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【小説】西日の中でワルツを踊れ25 死者に会えるくせに、神様を信じてる女の子。

前回

 外へ出ても紗雪の姿はなかった。
 当然と言えば当然だが、落胆しなかったと言えば嘘だった。
 空に浮かんでいた太陽は傾きつつあって、長い一日の終わりを告げつつある。
 勇次と守田は今頃どうしているのだろうか。田宮から川島疾風の事実を知って、町から離れてくれていれば良いのだが、とぼくは思う。

 それほど素直な人間なら、現状のややこしい事態に陥っていないことも分かっている。今回、西野ナツキの話に出て来た山本の息子、大介が言った。
 自然に逆らい、自力を諦めない人間。
 努力できることが才能。

 今回の一連の事件はまさに、そういう才能を諦めなかった人間が、重なって絡まり合って衝突した結果だった。
 そして、その中には川田元幸と、今ここにいる当事者としてのぼくも居る。
 才能を諦めたくなければ自然に逆らい、動き続ける他ない。

 ぼくはまず駅に向かって走り出した。
 駅で駅員に紗雪の特徴を伝えて乗っていないか尋ねたが、分からないと言われた。当然だ。
 駅員が客の顔を全て覚えておくなど不可能だ。ぼくは礼を言って、バス停の方へ走る。
 錆びたガードレール沿いを進んだ。
 その途中で、見知った顔が前から歩いてくるのが分かった。

「やぁ。ナツキくんじゃない? どーしたの?」
 久我朱美がそう言うと柔らかな笑みを浮かべた。
 彼女の手にはスーパーのビニール袋があり、その横に小さな女の子が同様のビニール袋を抱えて立っていた。
 親子でスーパーへ行った帰りなのだろう。

「こんにちは。朱美さん。紗雪さんを見ませんでしたか?」
「紗雪ちゃん? はぐれちゃったの?」
 そう言われて、僅かな躊躇があった。だが、素直に言う他なかった。
「いろいろあって、紗雪さんがぼくから逃げてるんです」
 朱美があからさまに眉をひそめた。
「嫌がっている女の子を追いかけるのはお姉さん関心しないなぁ」
「お姉さん?」
 と、朱美の横にいた女の子が首を傾げた。

「いや、遥、そこは疑問に思わなくて良いところだよ」
 ぼくは呼吸を整える為に、一度深呼吸をしてから「嫌われるにしても、ちゃんと面と向かって話がしたいんです」
「ナツキくん。紗雪ちゃんに嫌われるようなことをしたの?」
「分かりません。したつもりはありませんけど、無意識にしていたのなら仕方ありません」
「諦めるの?」
 思わず、口元が緩んだ。「諦めませんよ」
 これ以上、失ってたまるか。

「でも、難しいよねぇ」
 朱美はわざとらしい声で続ける。
「紗雪ちゃんは人とは違う、特別なルールを持って生きているからね。その孤独を誰とも共有できないことを、彼女は宿命づけられているんだから」
「だとしても、一緒にいちゃいけない理由にはなりませんよ」
「本気で口説く気なんだ?」
「勿論です」

 ぼくの答えに、朱美の目が細められた。
「でも、いつか紗雪ちゃんのルールの壁にぶつかって理解できない時がくるよ。ナツキくんは、その時どうするの? 話せば話すほど、理解から遠のいて、二人で居れば居るだけ孤独になる。そういう瞬間、君はどうするの?」
「それは紗雪に限らないことです」

 ぼくはその時、初めて彼女の名前を呼び捨てにした。
「男と女というだけで、いや、他人というだけで百パーセントの理解は得られません。それでも、ぼくには紗雪が必要だし、紗雪にはぼくを必要としてほしい」
「もし、紗雪ちゃんに憎まれたとしても?」
「何も感じられないより、ずっと良いです」

 朱美が更に何か言おうと口を開きかけたが、声は続かなかった。
 遥と呼ばれた朱美の娘が、ぼくの服の裾を引っぱっていたから――。

「お兄さん、これ」
 言って、遥は子供用のラムネのお菓子をぼくに差し出した。
「あげる。これ、食べたら、あたしの幼馴染がなんでもできる、って言うから」
「なんでも?」
「うん。空だって飛べるって」
 無意識に笑みがこぼれた。
「それは良いね。じゃあ、好きな女の子に会うのなんて、簡単だね」
「もちろん」
 と、遥は得意げに胸を張った。
 それを見た朱美が短いため息を漏らして「遥、それはあんたのお菓子でしょうに」と呆れた後、ぼくを真っ直ぐ見た。

「うちの神社、行ってみなさい」
「朱美さんと最初に会った神社?」
「そう。紗雪ちゃんは、何かあると神頼みするから」
「神頼み?」
 朱美が遥の頭をゆっくりと撫でた。
「死者に会えるくせに、神様を信じてる。そういう変な子を、あんたは好きになったんだよ」
「光栄です。今日のお礼は後日、必ず伺います」
 一瞬の躊躇の後に付け加えた。
「それと、川島疾風についても」

 朱美が遥の反応を見るように視線を動かしてから、「何か分かったの?」と言った。
「人から聞いた、信憑性のない話ですけど」
「そう」と頷いてから、朱美は薄く笑った。
「その話をする時は、ちゃんと紗雪と一緒に来なさい」

 ぼくは頷いて神社の方へ走り出した。
 後ろから遥の、がんばれーという幼い声が聞こえた。
 その声に、ぼくは思わず微笑んでしまった。

 自力を諦めなければ誰かに頑張れと言ってもらえる。
 それだけのことで、諦めなくて良かったと思えるものなのかも知れない。

つづく


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