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第7章 01 ご近所を素敵に変えよう


ご近所のイメージ

 さて、約20年間取り組んできた定期マーケットの次は、次の20年に向けてサルトが取り組みたい新しいチャレンジについてお話します。そのチャレンジは地元・大阪阿倍野の下町での取り組みで、所謂ご近所と呼ばれるような範囲内での動きです。徒歩でも自転車でも、だいたい15分圏内の生活エリア。

 ところで、ご近所と聞いてどんなイメージを持ちますか。ご近所というと、なんとなくほんわかとして、穏やかで優しく、ポジティブなイメージがあると思います。

 ご近所という字面の雰囲気はとても良い。

 しかし実際のご近所に目を向けると、そんなイメージとは裏腹に、意外とネガティブです。例えば、高齢者はご近所にだんだんお店が無くなっていって、商店街も空き店舗だらけ、ちょっとした買い物にも不便という始末。

 ここ私たちのまち阿倍野ですら。

 高齢者だけではなく、小さな子どもがいるお母さんにとっても、ご近所には働きたい場所の選択肢が少ない。幼稚園のお迎えに間に合うように、または子どもが小学校から帰ってくる前に家に帰っておきたい。そんな想いを持っていたら、働く場所が無い。

 友人が来た時にちょっとしたお菓子でおもてなししたくても、ご近所のケーキ屋さんには入ったことがないし、カフェや喫茶店もあるけど、入ったことが無いから連れていけない。

 結局大手チェーンを利用するような暮らし。

 お祝いごとで鯛の尾頭付きを買いたいけど、ご近所にある魚屋さんには行ったことがないから大手スーパーに行ってしまう。だったら、ご近所に何もなくても、近くのターミナル駅、私たちなら天王寺になんでもあるし、そちらで何でも済んでしまう。

 つまり実際のご近所は意外と住んでいる人から期待されていなくて、ご近所での暮らしは全く充実したものになっていないことが多いのではないでしょうか。

天王寺まで自転車で10分

 私たちのご近所は、大阪環状線天王寺駅よりも南のエリア。天王寺駅は、大阪環状線の中で最も南に位置する駅です。

 大阪にはキタとミナミがありますが、キタは大阪駅周辺の梅田の辺りで環状線の一番北側に位置していて、ミナミは道頓堀がある難波の周辺となりますが、天王寺はもう少し南東にあります。

 私たちの住むまちは天王寺よりも南で、天王寺駅から堺市内に向けて南北に伸びる路面電車の阪堺電車上町線と、大阪の大動脈と言われる大阪メトロ御堂筋線が通っている地域です。

 なので大阪市内の中でも便利な地域であると言えます。駅名でいうと、上町線は松虫駅から姫松駅までの間、御堂筋線では昭和町駅から西田辺駅の間です。もちろん厳密にエリアが確定されているわけではなく、私たちの生活圏といった感覚で、エリが直径約2km圏内、自転車でおよそ15分でほとんどのエリアをカバーできます。

 第一章の自己紹介でも少し触れましたが、そんなご近所で始めたのがバイローカルムーブメントです。キャッチフレーズは「よき商いを守り育てる」。

 なぜ、バイローカルを始めたかと言えば、ターミナル駅である天王寺に、巨大な資本が投下され、小売面積で約25,000平米が増床、店舗数で新規だと約850店舗、リニューアルを含めると約1000店舗も増えた事によって、自分たちのご近所がだんだん衰退していっていたからです。

 当時はお店が減り、空き店舗が増え続ける状況になっていました。なぜなら私たちのご近所エリアから、天王寺駅まで自転車で10分。天王寺に行けば何でもあるし、何でも揃う。自分たちの住むまちに何も期待をしなくても、天王寺があれば普段の生活は事足りてしまうわけです。

バイローカルとは?

