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山小屋物語 11話 富士山の中心で愛を叫ぶ

再び夏が来て、私は富士山の山小屋に登ってきた。

その年の厨房は例えるなら、「もののけ姫」に出てくる、タタラ場の女たちのようだった。よく働き、よく食べ、よく笑った。

登山客がチェックインしはじめる15時を過ぎているのに厨房のおしゃべりがうるさいので、よく番頭さんが窓をからりと開け「シーッ!!!ちょっと、バカ笑いがお客さんに聞こえてます!」と注意してきた。
「ごめん、ごめんwww」と謝りつつ、涙を拭くのだった。

メンバーは、三年目のなっちゃんがリーダー。
今年から入ったもえちゃん&マイちゃんは少し年上のお姉さん。
後輩のちょっと天然でピュアな紗理奈。
あとはOGとして働きに来た S子さん、
そして私だった。

後から登ってきた人ほど社会経験があるという不思議なバランス。年長者は若者の話を聞いてやり、若い者は社会人経験者を手本にし、うまく厨房は回っていた。

🏔️🏔️🏔️

ある夜、早めに仕事が終わった。反省会を終えた後、
S子さんが「ねねね、ちょっと女の子皆で分岐まで散歩しない?コイバナしようよ」と言い出した。

分岐とは、登山道と下山道の分岐点のことで、小屋から数分歩いたところにある。小屋の灯りが届かないので、真っ暗闇=星空や下界の夜景が綺麗に見える場所だった。
わたし「えっ行く!でも外、寒くないですか?」

S子さんは明るくおもしろく、さらにゴッツイ凄みも利かせられる人だった。夜勤や、或いは煙草を外で吸うのを楽しみにしている番頭さんから、「いらんよね?ちょっと貸してくれよ😆」と、7着の防寒コートを奪い、厨房の子全員に着せてくれた。

外気は8℃くらいだった。

私たちは揃いのモコモコのコートに身を包み、便所スリッパで道を登り始めた。

誰かが言った。「コイバナったって皆話すことあるの笑?」


すると1番年下の紗理奈が、砂利を便所スリッパでいじりながら、
「好きな人だったら、いるんだけど」と突然話し始めた。

タタラ場の女たちが一斉に振り返る。「えええーーー、誰?誰?番頭?」「お姉さんに教えなさい」

紗理奈「いや、下界、っていうか地元の人。予備校の同級生だったんだけど、告白して、それきり・・・」

「付き合ってないの?」
「うん。フラれた・・・のかな、前は向こうも私のこと好きって言ってたんだけどな。告白してから、距離を感じるようになったっていうか」

もえちゃん「でも、まだ好きなの?」

紗理奈「・・・うん」

するとマイちゃんが言った。「そんなやつ、こっちから願い下げや。紗理奈は日本一可愛いのに、優柔不断なやつにはもったいない。」

S子さん「叫ぼうか」

私 (え。叫ぶの?)

漆黒の闇。登山道の山側には獅子岩と呼ばれる岩場が、巨大な獅子のシルエットとなって鎮座していた。

数百メートル下には、地平線まで続く雲海が広がっている。もののけ姫がどこかから走り出てくるんじゃないか、というくらいの圧倒的な大自然の風景だった。

紗理奈が便所スリッパで谷側のギリギリのとこまで踏み出した。

登山道から、雲海に向かって叫ぶ。

まさるくん、ごっつい、好きやわーーーー(わーーーわーーーわーーー)!

バカヤローーーーーーーーー(ローーーローーーローーーー)!

紗理奈もマイちゃんも関西人だった。

もえちゃん「ワタシも!たかしのバカヤローーーーーー!!!!」

私(たかしって誰)

マイ「かつみのバカヤローーーーーーー!!!!」

私(誰)

なっちゃん「さとしのバカヤローーーーーー!!!!」

S子「ほら、あっこちゃんも」

私「ゴッツイ好きやわーーーーーー!!!!!」

紗理奈「誰がゴッツイ好きなの?」

私「え・・・」

雲海の厚い雲に、声が吸い込まれていく。

その夜も、満点の星が瞬いていた。

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