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第7章 03 ご近所を素敵に変えよう


THE MARKETのおいしい革命

 サルトがミッションに掲げる「おいしい革命」はアリス・ウォータースさんの著書の1つ(英語では「Deliscious Revolution」)から拝借した最近お気に入りの言葉です。

 私たちやお客さまが、THE MARKETを通じて仲間である生産者とつながり、その先の大地や地域を守ることに貢献することは、都市に住む私たちが起こせる社会変革であるとの想いから「おいしい革命」としています。

 真田純子さんの「風景をつくるごはん」や、陣内秀信さんがいう「テリトーリオ戦略」に近い、都市と農村の新しい結びつきの構築です。

 THE MARKETは2017年から実験をスタートし段階的にオープンした私たちが経営するお店です。炭火焼きのレストラン「ikedayaBBQstyle」、カフェ&サワードウ専門店「THE MARKET Bakery」、野菜と食料品店「THE MARKET grocery」、レンタル&シェアスペース「BLENDS」からなる集合体です。それぞれの店舗は歩いて10秒圏内。ご近所を素敵にするべく日々お客様を笑顔で迎え営業しています。

オープン当時のTHE MARKET店内

 さてそれでは、まずTHE MARKETを始めた3つの理由をお話したいと思います。

 1つ目は、身銭を切る事の大切さです。私たちが10年前から取り組んでいるバイローカルのキャッチフレーズは「よき商いを守り育てる」です。防災活動と同じように、自分たちのまちを自分たちで守るムーブメント。

 でも、実際の商売はそう簡単なものではありません。天王寺があれだけ開発されて店舗が急激に増え、多くの人の消費者行動が変化し、自分の住んでいるまちの商店よりも天王寺のチェーン店を利用する方が便利だと感じる人が大半であるのは現在も事実です。

 そんな中で私たちが高尚なキャッチフレーズを掲げて取り組んだとしても、商売はそう簡単にはいきません。もちろん私たちは、自分たちのまちがよくなるよう真剣に真摯に取り組んでいますが、高尚な言葉を声高に言い続けることだけでは、なんとなく自分がむず痒くなってしまう。

 やっぱり自分も身銭を切って、よき商いをする商売人と同じ立場にたって行動したい。そうじゃないと、まちの商売人の本当の気持ちは理解できないだろうと考えて始めたのがTHE MARKETです。

 2018年5月にオープンして以来、これまで以上にまちの商売人たちとの関係性が深まっていると実感し、自分たちも同じ立場になることの大切さを痛感します。

 2つ目は、地域再生の本丸に切り込みたいというものです。地域再生の本丸は、内発的発展のための新陳代謝がいかに稼働し続けるかという問題と、地域外からお金を稼ぐ、つまりいかに外貨を稼げるかという問題だと思います。

 外貨を稼いで、地域内でお金を回し、いわゆる経済学でいう乗数効果を生み出し続ける必要があるわけです。

 サルトではこの20年間地域の中でお金が回るように、地域でお金を落とすところを作るため、いわゆる中心エリアの再生に取り組んできたと思います。しかし長年取り組んできた結果実感したのは、いくら中心エリアを再生しても、その周辺エリアの衰退の速度が早いために、全体として地域が元気になりにくいという状況です。

 定期マーケットというプラットフォームを維持するにも、まちのコンテンツを丁寧に伝えるにも、遊休不動産を活用して新たなコンテンツ(住まいやお店等)を創造するにも、何をする上でも必須となる、地域内でのパイを広げること、つまり地域の中で新たなお客さんを獲得すること自体が、周辺エリアの衰退速度が早いために困難になってきたわけです。

 日本の多くの零細都市は、たぶん同じ社会経済状況で、都市の大小はあれど、早かれ遅かれ、この急激な人口縮退局面においては衰退の速度が加速していくのは目に見えています。

 何もしなければ、農業等の産地である周辺エリアにおける生産者や加工業者の経営状況が悪化しつづけることになるわけです。中心エリアを良くしても、お客さんが急激に減っていく現象が起こっているのです。

 だから生産者や加工業者の経済状況が好転しないまでも維持されない限り、中心エリアにお金を落とせる層がどんどん減っていく。すでに減っているから、中心エリアをどうのこうのするのは大切なんだけど、根本的な解決にならないと気づいてしまったわけです。

 産地の経済状況を好転させるためには、外貨を稼ぐことが必要です。そのためには産地の産物が近隣都市へ、都市のお金が産地へ。この流れをつくるための新しい流通を作り出したい。

 その一助に「THE MARKET」はなりたいと考えています。観光産業も外貨を稼ぐ1つの方法ですが、これまでも書いてきた通り、地域のひとが愛してやまないものが守り育てられない無い限り観光産業は一過性になりやすい。

 であれば、新たな流通を作り出して、自分たちの仲間である生産者を通じて地域が外貨を稼ぐという仕組みをTHE MARKETで作り上げることで、持続的に地域再生に貢献していけるんじゃないかと考えています。

