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日記 2021年3月 くまが言う「呼びかけの言葉としては、貴方、が好きですが、ええ、漢字の貴方です、」

 3月某日

 男四人のグループLINEにて、一人が「ユニバ行ってきたでー!ニンテンドーワールド」と写真と共に送ってきた。
 その友人は最近、彼女ができていて写真の中では二人がはしゃいでいる姿があり、楽しそうだった。
 僕も含めた三者三様の反応を示した。
 その翌日に僕は「オタクのユニバへ一人で行ってきます」とシン・エヴァンゲリオン劇場版の半券の写真を送った。

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 シン・エヴァが公開されたのは3月8日。月曜日の公開にも関わらず初日の興行収入は8億円、観客動員は50万人だった。
 TVシリーズのエヴァは1995年のため、25年懸けたシリーズの決着ということで、ツイッターなどをチェックすると愛憎入り交じる感情が全国の映画館で蠢いている印象だった。

 僕は翌日の9日に見にいく予定で、ただ午前中に健康診断の再検査へ行くことになっていた。
 診察時間は11時だが、その下に「30分前に来ておいてください」という注意書きがあったので10時半に病院へ到着するよう家を出た。

 待合室は人でごった返していて、全員がマスクをしているのだけれど、ソファーや椅子にほとんど肩が当たる距離で座っている光景には、ちょっと驚いた。
 そんな待合室で、1時間待っての検査だった。
 コロナがあってから、人がいっぱいいる場所に1時間以上滞在したのは初めてだった。少し人に酔った。

 再検査と言いつつ、診察されて薬などで様子見かな、と思っていたら、体内にカメラを入れて調べますので、と言われて4月にまた病院へ行くことになる。
 あぁ、そう……。
 何かあったら、その場で一泊入院してもらいます、とも言われて、ほほぉっとなる。
「なので、入院する場合、持ってきておいて欲しいものが、」
 と説明を受ける。

 うん、これは母親に報告しない訳にはいかないヤツだ。
 採血されて、診察料を支払った帰り道に母へLINEした。返信はすぐにあって、やりとりをしたところ母様も僕と同様のカメラの検査をしていたことを知る。
 LINEには「お金とか必要だったら言ってね」ともあって、なんて言うかこういう気遣いに、僕は子供で母は親なんだなぁと実感する。

 4月の検査と結果が出る日を母に伝えてから、映画館に向かった。映画館も人はいたが、病院の待合室ほどではなかった。
 シン・エヴァの上映時刻を確認すると、都会のバスくらいの間隔であって、僕は10分後に始まる回のチケットを購入した。

 そして、そのチケットの写真を撮って倉木さとしや男友だちに送った。
 映画は2時間34分あり、ツイッターのツイートなどでトイレに立たないよう注意が促されていた。僕は朝から何も食べておらず、病院を出た後も不思議と空腹を感じていなかった。
 一応、500mlの水は鞄に忍ばせていたが、映画が終わるまで結局は一度も飲まなかった。

 映画の内容は差し置いて、流石に映画館を出た時には空腹を感じた。それも、すごくこってりしたものが食べたいと思い、駅の近くにあるマクドナルドに入った。空腹時のマクドナルドって、この世で一番美味しい食べ物なんじゃないか、と真剣に思う。
 それから部屋に帰って手を洗ってお風呂に入り、少しだけお酒を飲んで寝た。

 3月某日

 職場に行くと、いの一番に「エヴァ、どうでした?」と尋ねられた。
 答えに困っていると、「ちゃんと終わっていました?」と更にかぶせて質問された。
「終わってましたよ。傑作でした」
 と答える。嘘ではない。本当に律儀なまでにシン・エヴァは殆どの伏線を回収していったし、エヴァの影響に対する答えというか、取れる範囲の落とし前をつけていった。

