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苦手意識の上手な克服の仕方

私には3つのコンプレックスがありました。
「肥満」「勉強」、そして「お金」です。

(参照)
3大コンプレックス(肥満)
3大コンプレックス(勉強ができない)
3大コンプレックス(お金がない)

その中で「肥満」というコンプレックスを克服したエピソードを話します。

私は産まれた時に体重が4,200gのビッグベイビーでした。今は出来るだけ小さく産むそうなので、この体重はかなりレアだと思います。(しかし私の娘も4,000gで産まれたので見事に遺伝しましたww)

また私の母は私が食べる姿が好きだったようで、子供のころから好きな食べ物を好きなだけ与えてくれました。その結果、小学校6年生の時には体重が70kg、中学3年生で100kgを超えていて学校一の肥満児になりました。

そして当然これだけ太っていれば運動はできません。
校内マラソン大会では小学校5年生、6年生、中学1年生まで学年で最下位。そして中学2年生の時には禁じ手の「仮病」を使って走ることさえしませんでした。
それくらい走ることから苦手だった自分が現在ではトレイルランニングという山を走るレースを趣味にして、これまでに30レース以上参加し、100mile(160km)のレースを6本完走、そのうち1本はフランスで行われたUTMBという世界で最も人気があるレースに参加するまでになりました。

よく「なんでこんなことやろうと思ったんですか?」「何を目指してるんですか?」と聞かれます。
何目指していると言われても「楽しいから」「ありえないくらい気持ちいいから」としか答えられないのですが、なぜ始めたのかは明確な理由があります。

トレイルランニングとの出会い

私が初めてトレイルランニングのレースに参加したのは2012年9月に長野県白馬村で開催された「白馬国際トレイルランニング」でした。白馬村はご存じのように、1998年冬季オリンピックのジャンプ競技の会場にもなったウィンタースポーツでは国内屈指のリゾート地です。そのため冬は多くの観光客が訪れ今では海外からの旅行者も訪れる人気エリアとなりました。

ところが冬は盛り上がりを見せる白馬村も夏は一気に存在感を失います。そしてそれを課題と思った地元の人たちが「夏の白馬の村おこし」を考えました。
その「村おこし」の一つがトレイルランニングの大会を開催し、多くの人に夏の白馬村を堪能してもらうことだったのです。

実はこの主催者側に私の知人がいました。
その知人から「大会を盛り上げたいから友達連れて参加してくれない?」と誘われたのです。

トレイルランニングという競技はこの時に初めて知りました。当然走ることが大の苦手の自分にとってロードレースですら嫌なのに、さらに山を走るなんて信じられない競技でした。

しかし私はこの時、走ることへの苦手意識以上に「村おこし」というキーワードに魅かれていました。

「走ることは嫌だけど、村おこしは協力したい」

と思ったのです。

走る練習と減量

参加するレースはファミリーコースという10kmのレースでした。ただ、この時まで10kmという距離をまともに走ったことはありませんでした。しかもこの時体重は105kg。さすがにこの体重で10kmの山道を走るのは無理だと思い、レースまでの3か月間減量を開始ししました。本格的な原料は初めてだったのですが結果的には3か月で10kgの減量に成功しました。

そしてレース当日を迎えました。

走り始めると、白馬村の人たちの応援とのどかな田園風景が続きました。

灼熱

そして緊張していた山道も日差しが厳しいロード区間とは違い、ひんやりしていて気持ちの良い風が吹いていました。

絶景2

そして山頂までゆっくり歩きながら登りました。

そしてそこから見た景色がこれまで見たことがない絶景が広がっていて、そこまで登った疲れが癒される気持ちがしました。

絶景

そしてゴール。

これまでに味わったことがない達成感を感じていました。

この時に私の中で

「走る=辛い|苦手|嫌い」

という関係式が崩れ

「(山を)走る=気持ちい|楽しい|景色最高」

に変わってしまいました。

これはコーチングでいえば「ブリーフシステム」の書き換えです。

ブリーフシステムとは過去の情動を伴った自分の無意識の考えで、自分が持っている「belief(信念)」です。(個人個人が強く信じて疑わない固定的な考え。その人が物事を判断するときの無意識の考えです)

もし私が走ることを直接克服しようとしたら、ここまで上手くブリーフシステムは変わらなかったと思います。

そうではなく「村おこし」という自分にとって興味があり協力したという気持ちが湧くキーワードのために走ったことで、自分の過去の苦手意識のブリーフシステムが書き換わってしまったのです。

この時から私はトレイルランニングにはまっていきました。そしてこの後自分からトレーニングを開始し、次々とレースに参加していくことになったのです。

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