息子は平気で嘘をつく
冷蔵庫に入っていた三ツ矢サイダーが、少しばかり減っていた。
それは週末用に買っておいた、冷蔵庫のチルド室に隠しておいた三ツ矢サイダーだった。
なぜ隠しておくかと言えば、息子たちに毎日ジュースを飲ませるわけにはいかないと、私が考えているからだ。
そのため私は、曜日を決めて、息子たちにジュースを提供している。
息子たちはそれを理解している。
なので、ジュースを飲みたい時は、必ず私に確認をする。
「飲んでいい?」と。
私が「飲んでいい」と言えば、彼らはジュースを飲む。
そしてもちろん私が「それは週末の分だから」と言えば、彼らはジュースを飲むことを諦めるしかない。
しかし、冷蔵庫の三ツ矢サイダーは私に許可を得ることなく、いつの間にか減っていた。
それも微妙な量。ほんの少し。コップの半量ほど。
冷蔵庫の中でジュースが蒸発したのかもしれない、と思わせるほどの絶妙な量だった。
次男がその三ツ矢サイダーの存在を知り「飲んでいい?」と聞いてきたので、私は「どーぞ」と答えた。
次男はコップに三ツ矢サイダーを注ぐ。
コップ半量と一杯分の三ツ矢サイダーが1.5リットルのペットボトルから減った。
その後、長男が冷蔵庫を開けて声を上げた。
「お、三ツ矢サイダーがあるやん! 飲んでいい?」
私は思う。
お前、飲んだやろ。三ツ矢サイダーがあること、知っとったやろ、と。
長男は、平気で嘘をつく。
ほとんどがささやかな嘘だ。
冷蔵庫で冷やしておいた酒の割り材用の炭酸水をこっそり飲んだり、夫が楽しみにとっていたお菓子を食べたり。
明らかに食べた犯人は長男だとわかってしまうのに、食べてないと嘘をつく。
証拠を隠滅したりもしないのに、どういう思考回路なのかが私にはわからないが、平気で嘘をつくのだ。
「嘘つかんと」
「嘘ついてないって」
そう返す長男の顔は、真剣な表情から次第にニヤけたものになる。自分で嘘をついてますよ、と表情でバラしてくる。
今回もそうだった。
三ツ矢サイダーの存在を初めて知ったとばかりに、仰々しいリアクションをする長男。
そして自分は飲んでないことをアピールしつつ、「飲んでいい?」と私に聞いてきた。
「あんた勝手に三ツ矢サイダー飲んだやろ。バレとるよ」
私のその声を耳にして、長男は首に巻いていたバスタオルをムスリムのように顔に巻き付けた。
バスタオルの向こう側で、クックックと笑っている様子がうかがえる。
「飲んでもいいけど、しょーもない嘘つかんとって。バレるんやし」
私が注意をすると、長男はくすくす笑いながら「嘘ついてないって」と答えた。
風呂上がりでパンイチだった長男のヘソの穴に人差し指を突き刺し、私は嘘をつくなと注意をした。
嘘をついてないのに謝るのは不本意だと言わんばかりの表情を浮かべ、長男は「はいはい」と言った。
そして、三ツ矢サイダーを飲む。
三ツ矢サイダーをうまそうに飲む嘘つき長男に、私は声をかける。
「ほら、嘘つき、肩を揉め」
長男は素直に肩を揉んだ。
謝罪の気持ちがあるのだろうか。
謝罪の気持ちがこもったマッサージは、格段に気持ちがよかった。
そもそも、彼はマッサージが非常にうまい。
絶妙な力加減で、肩の上部から肩甲骨の横あたりまでを順に揉んでいく。
彼は平気で嘘をつくこととマッサージにかけては、天下を取れるのではないか。私はそんなことを考えながら、よだれを垂らす。
「おかーさん、音量でかいって」
彼のマッサージを受けながら、私はaudibleで読書をしていた。
「いいやろ、こんぐらい」
私は読書とマッサージを満喫する。
「なんなん、漫才師の話なん?」
少しだけ息子の興味が、本の内容に向いたようだった。
「主人公がめちゃくちゃ好きなんよ。漫才師の話ではないけど」
読んでいたのは宮島未奈著「成瀬は天下を取りにいく」である。
面白いと言う噂を聞き、数日前から聴いていた。
基本は文庫になったものしか読まない私ではあるが、audibleだと文庫になる前のものも聞けるので、できる限り新しく、面白いと言う噂のものを読んでいる。
私は成瀬あかりが好きだ。
私は120歳まで生きるという目標を掲げているが、まさか200歳まで生きるという目標を抱えている人間に、物語の中とは言え、出会えるとは思わなかった。
私は彼女の突飛な発想と、自由な行動力に惹かれた。
そして同日、私は「成瀬は天下を取りに行く」が本屋大賞を受賞したことを知った。おめでたい。
息子は平気で嘘を口にするけれど、どうせなら成瀬あかりのように大きなことを口にして欲しいと、私は願うばかりである。
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