 ただ、職場ではまだ誰も見ていなかったので、ネタバレなしで語るのだとすれば、「僕はシン・エヴァを見て、大人になりました」だった。
 映画内で繰り返し大人になるよう促されるシーンがあり、見た人であれば、ちょっとニヤっとする感じになれるかな、と思って忍ばせてみた。

 その日の仕事は落ち着いていた。
 最近、よく喋る後輩の女の子に「私も、エヴァ見に行こうと思うんですけど、楽しめますかね?」と言われる。
 どうやら一緒に住んでいる彼氏がエヴァを見に行きたいらしいが、後輩の女の子はエヴァを一切見ていなくて、「絶対、楽しめないよ」と言われているんだとのことだった。

「でも私、映画館の雰囲気が好きで。そこでポップコーンを食べたいんです」
 と後輩の女の子。

「映画のはじまる前に、これまでのエヴァの振り返り映像はあるから、多分流れは掴めると思うよ」
 これは本当で、短いけれど、結構的確な振り返り映像があって、それが渚カヲルの台詞で締められるのは良かった。

 個人的に渚カヲルは漫画版が好きで、BL的な要素は脇に寄せて、単純にシンジくんを面倒臭そうに扱っているのが良い。映画版の渚カヲルはシンジくんにとって都合の良い存在すぎた(その理由もシン・エヴァで明かされていた感じはあった)。

「なんて言うか、好きな人の好きなものって見たくなりませんか? 全然興味がないものでも、私は見ようって思うんですよね」
 と後輩の女の子が言っていた。

 言わんとすることは分かる。
 そのカルチャーに興味がある、というよりは、その人がなぜそのカルチャーを好きで何を楽しんでいるのか、ということに興味が出てくる瞬間ってある。

 3月某日

 三宅香帆という書評家をいつからか注目している。
 ムック本「恩田陸 白の劇場」の中で三宅香帆が「恩田陸全著作ガイド」をおこなっていて、全70冊の短いあらすじと共に軽く読みどころを紹介していた。

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 三宅香帆は1994年生まれで、僕より年下。更に副業作家で、普段は働いていて、その中で「文芸オタクの私が教えるバズる文章教室」や「妄想とツッコミでよむ万葉集」を出版し、更に「恩田陸全著作ガイド」を書いたって凄すぎません?
 その上、三宅香帆はアイドルや少女漫画に関する知識も深い。

 他人と自分を比べることに何の意味はないが、僕は本当に頑張っていないんだなと思う。
 まず、全作品を読んでいる小説家がいない。

 一人小説家の全作品を読んで「全著作ガイド」を書いて良いと言われたら、誰を読むだろう。

 村上春樹? 阿部和重? 舞城王太郎? 米澤穂信? ……以前ならこの辺の作家を挙げていた気がするけど、最近考え方が変わってきて、島本理生、村田沙耶香、彩瀬まる辺りを読みたいと思うようになっている。
 多分、今からちゃんと読んでいけば、この三名の全作品は読める気がするし、先にあげた作品も読み続けるから、多分いつか全作品を網羅できる。
 
 なら、この中の誰かの「全著作ガイド」を? と考えると、楽しいと思うし、新しい発見もある気がする。けど、ちょっと違う気もする。

 じゃあ、誰なんだろ?
 それこそ、色んな小説家の作品を読んで決めるべきなんだろうなぁ。

 3月某日

 最近、気づいたこと。
 ツイッターを眺めていて、「ヒーローになりたいと思った瞬間に、その人はヒーローになる資格を失う」というのを見つけて、金言だなと思う。
 であれば、「僕のヒーローアカデミア」はどうなるんだろう。ヒーロー学校に通っている時点で、ヒーローの資格はない。けれど、資格がなくとも目指すって言うのは、少年漫画っぽい。

