見出し画像

過去の自分に話しかけられるとしたら?

毎週金曜日20時にテレビ朝日系列で放送している「マツコ&有吉 かりそめ天国」は毎週欠かさず見ている。
リアルタイムも視聴する日もあれば、後日にTVerで見逃し配信で視聴することもある。
まぁ、とにかくほぼ毎週見ているのだ。

一時期番組内でも取り上げられていた菓子パン「スペースアポロ」も、よく通っているスーパーのパン売り場で見かければほぼ100%買ってしまう。

このスペースアポロは特別美味しくもなければ癖になるような変わり味でもないが、「そういえば子供の頃によく食べてた菓子パンも特別に美味しいってわけじゃなかったよな~」という思い出と、パッケージイラストのレトロ感が絶妙にマッチしている。

ナンカイイ


そもそも番組を見始めたきっかけは10年くらい前にゲーム配信をよくしていた時期に自分にはトークスキルが足りてないという自覚があったので、テレビ欄とラジオ欄の一覧を片っ端から見て、自分の波長と合いそうな番組を録画しては見て消す。という事を繰り返していた。

その中の一つがこの「かりそめ天国」の前番組である「怒り新党」だった。


もちろんそんな手法でトークスキルが身に付けば誰も苦労はしないわけで、特にトークスキルが身についたという気は全くない。
だが、この時期を経たおかげで自分は多人数よりも少人数で話を深堀するようなコミュニケーションが好きというのがわかり、テレビ番組よりラジオ番組のほうが自分に合うことが判明したのは大きな収穫だ。


今となっては毎朝の出勤での移動中や、散歩はラジオなしでは考えられない。
私は三半規管が弱い+人混みが苦手なので、満員電車などの長時間の乗り物での移動をすると乗り物酔いをしてしまうのが悩みだったのだが、目を閉じてラジオを聞いていれば乗り物酔いをしなくなるのだ。


視覚を閉じて聴覚も独占させれば、そりゃ三半規管は安定するだろうという見方もできるが私にとってラジオは ”医学的効果が認められている!" というには大げさすぎるが無いと困っちゃうのは間違いない。

感覚としては喘息持ちの少年がパニックに陥ったときにポケットから呼吸器を取り出して「シュッ」とやると落ち着くやつだ。

映画「グーニーズ」でマイキーがやってたあのアレだ。

シュッ


ちなみにこの映画「グーニーズ」に出てくるマイキーの友達である『データ
』は小さい頃の私にそっくりだったので水曜ロードショーで地上波放映された次の日には必ず私のことを『データ』と呼ぶ人が何人かでてくる。
そのうちの二人は父親と兄だ。

つまり私一人でグーニーズの二役のをこなしている状態だ。
リメイクの際は是非お声がけ頂きたい。

私もこういうチャリ乗ってたわ



ラジオが好き!という人は「学生時代から好きで夜中こっそり聞いてました」というイメージがあるので、それに比べると私のラジオデビューは20代からなのでかなり遅咲きな気もする。

元々、なにかとこじらせがちな性格なので、感受性の高い若い頃にラジオと出会っていたら人生がだいぶヤバい方向に転がっていたであろう予想は容易いので、この件は運命の心づかいとして受け止めている。


話は大きく逸れてしまったが本題に戻ろう。

私のテレビ離れが進むなか数少ない毎週楽しみにしている「かりそめ天国」で、先週あったトークテーマに『過去の自分に話しかけられるとしたら?』というのがあった。

そのテーマを夕飯を食べながら、自分だったらなにかな?と、考えていた。
考えていたといっても5分足らずで答えが出た。『広島』だ。



私は短期間ではあるが広島に一人暮らしをしていた時期がある。

広島に住んでいた女性と遠距離で付き合っていたため、私は就職した埼玉の会社で100万円程度の貯金を作り、仕事やめてその女性の住む広島にアパートを借りて一人暮らしをしていた。


大して調べずに借りたアパートはわからないことだらけだった。

お風呂とトイレが一体型であるユニットバスはシャワーを浴びればトイレットペーパーがびしょ濡れになる。

不思議なことに浴槽に備え付けのカーテンを閉じても閉じなくても同じくらいトイレがびしょ濡れになる。

そして、濡れたトイレに座ると漏らしてもないのに履いているズボンが濡れてしまうのだ。

最終的に「(漏らしてもないのに)トイレでズボンを濡らす」という避けようのない敗北感を受けるのだ。

「ズボンを濡らす」とはいえ、シャワーの水で濡れているだけなので、普通に考えればなんてことはないのだが、「トイレ」という空間で濡れてしまうことがどうしても不浄を感じて嫌だった。