 さて、そもそもバイローカルって、ということなんですが、実は私たちがオリジナルで始めた取り組みではなく、元々アメリカで始まったムーブメントを参考にして始まったのが昭和のまちのバイローカルです。

 アメリカでは、1998年にコロラド州ボールダーで、ジェフ・ミルチェンが地元の商売を地元で守ることで、地域に多くのメリットがあるということを提唱して始まりました。

 彼らがすごいところは、およそ3年で全米組織AMIBA(AMERICAN INDEPENDENT BUSINESS ALLIANCE)を作り、数年で100以上の地域に広がり、今も積極的に展開しているところです。

 AMIBAでは、地元の商店でお金を使うことで地元に多く還元される、地元の商店は地元らしさをつくる、地域の雇用創出につながる、起業家精神を育む等々、バイローカルによって地元に多くのメリットがあるということを訴え、統計的な数値も示しながらムーブメントの意義を確固たるものにしています。

 私たちもそのような背景に基づいて、「よき商いを守り育てる」ことが自分たちのまちをより良くして、自分たちが暮らしたい未来をつくることにつながると信じています。

 「よき商い」に注目していることから、単なる商業振興に捉えられそうですが、これは都市に住む生活者が自らの行動で地域に変革を起こし、都市の未来の素敵な暮らしづくりに取り組む、まちの新しい価値を創造するムーブメント。

 以下に私たちがバイローカルに取り組む意味を綴った文章を示しますので参考までに御覧ください。

「大阪市阿倍野・昭和町周辺で取り組むバイローカルは、地域の素敵な商いを私たち生活者が知ることから始まります。
 そしてそれらのお店を積極的継続的に使うことで、良い商いが残り育ち、新たに良き商いが発芽し、そのことで地域がより魅力的になる。
 結果そこで暮らす人の生活の質を高め、そして多くの人が住みたいと思うまちとなり、地域の資産価値を向上させる取り組みです。
 大阪市阿倍野・昭和町周辺には、地域に根ざした特徴あるお店や魅力的なカフェや飲食店、モノづくりやデザイン事業所等、まちの魅力となり地域の暮らしに貢献する商いがたくさんあります。
 昔ながらのお店は伝統を培い地域に品を与え、新しく生まれた商いは地域に新しい風を吹き込んでいます。
 地域に根ざす商いは、食の安全や安心、地域の助け合い、子育てや教育、地域経済や働く場、古い建物の再利用など、直接、間接に地域に貢献し、私たちの生活を魅力的なものにし、地域の価値を向上させる存在であるという信念のもとバイローカルムーブメントに取り組んでいます。」

昭和なまちのバイローカル

 つまりこれは、単なる商業振興ではなく、ご近所の新しい価値創造であり、都市の暮らしづくり、まさに「21世紀の新しい都市計画」であると私たちは考えています。

よき商いを守り育てる

 私たちがバイローカルで取り組んでいる中心的な仕掛けは、年1回開催する青空市「バイローカルの日」です。

 このイベントは「よき商いと生活者が出会う日」として位置づけていて、この日をきっかけに地元の方々にバイローカルライフを楽しんでもらい、結果として「よき商いを守り育てる」ことを目的にしています。

 365日の中の1日が、残り364日を変えていくように。

 第1回目は、2012年に地元有志が集まって、どんな内容の取り組みにするか話をし、2013年に開催しました。

 集まったメンバーは、それぞれこのまちに住む建築家1名、不動産屋1名、(他の地域の)商店街事務局スタッフ1名、まちの商売人1名、そこに私を加えた5名でした。

 当初より、この地域での取り組みは単に「バイ(買う)」に留まらず、働くや住む、シェアする等といった「ビー(あり方)」を標榜していたので、ムーブメントに取り組む組織名を「ビー・ローカル・パートナーズ」としました。ご近所の素敵な暮らしづくりが私たちが創造したい未来です。

 第1回目の開催のために集まったメンバー5名で青空市の出店者となる30店舗程選考。選定基準は、私たちのまちで実際に店舗を構えて営業している店舗のみ。公募するのではなく、自分たちが推薦する店舗を相互に出し合い、他のメンバー全員が認める店舗をリストアップしました。

 そして推薦したメンバーが各店舗の担当者になりすべての店に足を運んで趣旨を伝えました。その内容は「集客イベントをするのではなく、お店そのものがまちの価値であり、その価値が未来のご近所での暮らしを素敵にしていくので、地域の人に知ってもらい、日常的に使ってもらいたい」というものでした。

 今回の新型コロナウイルスが巻き起こした混乱状態で、多くの人は遠出がしにくいことから、ご近所の暮らしに一時的に注目が集まりました。というか、目を向けざるを得なかった。そういう意味でコロナは、自分たちが住むまちについて考える良いきっかけだったと思います。