 3つ目は、この章のタイトル「ご近所を素敵に変えよう」です。

 この章の冒頭にも書きましたが「ご近所」の実態は、字面から醸し出される雰囲気よりもかなりネガティブです。私たちのまちでバイローカルを始めるきっかけとなったのは、自分たちのまちからだんだんお店が減り、空き家空き店舗が増え、寂しくなっていったからです。 

 私たちが「ご近所」という時、それは英語だとネイバーフッズ(複数形)規模のエリアとして捉えています。それはクラレンス・ペリーが提唱した「近隣住区(Neighborhood unit)」が小学校区単位程度だとすると、複数の小学校区単位(Neighborhoods)程の空間的な広がりを意味しています。

 そしてその実際のご近所はあまり素敵ではない。自分が行きたいお店も無いし、働く場所も無いし、遊びに行くなら天王寺か難波、梅田へ。

 でも自分が本当に暮らしたいまちがそんな姿でいいんだろうか。自分の住んでいるまちにあまり期待はしてなくて、他のまちの方がいいなと感じながら暮らすことで満足できるんだろうか。

 いやそうではなく、ご近所で過ごす時間が一番楽しくて、人生を豊かにしてくれて、人に自慢したくなるようになる方が断然いい。

 第4章の「21世紀の都市のあり方」で書いたように、「ストリートが活き活きとして、温度感があり、かつそれが日常」なご近所をつくりたい。これは、インターネット上やAI等を含むハイテクノロジーの世界では実現できない、ジョン・ネイツビッツが『メガトレンド』や『ハイテクハイッタチ』で書いたハイタッチ部分の豊かさの追求です。

 暮らしを便利にしていくために、もちろん商業施設も、UberもAmazonも使うんだけど、ご近所での日々の顔見知り率と道で出会う仲間率の高さを上げる努力。

 顔は知っているけれど、何をしている人かは知らない。けど安心で安全、心が安らいでいられるご近所が都市の幸福度のベースなのではないかと思うわけです。これは『GOOD LIFE』を書いたロバート・ウォールディンガーも指摘しているところです。

 そのことがもたらす日常における安寧と心の安堵感、そして寛容性が育まれることによって、多様な商いと生き方がご近所に存在することによるクリエイティブ感は、万丈さんの『官能都市』や『寛容と幸福の地方論』から導き出されたように、人の幸福度を上げると思います。

 THE MARKETは、このハイタッチな部分をいかに創造していくかにチャレンジすることで、ご近所を素敵に変え、まちの価値、地域の幸福度を上げていきたいと考えています。


ご近所の変化、現在進行形のTHE MARKET

 THE MARKETオープンにあたっては、大きな投資をする前に実験を繰り返しました。

軒先空間がTHE MARKETの魅力

 現在のTHE MARKET建物を賃貸借契約する前に、1日借りを行って、定期マーケットをする中で出会った仲間たちに出店してもらい会場をそれなりに設えてイベントを実施。

 今ではTHE MARKETの仕入先であるグローブマウンテンコーヒー外山さん(現:イエローコーヒーロースターズ)、番茶屋茶坊塚尾さん、パティスリーサキモト崎本さん、そしてikedayaBBQstyle新城さんを中心に、近所のめちゃめちゃカッコいいお店Djangoのジャックさんにも手伝ってもらいながら、一番お客さんが来にくいだろう平日の昼を中心に月2日間程度、約1年間開催しました。

投資する前に実験
ディスプレイが抜群に上手・番茶屋茶房

 商売はやはり足元3割と言われています。現在では7割以上じゃないかと感じていたので、どのようなお客さまがご近所からお店に訪れてくれるのか、どんな過ごし方を望んでいるか、時間帯はどうか等を体感するためです。

 1年間の実験を通じて得た情報やその経験に基づいて近畿大学建築学部宮部ゼミと共に設計を進めました。ゼミ生から出てきた多様なアイディアを統合して実施設計をするのは、サルトが関わる仕事において多くの設計を手掛けているマグネットの坪田直さんにお願いし、施工はSHU建築さん。

 もちろんゼミ生には、SHU建築さんの指導の元、解体から施工におけるたくさんのDIYに参加してもらい、2018年5月にikedayaBBQstyleとTHE MARKET Bakeryの2店舗がオープンすることになります。

近畿大学建築学部宮部ゼミとDIY解体
みんなめっちゃ頑張ってくれた!
ランチはDjangoで乾杯

 私たちのまちにTHE MARKETをオープンするにあたって、私にはもう一つの目的がありました。それは、当時毎月7つの定期マーケットを7つの地域で開催する中で、その全てに出店してくれていた新城司さんの3店舗目を誘致することでした。

毎年恒例明日香村・前川さんが育てるブルーベリーの収穫 新城司さん

 彼は池田市で仲間と共に飲食店を2店舗経営していて、3店舗目の出店を大阪市内を中心に検討しているところでした。もちろんですが、私たちのまちに出店してほしい。

 なぜなら彼が作る料理は抜群にうまい。料理を本格的に学んだわけではないのに、本当に美味しい料理を作るんです。学びは大切だけれど、料理はセンスだなと思います。

 また、彼は私自身が月間7つの定期マーケットを運営する中で、全てのマーケットに出店していました。その中で新城さん自身が近畿一円の農家さんと知り合い、その野菜を自身の料理に活かしていたのです。