 最近、気づいたこと。

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 坂木司の「肉小説集」という短編集を読んでいて、その中にある「アメリカ人の王様」に『世界は善と悪みたいに、わかりやすく分けられるものじゃない。しかし上品な方を選べば、ものごとは良い方に向かっていくはずだ』という一文があった。
 そんな上品を求めるデザイナーの主人公が、婚約者の父親と食事をするのが「アメリカ人の王様」なのだけれど、めちゃくちゃ面白い。
 坂木司は「青空の卵」しか読んだことがなかったから、他の作品も色々読んでみようと思う。

 最近、気づいたこと。
 自分は正しいと思っている時に間違うと、尋常じゃないほど凹んでしまう。僕は常に自分は間違っているかも知れない、と思って振る舞うべきなんだよなぁ、と思う。
 そんなことを考えて、似たような結論に行き着いている記事を、見た気がする。思い出してみると、ゲンロンαの「「ひとと会いたい」は暴力か――道徳律化するウイルス対策|斎藤環」だった。
 この中で、「グラハム・メドレーという疫学者が、コロナ禍におけるふるまい方」として、「つねに自分が感染していると想定して、それをひとに感染させないように行動せよ」と言っている。
 斎藤環いわく「(これは)キリスト教で言う原罪意識にとても近い発想」で「罪は犯してないけれども、犯している前提で振る舞う、というのが原罪意識」なんだそう。
 また「そもそも「三密」という言葉ももとは仏教用語」とのこと。
 最近、近くでコロナ感染している人を見かけないから、気が緩んでいる部分はあるけれど、常に「原罪意識」で生きていきたい。

 最近、気づいたこと。
 ツイッターで「研究対象を好き嫌いで語られることが多いが、そういう物言いで語れない方が多いのではないか」と言う意見を見かけて、確かにと思う。
 何でこうなっているんだろう? という疑問から研究することだって当然あるだろうし、そこにある感情は好きとは違ってくるのではないだろうか。むしろ、嫌いで何故、僕はこれほど○○が嫌いなのだろう? という疑問から調べ出すことの方が多い気がする。

 最近、気づいたこと。
 ここ数日で作った料理。
塩だれ豚レタス」豚バラとレタスをごま油で炒めたもの。
茄子と白菜のくたくた煮」茄子と白菜をごま油で炒めてから、煮るもの。
キャベツとツナのおかずナムル」ツナ缶とキャベツをごま油と鶏がらスープの入った耐熱容器でレンジで温めたもの。
 ごま油の消費量が半端ない。
 とりあえず、ごま油を使った料理であれば、お酒に合う。

 最近、気づいたこと。
 3月14日の中央競馬で、史上最高額の5億5444万6060円となった話が職場で話題になった。的中は1票で、5億円を超えたのは初めてのことだった。
 5億円を手にしたら、どうする? と同期の女の子が言い出した。
「私は彼氏には黙っていたいけど、絶対にバレる」
 と同期。
「なら、1億円が当たったって言えば良いよ」と余計な知恵を与える僕。
 後輩の女の子も混ざって、引っ越しをするとか、車を買い替えるとか、結局は貯金などなどの話が飛び交う。
 冷静に考えてみる。大金が入ったから好き放題に使って、生活を変えると、その変化に僕自身がついて行けない気がする。
 だから、十年くらいの期間でゆっくり自分が耐えられる生活環境の変化をして行くかな、と結論付ける。
 ただ、この回答は「5億円を手にしたら、どうする?」の大喜利としては、まったく面白くないことに気づく。

 3月某日

 ツイッターで、「「そのままの君でいいんだ」のメッセージは、支配の入り口だったりすることを大人になってから学びました。」とあって、確かになぁと思う。

 同時に昔、お付き合いしていた方に「そのままの君が好き」とか言っちゃっていたことを思い出して、ちょっと地獄のように凹む。
 いや、でも他人に「そのまま」以外のものを求めるって、どうなのよ? と思わないでもないけど、僕はそうやって「そのまま」でいる他人を都合よく思っていたのかも知れない。