 しかし、そんなパンデミック状態を経験していない2013年当時、ご近所の価値を考える人はもちろん少ない。

 だから、ご近所のお店だけが集まり、ご近所に住む人だけが来場者となるイベントを実施する趣旨は、多くの店舗にほとんど理解されませんでした。

 なんですか?それっていう反応。

 多くのお店の店主は、何十年もこのまちで商売してるんだから、住んでる人でうちの店を知らない人はほとんどいない、来たくないから来てないだけ。

 ご近所の店を集めるんじゃなくて、たくさんお客さんを呼べる店舗を誘致して盛大にイベントしてほしい。

 近くのお客さんはいいから遠くからたくさんお客さんを集客するイベントの方がいい、などなど。

 さっき書いたように、ご近所の状態は、天王寺の巨大開発による大量の店舗出店の影響を受けて、あまり良い状態ではありませんでした。お店は廃業し空き店舗が増える、空き地になる、住宅に変わる、知り合いの店舗は移転するといった状況です。

 メンバーが選んだお店も、もちろん順風満帆、将来に不安のない店舗なんて数少なかったと思います。

 だから、自分の時間を使ってイベント出店するなら、すぐに儲かるような、またはたくさんの集客があって認知度が上がるところに行きたい。

 お店の周辺で閉店して空き店舗になっていく状況を目の当たりにして、各店舗がそう考えるのも無理はない状況でした。

「どっぷり昭和町」

 「バイローカルの日」は、2017年まで、私たちのまちで毎年4月29日「昭和の日」に取り組まれていた「どっぷり昭和町」と同時開催でしたが、2018年からは別開催としました。

 なぜ、多くの集客のある「どっぷり昭和町」ではなく、5年目にして別開催なのかと言えば、イベントとしての違いがあまりに大きいと感じたからです。

 私たちが「バイローカルの日」に来てほしい「未来のお客さん」が本当に行きたい内容なのか。また、その後に続く層に暮らしの変化を起こす内容になっているのか。それが、「どっぷり昭和町」に感じた違和感でした。

 「どっぷり昭和町」は、私たちのまちを多くの人に知ってもらうきっかけを作った素晴らしい取り組みだと思っています。

 無名のまちを一定の人から評価されるエリアにして、かつ私たちもその中で自分たちのまちを思い直すきっかけを与えてくれました。なので主催してきた関係者に感謝しています。

 ただし「どっぷり」はとにかく多くの企画があり、私たちのまちには関係無いような色んな催しが同時開催され、目的と手段が一致してないように映るのでビジョンが見えにくく、たくさんの企画にたくさん集客しないといけない。

 一方でバイローカルは、ちょっと語弊があるかもしれないけれど、目的と手段を一致させたいから、そもそも多くの人が来場しなくてもいいし、イベントというよりはご近所を素敵に変えるムーブメントを起こしたいわけです。

 もうかれこれ20年以上もまちづくりを職業にしていて言うのもなんですが(だからこそ思うのかもだけど)、まちって多分未来が決まっていると思うんです。私たちが何をしようが、何に抵抗しようが、未来は一定決まっていて、勝手に上手に進化発展するんだと思います。

 ということは、そこには未来につながっているお客さんがいるはず。未来のお客さんは決まっている。つまり、未来のまちは、未来のお客さんがつくる。バイローカルは、そのお客さんに来て欲しいのです。

 例え話をします。
 サルトでは多くの地域でマーケットをしてきました。
 夏には、かき氷が絶対売れるんです。それも、安い200円くらいの、何の代わり映えもしないものが良く売れる。

 みんなの意志(市場)は、計画されたものよりも、ほどよく上手に機能すると基本的に信じているし、自分もそのような思考の人間です。

 でも、サルトの開催するマーケットにはそれぞれ目的(見たい・感じたい未来)があるわけで、普通のかき氷が沢山売れることについては、それがいいとは思えないし、そこに未来を感じることが全くできないのです。

 なのでサルトが関わる夏のマーケットでは普通のかき氷がなくて、自家製で果肉たっぷりこだわりシロップの超美味しいのしかありません。

 でも500円とか600円とか価格は倍以上します。

 価格が高いことが重要ではなく、未来につながるお客さんを捉えられる、そしてその人たちがその価格に価値を感じるものになっているかどうか、が重要なんです。

 万人ウケしなくても全然構わない。

 普通のかき氷が売れるのは全くもって悪いことではないと思います。だけど、私はそこに未来が見えない、というか、未来が見えないから面白くない。

 そう、だからバイローカルは、未来のお客さんを集客しつづけたい。そしてその人たちは、そんなに多くない。

 もうひとつ言うと、その人達は未来のお客さんだから、その少数のひとたちが未来をつくっていく上で先頭に立って歩んでいくんだと思います。

 市場は多くの人の意向で動くしそれは正しいと信じています。でも未来は、その意向の方向に向かって連続的に見えて、実はどこかで不連続で不可逆な変革が起こり新しい未来が生まれる。

