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春の雨と、私の一日。

今日の福岡は、しとしとと雨が降っていた。

今週は月曜日から、雨。火曜日も雨。
私は雨の中、自転車を漕いで仕事に行き、自転車を漕いで家へと帰る。

三月も中旬になるとなんだか世間は忙しなくなる。
卒業や入学、異動や就職。ざわざわとした空気感に、少しだけ落ち着かない気持ちにもなった。木の芽時だしな、なんて頭の端の方で季節を感じる日々だ。

「週末はあったかいらしいね。でも、来週はまた寒くなるらしいよ」
「三寒四温ですね〜。そういえば春一番って吹きましたっけ?」
「先月吹いたやん!」
「……春ですね〜」

なんて話を上司と朗らかにしてはいたものの、年度末に向けて忙しくなる職場では、忙しさに比例するようにクレームが増えていた。それもまた季節感を感じるよね〜、なんて話をしてみたりする。
クレームですら時候の挨拶になってしまいそうなほど、いろんなことに慣れてきてしまったなあ、なんて、妙なところで時の流れを感じてしまった。

昼休みには雨が上がっていた。
銀行に行かなきゃと、鞄を肩から下げて職場を出る。ブーツとはしばしのお別れかなと、昨日まで履いていたショートブーツを靴棚にしまい、その代わりにと履いてきた7cmのピンヒールのパンプスでかつかつ音を鳴らしながら、道路を歩いた。

背筋が伸びて、視線が高くなる。
身長162.7cmの私が170cm近くになると、視野が広がって、歩くのが楽しい。

と、その時突然、私は前につんのめった。

コケる、と思ったがなんとか私はその場を耐えた。私はゆっくりと後ろを振り返る。そこには黒のパンプスが一足、溝にハマっていた。
ち、と軽く舌打ちをし、私は溝にハマり右足から脱げた靴を拾って履き直す。

私はシンデレラでもなければ、ドラマの主人公でもないことを改めて自覚する。せっかく靴が片方脱げるという絶好の機会に恵まれたにもかかわらず、残念ながら、王子様にもイケメン俳優にも靴を拾ってもらうことはできなかった。私には、人生逆転劇もドラマチックな出来事も起きないのだ。

むしろ誰かに見られなかっただろうかと、私の目はキョロキョロとあたりを見渡した。その姿はさながら、王子とイケメン俳優を探す肉食系ハンターではなく、私の恥ずかしいシーンを見たものは全て排除すると獲物を狙うハンターである。

誰も私のことを気に留めているわけもないと開き直り、靴を履いて一歩踏み出すとカツンと金属音がした。私は踵を見る。ヒールの踵のゴムが取れているではないか。金具が剥き出しになっている。どうもカカトを溝に置いてきたようだ。きっとこのゴムを辿っていけば、迷うことなく職場に戻れるのね、とヘンゼルとグレーテル気分で私はゴムをそのまま置き去りにしておくことにした。さらば、私の踵のゴム。また会う日まで。

滑りやすくなったパンプスで慎重に歩き、要件を済ませ職場に戻った。

午後は特にトラブルもなく仕事を終え、家路を急ぐ。職場を出ると昼間には上がっていたはずの雨がまた降り出していた。私はコートのフードを目深に被り、自転車に跨った。それなりに降っていた雨も、家が近くなるにつれて次第に雨足が弱くなる。チャンスだ。買い物をして帰ろう。私は方向転換をしてスーパーへと向かった。

ビールにコロッケ、息子に頼まれたチョコレート、そして武藤ヨーグルト、え? あ、無糖ヨーグルトなどなどをカゴに入れ、レジへと向かう。

スーパーを出ると弱くなっていたはずの雨足がまた強くなっていた。
家まではあと五分。
私は再びフードを目深に被り、家路を急ぐ。

もうすぐ家だなと心が軽くなった私は、気づけば鼻歌を歌っていた

家に帰り食事の用意をし、食卓につく。
ご飯を食べていると小学四年生の次男が矢継ぎ早に質問を繰り返してきた。インタビューアー次男爆誕。

「お母さんの小さい頃の夢って歌手やったっけ? なんで歌手になりたかったと?」
「歌を歌うのが好きやったけんかな」

「お母さんバイトしよった?」
「しよったよ〜」

「お母さん陸上部やったよね。なんで陸上部にしたと?」
「土日休みの部活が陸上部しかなかったけんかな〜」
「帰宅部でいいやん!」

というツッコミどころを残した回答をしつつ、永遠に終わらない質問に多少の煩わしさを感じながらも、楽しい夕食の時間は過ぎていった。



この記事の総括|私は今日も元気です。

多分明日も元気でしょう。




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