、クソくらえだと思いながら。
私を泣かせたプロポーズの言葉
私には、心身共に、疲弊しきっていた時期がある。
保険の仕事と、プロダンサーと。
キャパオーバーのハードワークに。
薄々この先両立出来ない事には気付いていたが、自分が大切にしてきたモノを、自ら手放す勇気が無かった。
今思い返せば、妙な意地もあったのだろう、保険嫌いの彼に、仕事を辞めろと言われるのが怖かった。自分の価値観ごと、否定されるようで。
そんな時に、彼は言った。
結婚しよう
ダンサーが不安定そうで心配だと言っていたね、保険にはいるよ
ダンサーとして一緒に生きよう
泣けた。
結婚しよう、と、ダンサーになろう、に挟まった、「保険に入るよ」に一番泣けた。
私は、変な女だ。結婚詐欺、保険金詐欺の悪女みたいだ。
誰がどう思おうが、構わない。
私は幸せだ、と思った。
夜遅くのスタバ、Macのパソコンを開く、やたらスタイリッシュなお兄さんお姉さんを尻目に、顔がボロボロになるのも構わず泣いた。
あれはいつだったろう。汗だくで、練習帰り、夜中の帰り道に。
色々な話をした。彼の前だと素直に自分が出せるのだ。
私は、ダンサーは不安定な職業だ、大企業にいた方が将来安心だ、などと話した気がする。ビビリぃで頭の固い自分がいて。
確かにダンサーは、企業と違い、いつの間にか毎月決まった給料が振り込まれている訳じゃない。退職金や、厚生年金や、手厚い保障みたいなものもない。
けれど、彼のそばにいて知ったダンス講師というのは、私が何も知らぬまま勝手に想像していた、なんだかフワフワとした、一か八かの人気商売、バクチみたいな仕事では、決してなかった。
レッスンが終わった後も、一人教科書を開いていた。帰宅してから夜中曲を編集し、ステップを考え、誰も見ない所でひたすら地味なトレーニングを繰り返し、ありがとうございます、と生徒さんが帰るのを、ドアが閉まるまで見送る背中を、隣で見ていた。
保険にはいるよ
平行線を辿るのだと思っていた。
私が大切にしてきた想い。働き方。私自身まるごと、引き受けてくれたようで。
ありがとう。
あなたがそうして、私の想いを抱いていてくれるなら。
私は、いつの間にか、ひとりでは背負いきれないくらい重くなってしまったモノをひとつ
手放そう。
私は
この人となら
生きていける。
幸せは意志だ
世界中が、このコロナ禍の騒ぎに巻き込まれている。私達ダンサーも、多分に漏れず、直撃だ。収入は激減し、イベントは潰れ、競技会は現在再開の見通し不透明。
元に戻ることを願う。切実に。
健康でいなければ。今日も懸命に働いてくださる医療従事者の方々の為にも。
そして、ふと気付く。収入激減、この不安定感。
あぁ、そうだ、これは正に私がOL時代に、想像の中で恐怖していたシチュエーションそのものだ、と。
けれど。
恐れていた不幸か、と言うと、違う。
誰だったか、昔、頭の良い人がこんな言葉を残した。
悲観主義は気分に属し、楽観主義は意志に属する
不幸は気分だ、幸せは意志だ
状況に寄らず、幸せの方に舵を切るのかは、自分の手で選ぶ事が出来ると言った、
この勇敢な言葉が、私はとても好きだ。
レッスンが出来ず、練習場が閉まり、いつも出来ていたことが何も出来ない中で、私達は、可能な限り、YouTube を更新し続けた。
狭い我が家を、スタジオにして、練習場にして。
ある日、コメントが来ていた。
お会いした事のない、コロナで右往左往するこの世界の、どこかにいるダンスが好きなお一人から。
自粛で落ち込んでいたのが、先生方の動画に、元気を貰いました、励まされました、と。
社交ダンスのマニアックなチャンネルにも関わらず、コンセプトを無視して、全く関係のない、ただただプリンを作るだけの、動画をあげた。
その日のうちに、「先生!プリン私も作りました!」と、Lineに写真が送られてきた。一カ月会えていない、大切な生徒さんから。
嬉しかった。
自分が笑顔でいると決めると、誰かがそれを見て、笑顔になってくれることも、あるのだ。
コロナになんか、負けてたまるかと思った。
いま、巷には目が回る程の文字が溢れている。
そんな中で、このささやかな文章に出会ってくださった、顔も知らないあなたへ。
もしも偶然、不思議なご縁があるのなら。
いつか私達の踊るwaltzを届けたい。
幸せにみえたらいいと願う。
私達夫婦の、意志のカタチだから。
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