シャワーの水は身体の汚れを落とす、いわば清き聖水。
しかし、その聖水ですらトイレを仲介した途端に不浄の水へと変わってしまうのだ。

これはもう水の闇落ちだ。しかも即落ち。

そんな光と闇が移ろいやすい「水」という森羅万象の存在に人間という小さな生き物が唯一できる対抗策は「濡れてもいいように裸でトイレに入る」だ。

この作戦に合わせてトイレットペーパーもトイレの横にセットしない。

紙が濡れないように部屋に置いておき、用を足したくなったら全裸になりトイレットペーパーを持ち込んで濡れたトイレに挑むのだ。

その全裸にトイレットペーパーだけを持ち込む姿は、不思議なダンジョンに武器と盾を持たずに大きなパンを一つだけ持って挑むトルネコの大冒険と同じである。


こうしてトイレのために全裸になる生活が続くと次第に、用を足す度に服を脱ぐ。というのがめんどくさくなり、気がつけばパンツ一丁での生活が主流になる。

パンツ一丁で生活すると洗濯物が減ったり、部屋で使う普通のティッシュもトイレットペーパーで代用できることに気づく。

こうしてトイレびしょ濡れ問題はパンツ一丁+トイレットペーパー持ち歩き生活になることで解決したがここで新たな問題に気づく。

私が住んでから一週間程度経ったが、隣の一軒家に住んでいる犬が昼の間ずっと吠えてるのだ。

部屋の窓を開けて覗いてみるとその犬を飼っている家の庭が見える。

そこには大きめの茶色い犬が庭でウロウロしている。
どうやら吠えていたのはコイツらしい。

私が見ていることに犬も気づいたようで鳴くのをやめ、犬が庭をウロウロするスピードが増していく。
犬はパンツ一丁の男に睨まれて圧を感じたのだろうか?
よくわからないがとりあえず鳴き止んだので窓を閉じる。

しばらくするとまた犬が鳴き始めるが、窓を開けて犬を一睨みすればハイスピードウロウロが始まって静かになるので犬問題はこれで解決とする。


犬が静かになったら新たな問題が出てきた。

めっちゃ暇だ。

荷物は広島に住んでみて、後から必要な物を実家から送ってもらおうと思っていたのでこの家にはインターネットはもちろん、テレビすらなく娯楽の類が一切ないのだ。

どうやら犬はそんなことを察して吠えることによって私の暇を潰しててくれていたらしい。

まずはテレビだ。散々テレビよりラジオ!とか言っていたがやはりテレビという大きな柱は欲しい。

そういえば大家さんが家を借りる時に「この大きな道路を真っ直ぐ行くとリサイクルショップがあるよ」と教えてくれたのを思い出し、服を着てリサイクルショップに向かう。

道路に出てリサイクルショップ向かう。

向かう。

向かう。

ひたすら進むが一向にリサイクルショップはない。

そう、車中心社会の地方民が言う「この道を真っ直ぐ進むと~」は関東人の考える距離のおよそ10倍はあるのだ。

そして1時間かけて歩き、やっとついたリサイクルショップで中古のブラウン管テレビを購入。
追加料金で家まで後日配送してくれるらしいが、暇すぎてテレビはどうしても今日から見たかったので担いで帰ることにした。

が、このテレビが本気と書いて ”マジ” で重たい。


リサイクルショップで試しに持ってみた時は正直、運べなくはない重さだったのだが実際に担いで道路を15分くらい歩いたところで腕に限界がきてテレビを地面に下す。とりあえず休憩だ。

冷静に考えれば古代にピラミッド作りをしている人ですら四角い岩石を丸太を敷いて運んだりと、もう少しマシな運び方をしている。


こんな風にテレビを地面に置いて立ち往生していたら、偶然にも通りがかった白い軽トラが止まり「お兄ちゃんどうしたけ?テレビなら荷台のせて家まで運んでやけぇの、じゃけウチの畑仕事手伝う?」的なハートフルストーリーの始まりを期待していたが、現実は無情にも車の群れは歩行者などに目もくれずスピード違反でもしてるんじゃないかという速さで駆け抜けていく。

こうして、行き1時間の道をテレビを担ぎ2時間かけてアパートまで帰る。
エレベーターなどもちろんないアパートで4階までテレビ担いで登る。
SASUKEの古館氏の言葉を借りるなら「まさに二の腕の乳酸地獄~!」である。

地獄の階段を登りきり、ついに家へ帰宅。
めちゃくちゃ疲れていたが重度の運動によりハイになっていた体が勝手に動いて休む間もなくテレビとアンテナを繋ぐ。

アンテナを繋ぎ終え電源を入れる。

ついた!

