![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/139366253/rectangle_large_type_2_4135bc80e6ab91187fc21baaccd7305e.png?width=800)
近づけば見える空は一緒。
職場を出ると朝に降っていた雨が上がっていた。歩道は濡れていて風は冷たかった。最寄り駅まで歩き、地下鉄に乗って二駅で梅田に到着した。改札を抜けて階段を登ってJRを目指す。
姫路行きの新快速の電車を待っている間に彼女からLINEが届いた。
「雨降ってるよ
迎えに行こうか」
ホームから黒い空を見上げる。雨が降っている気配はない。
姫路は雨が降っているのか、と思う。
新快速の電車に乗ってから彼女に迎えをお願いする旨の返信をした。
LINEの「トーク」の欄には彼女以外に最近、母とやりとりをしただけで、後は古本屋の公式アカウントと居酒屋、LINE Pay、LINEバイトが並んでいた。
友達と密に連絡を取らなくなって久しい。寂しいとは思わない。そんな自分を意外に感じる。
母は三日前に姫路に来てくれた。半年前から予定をしていて、僕も彼女もそわそわしながら母の姫路観光の予定を組んだ。
彼女と母は今まで二回会っている。一回目は僕と彼女で広島に行って三人で、二回目は父を交えて四人で。どちらも昼食だった。
一回目の時点で彼女と母は女子トークを繰り広げて仲良くなった。
僕と弟は母のことを「お菓子ソムリエ」と呼んでいる。母は常に新しいお菓子をチェックしていて、聞けば今食べるべき美味しいお菓子を教えてくれる。そして、そのお菓子は必ず美味しい。
そんな話を彼女にしたこともあって、彼女は母と初めて会った時に美味しいお菓子を尋ねた。
「チロルチョコでアップルパイがあるんだけど、去年はね。そんなに美味しくなかったの。けど、今年のは美味しかったからおすすめ」
僕と彼女は母との昼食を終えた後にコンビニを回ってアップルパイ味のチロルチョコを探して食べた。確かに美味しかった。
お菓子ソムリエの名に偽りなしだ。
僕と彼女はご当地の美味しいお菓子があると母に送るようになった。母も僕宛に荷物を送ってくれる時にお菓子を入れてくれた。
おかげで僕と彼女が住む部屋には常に美味しいお菓子が常備されている。
お菓子が親と子のコミュニケーションの一つになった。
僕と弟は母のことをお菓子ソムリエと呼んだが、常に話題になるのがお菓子であるわけではない。母は常に僕たちに話題合わせてくれていた部分があった。
それは親と子ということもあったけれど、父を含めて男三人と女は母一人の環境にもよるところがあった。
ただ、母は娘が欲しかったと言ったことはなかった。むしろ「娘だったら、どう接していいか分からなかったと思う」と言っていた。
おそらく、その言葉の裏には母の育った環境があった。母は上に兄が二人と下に弟が一人の家庭で育ち、母との関係も当時はあまり良くなかったらしい。
そんな母だから娘にどのように接すれば健全に育つのか分からなかったのだろう。
同時にだから、すでに育った大人として出会った僕の彼女の存在は新しい友達が出来たような感覚だったのだと思う。
母が姫路に来てくれた夜に近しいことを言っていた。
「やっぱり、息子たちと話す時は聞き役になっちゃうのよね。今何を考えているか。知りたいって思っちゃう。けど、◯◯(彼女)ちゃんと話すのは純粋に楽しい。話したいことを話せてると思うのよ」
他人であるから、良い関係を築けるということがある。
僕と彼女が結婚すれば義理の親子になる。けれど、それは義理で、どこまでも他人で、だからこそ彼女たちは女子トークを繰り広げて、楽しい時間が過ごせる。
入籍日まで迫ってきた今、日常的に考えることと感じることは多い。
ただ、僕と母の関係において、彼女の存在はとても大きく重要になりつつある。
今までも僕は母と良い関係を築けていたと思う。それこそ彼女いわく、僕たち親子は「友達のように仲が良い」らしい。僕も母と小説や漫画の話をする時は、ちょっとだけ友達のような感覚に慣れる時がある。
けれど、やっぱり親子である上下の関係は変わらない。僕はそれで良いと思っていた。
そんな中に彼女と母の新しい関係性ができた。僕より他人で、だからこそ親密になれる友達のような関係。それが僕の母との関係性の上に重なる。
結果、母が僕と接する時、息子ではない大人のように接してくれる瞬間ができた。
結婚するということは夫婦一年目になる。母はもう三十何年も先輩だ。
先輩と後輩。母と新しい関係性がここからはじまるとは思っていなかった。
ちなみに、今回の姫路旅行は母にとって初めての一人旅だった。
姫路から広島の家に帰り着いてから、母が僕にLINEをくれた。
「一人旅ってすごいね
……本一冊読めた
この本を見る度に今回のことを思い出すんだろうね」
車や電車で酔う母は新幹線では酔わないし、本も読めると発見したらしい。
年を重ねて気づくことはいっぱいある。
僕も今書いているこの文章を読み返す時、おそらく色んなことを思い出す。
新快速の電車が姫路に到着した。ホームから空を見ると雨は降っていなかった。
けれど、彼女に「着いたよ」とLINEをした。
車で迎えに来てくれた彼女と合流した。
「雨、さっきまで降ってたんだけどね」
サポートいただけたら、夢かな?と思うくらい嬉しいです。