 だから未来は、多くの人の同意からではなく、少数の理解されない人から生まれると思います。

 未来はひとにぎりの少数派から始まる。ミルトン・フリードマンが1964年に書いた『選択の自由』の中で以下のように述べています。

「経済的社会的発展は一般大衆の態度や行動に依存していない。どんな国においても発展の歩調を整え、発展の方向を決定するのは、ひとにぎりの少数派でしかない。
 もっとも早い速度で発展するのに成功した国では、企業家精神にあふれ、進んで危険を冒した個人たちの少数派が、一般大衆の先頭をきることによって、後に続く人びとがその真似をする機会をつくりだしてやったことが、やがて社会の多数派の労働の生産性を増大させるのにつながっていったのだ。」

ミルトン・フリードマン『選択の自由』

 だから、未来は現在の創造的破壊だし、シュンペーターが『経済発展の理論』で見抜いた通り。

 小さい話で恐縮だけど、一般大衆が群がる普通のかき氷を破壊してこそ未来があんだと思います。

 次回はもう少し詳しくバイローカルムーブメントと変化しつつある私たちのまちについてお話していきます。

この本全体の目次

はじめに

第1章 21世紀の都市計画家
・自己紹介
・枚方宿くらわんか五六市
・ダーコラボラトリLLP
・株式会社ご近所
・一般社団法人リイド
・株式会社サルッガラボ
・ビーローカルパートナーズ
・STAY local
・株式会社THE MARKET
・ポップベイパートナーズ

第2章 まちづくりとは
・そもそも、まちづくりって?
・まちづくりの誤解
・対処療法は熱しやすく冷めやすい
・まちが衰退する原因
・変遷するまちの役割
・まちには兆しがある
・未来は今ある真実から生まれる
・オススメの作法
・まちづくりとは何か

第3章 これまでとこれから
・未曾有の人口縮退
・みんなという幻想が成立した時代
・個性、能力、才能を活かす時代へ
・人口が減る時代を楽しく生きる法則

第4章 都市計画とは
・都市計画は時代に合わせた処方箋
・21世紀の都市の在り方
・都市の多様性
・しなやかで反脆い都市へ
・多様性を担保し生み出す
・都市経営課題とリソースの問題
・都市計画の主導権は民間へ
・限られたリソースを最大限活かす
・時と共に最適化する仕組み「アジャイル開発」
・人にフォーカス 未来のお客さんを想定する

第5章 少数派がまちを変える
・まちが衰退する原因の裏側で
・身銭を切ってまちを面白がる少数派
・少数派から多数派へ
・「絞って愛情深く」でファンを増やす
・ファンがファンを増やす時代
・ゴールはみんなのために

第6章 地域に新しいチャレンジを創出する
・答えのない時代に答えを出すには
・まちの期待値を高める定期マーケット
・まちの新陳代謝昨日を活性化させる
・定期マーケット10か条
・定期マーケットはプラットフォーム
・【コラム:衰退プロセスと根源治療】

第7章 ご近所を素敵に変えよう
・ご近所のイメージ
・天王寺まで自転車で10分
・バイローカルとは?
・良き商いを守り育てる
・「どっぷり昭和町」
・バイローカルの日
・365日バイローカルマップ
・期待されるまち、選ばれるまちへ
・THE MARKETのおいしい革命
・ご近所の変化、現在進行形のTHE MARKET

第8章 新しい都市計画(序論)
・日常の自己肯定感の低い日本
・大阪の人は京都が嫌い、京都の人は大阪が嫌い
・試行錯誤する上での羅針盤
・建てないことが正義へ
・複合・混合・多様へ
・自分・少数派へ
・行動しながら変化へ
・しなやか・反脆さへ
・小さい(身銭を切る)へ
・内を意識へ
・目に見えないものへ
・未来ありき(playful Driven)へ
・新しい都市計画


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