見出し画像

山小屋物語 10話 暗くなるまで待って

反省会は、河口湖駅からそう遠くない、親父さん馴染みの宿で行われた。

宴会用の大広間に従業員30余名が整列して正座した。親父さんから促され、番頭のリーダー北さんが「一人一言反省を述べ、また課題があれば解決に向けて議論せよ」と言った。緊張して順番を待った。
Kの舘は基本的に真面目な人の集りなので、反省会もガチであった。

番頭さん「山小屋の売店に現金をたくさん置いておくと、盗られたりして危険」
リーダー北さん「よし解決策を考えよう」

番頭さん「最初は九千円しか置いてなくても、客がたくさんくるとあっという間に現金は増えてしまう」
厨房さん「九千円だと二人以上の客に同時に万札出されたときに釣りが足りなくなり不便」
番頭さん「じゃあいくら置いておけばいいのか、四万五千円くらいか?」
「多すぎる」「いや、少なすぎる」「扉に鍵をつければどうか」・・・

シャカシャカシャカシャカシャカシャカ(厨房リーダーの明奈さんが書記としてノートを取る音)

北さん「あっこちゃんはどう思う?」
私「・・・ヒッ」
私は脳内がお花畑なので、反省会とは名ばかりで、みんな山とは違う自分を見てもらうためにお洒落して酒盛りするだけかと思っていた(脳死)。

北さん「・・・まあいいよ。みんな聞いてくれ!大事なのは、いくら売店に置いておくか、ではないんだ。ツアーが売店の前を通れば、数分で十万円売り上げる事もあるしな。皆が目を光らせておいて、現金が溜まればすぐ裏へ持っていく、それだけだろ?」
北さんは22歳とは思えないリーダーシップを持っていた。番頭のボード(1日数百名のお客の流れを滞りなく捌き、バイト全体に指示を出す役割)、英語もペラペラ、今年の山を降りたその足でイランへ飛び、本物のペルシャ絨毯を現地の商人と交渉して買い叩いてきたという、逸話の持ち主だった。

彼だけでなく、よく見ればクレバーな人ばかりであった。

①ひょろっとして頼りなかった1年目番頭Aくん「山ではお世話になりました!自分は最初、ここでただ呼吸してればお金がもらえると思っていました。でも、慣れてきた頃大きなミスをして、迷惑をかけ、一人一人の責任の大きさを痛感しました!北さん始め皆さんの働きぶりを見ていて、仕事は与えられるものではなく、自分から探すものだと気付きました。感謝しています。」

親父さん「良かったな(ニコッ)。給料は何に使うんだ!(たまに聞いてくる親父さん)」

Aくん「はい!両親を温泉旅行に連れてきいきたいと思います!」
私 ヒッ!!!(遊ぶ金欲しさとか口が裂けても言えない)

②女好きの1年目番頭Bくん「今年はお世話になりました!慣れてくると、得意な業務ばかり選り好みしている事に気付きました。せっかくの貴重な体験なのだから、例えばトイレ掃除一つ、寝かし一つ取っても得意なヤツから学ぶべきだと考え、実践しました。」

親父さん「その通りだな(ニカッ)!将来は何になるんだ?(そゆことも聞いてくれる親父さん)」

Bくん「ハイッ!アメリカで都市計画におけるスポーツの役割について考え、携わっていきたいです!」
私 ???(何を言ってるのか理解できない)

③いつも陽気にふざけていた厨房りえ「初めてのバイトがここで、先輩や同期に恵まれ、たくさん学ばせて頂きました。厨房は裏方なので接客がなく、人と触れあうことが大好きな私にとっては、物足りないと思うこともあったけれど、食事や掃除がスタッフの元気や健康、お客様の居心地にダイレクトに繋がっていくんだな、とやりがいを見出だせました。」

親父さん「そうか、ありがとうな!(ニカッ)給料は何に使った?」

りえ「留学の資金にします!」
私 ヒェッ(留学なんて考えたこともねぇ。わしバイト4つ目なのに使えない奴だった、りえはめちゃ仕事できてたし、すげぇ。)

こんなんが30人ほど続くのである。リクルートの面接の様相である。

私はというと、しどろもどろで、なにを言ったかも覚えていない。人前で順序だてて話すのは難しい。しかも良いこと言わなきゃみたいなプレッシャーに押し潰されがち。苦手、苦手、苦手である。

⭐⭐⭐

反省会は三時間ほどでお開きとなり、
日が暮れて、外では秋の虫が鳴き始めた。
風呂から上がってみれば、皆はバーベキューしながら宴会タイムに突入していた。

1ヵ所に男子が十名ほど集まりゴソゴソしている。年上なのにやんちゃな番頭の防さんが、ニヤニヤしながら、

「番頭に統計取りました!!!それでは、発表します!!!かわいい厨房の女の子ランキングゥーーーー」

と美人ブスコンテストを開催し始めた。

死ねばいいのに・・・さっきまでの硬派なおまえらはどこいった・・・と思いながら肉を焼く。ちらっと見ると、山小屋バイトで成長したはずのAくんも、女たらしのBくんも、そのテーブルでくんずほぐれつしていた。

「第3位!!!!マイちゃぁーーーーーん!!!」
女の子たちは聞こえてない振りを決め込む。
それでも聞こえてくる男共の声。「ホントにバッカじゃないの」などと言いつつ、もえちゃんは2位にランクインしていた。私の名前は呼ばれなかった。なにこの罰ゲーム感。クソヤローども黙れ

その夜は、冷え込みが厳しかった。
皆、宴会場にへべれけで重なりあって雑魚寝していた。
四人泊まれるはずの私の部屋には誰も寝ておらず、私は布団を敷いてゆったり眠った。

次の日、広間では、ぴっかぴかの旅館の朝御飯が出てきた。焼鮭、味噌汁、ごはん、漬物、のり、玉子・・・。
バイト達は軒並み二日酔いで、魂が抜けかけていたが、しっかり寝た私は美味しくがっつり頂いたのだった。

🍳🍳🍳

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?