 僕は無意識的にはめちゃくちゃ加害者というか、他人を傷つけてしまっている人間なんだろうと最近とくに思う。
 年を重ねていくことで、「これで良いんだ」みたいなものが増えていくけれど、それを疑える人間でありたいし、今までの人生しなくても生きて来られたから、しなくて良いんだって無意識でも思っているものは、変えていきたい。

 ということで、土曜日の午前中は普段しないこと、しないできたことに挑戦する時間にしようかな? と考え始める。
 第一弾で、コンタクトレンズを作りに行った。

 ずっと眼鏡で正直な話、コンタクトレンズにすると毎月一定のお金が掛かるので、避けてきた。あと、目に何かを入れるのが普通に怖い。
 なのだけれど、やらずに避けて行くのはやっぱり違うよなぁ、と思って作りに行った。すると、全然コンタクトレンズが目に入らなくて、売ってもらえなかった。

 正確には人の手では入れてもらえたけれど、自分では入れられなかった。途中から目が充血して、「また後日にしましょう」と言われて、断念。
 世の中の人って、あんなに簡単に入れているのに、僕はそんなこともできないのか……と凹む。

 自分でも思ったより、ショックだったみたいで、帰り道のスーパーで黒ビールを買って飲んだ。
 黒ビールが飲みたくなる時って、ちょっと特別な時なのだけれど、コンタクトレンズの挫折は僕の中で特別みたいだった。

 3月某日
 
一人ぼっちで寒くて、そして暗くって、誰も助けに来てくれな」い森の木に小さな電球を吊るして光を灯す。
 小さな光が届く範囲は限られているけれど、光の中にいると、ちょっと安心する。
 そんな夢の中で。

 くまが姿を見せた。
「やぁ、横いいですか?」
「良いですけど、なんでくま?」
「森にくまって自然だと思いません?」
「言われてみれば」
「と言っても、私はランプの魔人なんですけどね」
「ランプの魔人? 三回くらい願い事を叶えてくれんの?」
「“くらい”ってなに? というか君、ランプをこすったっけ?」
「こすった記憶ないっすね」
「じゃあ、無理だね」
「無理かぁ」
「無理だねぇ。ちなみに、三回のお願いするとしたら、何にするの?」
「え、言っても意味ないんっすよね?」
「ないけど、ほら、今後の参考にさ」
「この先で、ランプをこすらないとも限らないしね」と言ってみる。
「そうそう」
 適当な魔人だなぁ。

 うーん、三回のお願いかぁ。
「やっぱり、一人は寂しいので誰かと焚き木をしながら、焼きマシマロを食べたり、ホットチョコレートを飲んだりしながら、朝が来るまで喋ったりしたいかなぁ。朝が来たら、各々で森を抜けて、数年後とかに町のバーやカフェで再会して、焼きマシマロとホットチョコレートを飲みたいかな」

「鼠の小説みたいですね」
「言いたいことは分かるけど、君がくまだから、ちょっとややこしい」
「あぁ、そっか。村上春樹の鼠って登場人物が書きたいって言っていた小説みたいですね」
「っていうか、くまも村上春樹って読むっすね」
「風の歌を聴けは最近、森の中でも流行はじめましたよ」
「へぇ」
「あと、井戸を探す動物も出てきましたね。リスとかウサギとか」
「井戸には落ちたくないなぁ」
「戻って来れなくなりますからね」

「で、くまさん、手ぶらなんっすか?」
「ブランデーならありまよ」
「じゃあ、それで一杯やろうよ」
「そうですね。たまには、ゆるく楽しい時間を過ごすのも良いでしょう」

「くまさんは、ランプの魔人だし、やっぱ忙しいの?」
「貧乏暇なしですよ」
「どこも大変っすね」
「今のご時世、仕事があるだけ有難いですよ」

 そりゃあ、そうか。

サポートいただけたら、夢かな?と思うくらい嬉しいです。