短編小説 卒業式

「未卒業生は起立してください。」
式場にいる三年生が立ち上がる。
一年生と二年生は三年生が座っている席の方を向いた椅子に座っている。
そして三年生の立ち姿を座りながら見上げる。
未卒業生の誰もヘラヘラしているものはいない。
空気は張り詰め、まったく安堵の意味を持たない吐息がこの式場中をより緊張させる。
私の視点から見れば、未卒業生が塊の個体としてとして固唾をのんでいるように見える。
だがこのスイミーには一人一人感情がある。
誰もが私の可愛い教え子であり、後輩なのだ。
かれらは全員勃起している。遠目から見てもわかる。
まるでその勃起している箇所が制服ズボンを一つの顔と見立てた時に鼻の役割をになっているようだった。
ポケットを耳に見立てればそれはもう制服の色も相まってゾウさんだ。
ズボンがはち切れそうになっている生徒もいたので
私は
「きついんならベルト外してチャックおろしておいても大丈夫やからな。」
と優しい言葉をかけようとも思ったが
彼らはそのズボンのはち切れそうな状態をも楽しんでいるような表情であったのでやめた。
そうか卒業式だもんな。
ズボン破れても大丈夫だよな。

わが校の卒業式は、他の高校と同様に2日にわたって行われ、
男女別で行われる。
ただ、わが校では1日目女子、2日目男子の順で行われる。
これが他校と違うところだ。
今日は2日目の男子生徒の卒業式。
この卒業式が、私がこの高校に教師として赴任してから2回目の卒業式となる。
私は去年も今年も2日目しか参加したことはない。
式場は普段使いされた体育館で行われるのに、
卒業式になると雰囲気がガラッと変わる。
床には白く大きな絨毯が敷かれ、壁には白い布が全面的に貼られていて
神秘的な空間を形成している。
しかし、人が準備してあるものだけに、完璧でない部分もある。
私が立っている場所からは、絨毯と絨毯の間に
拭かれた後の乾いた血の跡が見えるし、体育館倉庫のドアの隙間もギリギリの角度で見えるのだが、無数の赤の絨毯と赤の布が乱雑に折り畳まれて積まれている。

壇上の校長先生の視線はどこを向いているのかわからない。
ただ何度も固唾を飲むので緊張感は伝わる。
喉仏が何度も上下するのが少し滑稽だった。

「卒業を始める。」
「アカマツコウダイ。」
「はい!!」
一人目の生徒が壇上に上がる。
アカマツは私の担任するクラスの生徒で、小太りでおとなしめの生徒であっるので、トップは荷が重そうだなと感じていたが案の定だ。
卒業の行程をこなすにはあまりに動作がぎこちない。
あいうえお順という抗いがたいルールの被害者といえる。

アカマツは校長の後ろに回り込み、手を横にして直立した状態の校長の肩を
そのぷっくらとした手でなでる。
「僕もすごい緊張してます。」と校長にだけ聞こえるように言ったのが私には聞こえた。「なんだあいつも優しいところあるじゃないか。」
私は教え子の成長に少し感動した。
アカマツは校長の手を取り、両手を演台につかせる。
そして後ろから手を回し校長のズボンのベルトを外し、ズボンを下ろす。
ここまでを儀礼的かつ厳かに行った後、
ここからもきまりなのだが、
なぜか「ごっちゃんです」と言ってパンツを下さなければならない。
「ごっちゃんです。」
アカマツがそう言ってパンツを下ろすと、校長の穴周りの毛はツルツルであった。
これも校長側から生徒への配慮であろうか。
それとも卒業式を目前にして毛が生えすぎた自分に危機感を感じ、恥じらいを軽減するためにそうしたのだろうか。
卒業式は本当に人間のことがよく見える。

そしてアカマツも自分のズボンとパンツを下ろして、
準備済みの陰茎を校長にしのばせる。
「ゆっくりでいいからな。」
校長がアカマツを気遣うようなテンションで自分のためになることを言っている。
卒業行為が始まると、今年新任で入ってきた計測係のトミナガ先生が二人に近づき、きちんと入っているか確認する。

これは、卒業法が施行された時のこの学校の校長が女性であった時の名残で、”子供が生まれる方の穴”に入れないように計測係が設けられたという。
もちろん、今の校長は男なので”子供が生まれる方の穴”はない。
無意味な伝統だけが残った。
来年からは女性の校長が卒業行為をすることが禁止になったらしいので、
校長が女性になった時は教頭が代わりに、教頭も女性の時は卒業学年の学年主任が担当することになるらしい。学年主任も女性の時は、来賓として来場していただいている男性市議会議員の方々が、一本だけ先が赤く塗られた割り箸を使ったくじ引きをして決めることになったらしい。
ネコくじとでもしておこう。
このルールを適応して、奇跡的に来賓の方々に順番が回ってきたことがある地方自治体があったらしいが、その時はネコくじで当たりを引いた議員がはっきりと「よっしゃぁ!!」と大きな声を発したらしい。
その議員は、ほどなくして除名された。
当たり前だ。若者たちの卒業式を己の痴情と結びつけたわけだから。
男子生徒の卒業式でこういった変更を行えるのは、男性がある種の”ふたなり”だからであろう。女性には凸した部分がないのでこう言った改革は女性との卒業式ではなかなか起こらなそうだ。
とにかく、男子の卒業式では計測係は廃止であろう。
トミナガ先生は真剣に、そして愚直に卒業行為を監視している。
去年まで女子大生だったトミナガ先生に、私が教育係としていろいろ教えていた。そのときトミナガ先生は私の一言一句を必死でメモを取っていた。
その時の表情のままで計測をしている。
目を真っ開いいてて、とてもじゃないが顔前に肛門があるときの表情ではなかった。
私はその姿になぜかグッときてしまった。

アカマツと校長は壇上で揺れ続ける。体育館の中は演台と床が擦れてきゅっきゅっとなってる音が鳴り響く。
外からこの体育館を通った人は音からバスケの試合をしているとでも察するのだろうか。

アカマツは卒業行為を終え、コンドームを抜いて先っぽをくくる。
予行練習をたくさんしてあるのでこのスピードがとてもこなれてて異常に早い。
この瞬間だけ、かれらは童貞じゃないみたいになる。行為中の劣情に溢れた顔もなぜか引き締まる。
くくられたコンドームは、演台の横にある「1組」と書かれた箱の中に並べられていく。
この箱は、卒業式終了後に校庭にある一番大きな桜の木の下に埋められる。
その真意は全然わからない。

「イノウエハヤタ。」
イノウエが卒業式に来てるとは意外だった。彼は明るくて人当たりも良く、女子ともよく話しているのを見たことがある。
正直、アカマツは卒業式対象者であっても違和感はなかったが、イノウエは少し意外だった。
おそらく人見知りということはないのだが、女子へのアプローチ方法がわからないのだろうか。彼のような生徒もよく見てきた。
このままだとサバサバしたまま人生を送って大事なものを取り損ねかねない。今回の卒業式は彼のためにも、有用かつ苦い経験になるだろう。

「ヨコヤマハルト。」

ぼーっとしていたら、もう最後の生徒になっていた。
演台もずれまくって、壇の端っこに追いやられている。
校長の横には空になった2Lのアクエリアスが3本置かれていた。
相当だったことが伺える。
だが、そんなことは結構どうでもよかった。
来年は新しく女性の校長先生が入ってきて、教頭はすでに女性だ。
そして私は来年も卒業学年を担当する。そして何より学年主任だ。

来年が楽しみでたまらない。

このために教師になってよかった。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?