 その農家さんとの関係性が、今のTHE MARKETが大切にしている都市と農村の新しい結びつき「おいしい革命」につながるわけです。

 今では株式会社THE MARKETを一緒に経営するパートナーとして、10歳下の彼がいることは、私にとって刺激にもなり学びにもなる存在です。

 さて、2018年のオープン以降、2020年に「THE MARKET grocery」という私たちの仲間である生産者さんからの野菜と加工品、PB商品を製造販売する食料品店をオープン。

 2021年には、THE MARKETから徒歩30秒のところにベーカリー「クワエベーカーズ」がオープン。同じく2021年、THE MARKETのスタッフが独立してTHE MARKET groceryの横にケーキと焼き菓子の「OYATSUYA chouchou」がオープン。

  2022年にはchouchouの裏と横の空き地を使ってレンタル&シェアスペース「BLENDS」をオープン。

 同じく2022年には空き店舗になっていた酒屋跡にアイスとケーキ店「PETITE FEVE​​」が大阪中心部から移転オープンし、元々あった和菓子屋さん、本屋さん、薬屋さんと一体となってTHE MARKET周辺の空き店舗がどんどんお店として生まれ変わっていきました。

 THE MARKETの経営はまだまだ軌道に乗っているわけではありません。

 私たちのまちで、オーナーがメインで運営せず、スタッフを中心として一定の大きなお店を経営するのはそう簡単ではないと実感しています。

 まだまだやりたいことの半分も実現出来ていないのも実情です。例えばTHE MARKET groceryでは、アイスクリーム製造、瓶詰・缶詰・レトルト食品製造、冷凍食品製造、お惣菜製造の許可があり、プライベートブランドの商品を開発して流通させる実験が可能です。

 自分たちが持っているものをちゃんと活かすための人材確保や育成、営業努力が必要だと痛感しています。

 しかし、現在進行形で日々変化を繰り返しながら、THE MARKETを作った目的を達成し、ご近所に必要とされ、愛される存在となるべく経営努力を続けているところです。


この本全体の目次

はじめに

第1章 21世紀の都市計画家
・自己紹介
・枚方宿くらわんか五六市
・ダーコラボラトリLLP
・株式会社ご近所
・一般社団法人リイド
・株式会社サルッガラボ
・ビーローカルパートナーズ
・STAY local
・株式会社THE MARKET
・ポップベイパートナーズ

第2章 まちづくりとは
・そもそも、まちづくりって?
・まちづくりの誤解
・対処療法は熱しやすく冷めやすい
・まちが衰退する原因
・変遷するまちの役割
・まちには兆しがある
・未来は今ある真実から生まれる
・オススメの作法
・まちづくりとは何か

第3章 これまでとこれから
・未曾有の人口縮退
・みんなという幻想が成立した時代
・個性、能力、才能を活かす時代へ
・人口が減る時代を楽しく生きる法則

第4章 都市計画とは
・都市計画は時代に合わせた処方箋
・21世紀の都市の在り方
・都市の多様性
・しなやかで反脆い都市へ
・多様性を担保し生み出す
・都市経営課題とリソースの問題
・都市計画の主導権は民間へ
・限られたリソースを最大限活かす
・時と共に最適化する仕組み「アジャイル開発」
・人にフォーカス 未来のお客さんを想定する

第5章 少数派がまちを変える
・まちが衰退する原因の裏側で
・身銭を切ってまちを面白がる少数派
・少数派から多数派へ
・「絞って愛情深く」でファンを増やす
・ファンがファンを増やす時代
・ゴールはみんなのために

第6章 地域に新しいチャレンジを創出する
・答えのない時代に答えを出すには
・まちの期待値を高める定期マーケット
・まちの新陳代謝昨日を活性化させる
・定期マーケット10か条
・定期マーケットはプラットフォーム
・【コラム:衰退プロセスと根源治療】

第7章 ご近所を素敵に変えよう
・ご近所のイメージ
・天王寺まで自転車で10分
・バイローカルとは?
・よき商いを守り育てる
・「どっぷり昭和町」
・バイローカルの日
・365日バイローカルマップ
・期待されるまち、選ばれるまちへ
・THE MARKETのおいしい革命
・ご近所の変化、現在進行形のTHE MARKET

第8章 新しい都市計画(序論)
・日常の自己肯定感の低い日本
・大阪の人は京都が嫌い、京都の人は大阪が嫌い
・試行錯誤する上での羅針盤
・建てないことが正義へ
・複合・混合・多様へ
・自分・少数派へ
・行動しながら変化へ
・しなやか・反脆さへ
・小さい(身銭を切る)へ
・内を意識へ
・目に見えないものへ
・未来ありき(playful Driven)へ
・新しい都市計画

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