うおーーー! 

犬が鳴くだけしか娯楽がなかった我が家に文明がきたあぁ~~!



チャンネル数は埼玉よりも少なく、ラクダの引っ越し~♪というCMばかりやっている、タモリ倶楽部も何週分か遅れて放送しているがそんなことは全然気にならないくらいに感動した。
 
テレビはすごい。 犬の鳴き声ではなく人の声が聴けるのだ。


しばらくしてテレビの感動にも一息つき、ふと携帯電話をみるとメールが来ていた。当時付き合っていた広島の女性からだ。
どうやら明日、我が家に『母親と一緒に挨拶に行きます』とのことだった。




そして後日、約束通り昼間にその子とその母親が家に来た。

三人でお昼ごはん食べながら一通り世間話する。
まぁよくある他愛ない会話だった。

しばらくして話すこともなくなり沈黙が訪れる。
すると小さな声でヨヨヨ…と音がする。 

音の元を探ってみると、なんとその子の母親がよよよ…と音を立てて泣いているのではないか!?

「どうしたんですか!?」と聞いても首を横に振り、なにも答えない母親。
なにを聞いても答えてもらえず、「童謡:迷子の迷子の子猫ちゃん」に出てくる犬のおまわりさんのように困り果てた私。
何かを悟ったかのように気配を消すその母親の娘。

「二の腕の乳酸地獄」の翌日は、まさかの「母親のヨヨヨ地獄」だ。

ひとしきりの「よよよ」が終わり、なにもわからずまま二人は帰っていた。


その日の夜、その娘から電話がくる。

どうやら今日、母親が訪ねてきた理由は「娘と付き合ってほしくない。埼玉に帰ってほしい」とのことだったが言えなくて泣いちゃった。とのことらしい。ついでにそういう理由なのでしばらく私とも会えないって内容だった。

この世には二種類の人間が存在する。
彼女の母親に泣かれたことのある者と、そうでない者だ。
どうやら私は前者のようだ。 

「まぁ親に泣かれるのは自分に足りない部分があったと思って受け止めるけど、テメーが毎月のように会いたい会いたいって電話で泣いてくるから仕事辞めてわざわざ広島まで来てんじゃねぇか、俺が行く前に親に話を通しておけやこのタコボケェ~~~!!」と言いたい気持ちをグッとこらえて、タコボケとだけ伝えた。



それから3日目後、彼女の母親から手紙が届く。

果たし状のような白い封筒を開けると5枚くらいの紙に以下のようなことが書いてあった。

「娘と付き合ってほしくない。埼玉に帰ってほしい。お寺の坊さんにも相談した。坊さんも帰れって言ってる。」

この世には二種類の人間が存在する。
お寺の坊さんに相談されて間接的に帰れと言われたことのある者と、そうでない者だ。 

いや、前半の二つはすでに娘から聞いたし、なに勝手に坊さんによる追加攻撃してんのよ!


こうして物理的にも精神的にも距離を縮めようと引っ越した広島では手痛いしっぺ返しをくらい、付き合っていた女性とも疎遠になり私は3か月後には埼玉へと帰るのであった。

大家に退去を告げると第一声がまさかの「あぁ~、やっぱりね」と言われる。

なにが、「やっぱりね」だったのだろうか。 
アレが人生で一番むかつく「やっぱりね」だ。どこにひっかかていたのか答えを教えてほしい。

ちなみにタコボケとは埼玉に帰って2か月後くらいに別れました。



こういった人生での苦労というか失敗は若いうちに経験しておけば、後の人生において役に立つよ。という意見もあるが、今回の日記でも書きながら思い出してしっかりと怒りに代わっているのでまだまだ浄化しきれていないのであろう。

だいぶ遠回りになってしまったが『過去の自分に話しかけられるとしたら?』というトークテーマ

私だったら『絶対に広島に行くな』である。

あと『テレビは配送しろ』


こう言える人は幸せもんだね



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?