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『偽る人』(揺れる) (第83話)

房子の入院・そして、また家に(2)

家に帰って伝えると、案の定、みんな大反対だった。特に、房子のひどい行為や冷たさを実際に見てきた亜美は、強く反対した。
「帰る理由を、関係ない私の家のローンのお金にかこつけるなんて、ずる過ぎる」と怒った。
「おかあさんは、また、おばあちゃまの打算やお芝居にうまくだまされてるんだよ」
と言った。
久美も、
「おかあさんがどれだけがんばっても、おばあちゃまはまた、感謝もしないよ。おかあさんの自己満足だよ」
と言った。
 卓雄は反対もしなかった。恭子の気持ちに任せているようだった。房子が帰ってくれば、また卓雄に一番迷惑がかかる。それなのに、止めた方がいい、とは言わなかった。

 久美の言うことも、亜美の言うことも、当たっている、と思った。その通りだった。
 房子があの人柄である限り、きっと以前と変わらず、もめごとは起こるだろう。それに、これからは、間違いなく「介護の日々」になる。大変だろう。
 どちらをとっても、きっと後悔する、と思えた。けれど、房子を施設に入れたままの後悔の方がはるかに大きい、と恭子は確信した。
 とにかく、施設に入居させた経緯が、自分で納得できていなかったのだ。

 後になって知ったことだったが、房子は、幸男には、家に帰る理由を、「施設ではリハビリができないから」と言ったという。誰に対しても、なんとかもっともらしい理由をつけるのが、いかにも房子らしかった。

 房子を受け入れることに決めて、それから退院までの日々、恭子は房子に、少し強気になって、いろいろ約束させた。
 まず、携帯電話を止めさせた。これまで、房子は恭子の知らない所で、事実と違う話をあちこちにしている。それがトラブルの原因
のひとつだった。恭子達の前で、ちゃんと本当の話をしてほしかった。
 他の人との話は、家の電話でもできる。よほど内緒の話がしたかったら、恭子のスマホを使って、自室でかければいい、と思った。
 ただ、房子との連絡用に、家族とだけ電話ができる携帯電話を契約しようと思った。

 お金は、施設の時と同様に、恭子が管理する。勿論房子に許可をとるし、通帳も見せる。
 房子が施設に行く前のように、あちこち湯水のように贈り物をするのを防ぎたかった。

 また、何でも隠さないで、親しく話してほしい。嘘をついたり、黙り込むのもやめてほしい、と強く言った。それが、むしろ一番の願いだった。

 何を言われても、房子は家に帰りたい一心で、素直にうなずいた。確かに、その時は、恭子にすべてを託す気持ちになっていたのだろう。そして、足の怪我をして、よっぽど体に自信がなくなっていたのだろう。
 ただ、後に、携帯電話を取り上げられたことは、相当不自由なようだった。

それから、恭子は激しく忙しい日が続いた。
まず、施設の部屋の片づけ、引っ越しが大変だった。引っ越し業者は頼んだけれど、遠い施設に何日も通うわけにはいかなかったので、一日で終わらせようとして、長い時間片づけ続けて、その結果、無理がたたって、その日から辛い坐骨神経痛に悩まされることになったのだ。
 帰ってくる家の準備も大変だった。新しいケアマネージャーが来てくれて、介護用品の手配もした。危険な所や不便なところにポールを立て、バーをつけた。トイレには、手すりもとりつけた。そうやって、すっかり介護のための家に用意されていった。

 そうして準備が整ったところに、房子は帰ってきたのだ。
 「帰りたい」ではなく「帰る」ではあったけれど、房子は自分で意思表示をした。
 恭子は、今度こそ、房子と心がつながるのではないかと、期待していた。

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登場人物紹介

恭子:60代の主婦。兄嫁と折り合わず、家を飛び出してきた実母に苦しみ、「反感」と「情」の間で心が揺れ続ける。

卓雄:恭子の夫。定年間際のサラリーマン。

房子:恭子の実母。気が強いが、外では決して本性を出さず、優しく上品に振舞う。若い時に夫(恭子の父)を亡くし、塾を経営して蓄えたお金を偏愛する息子に貢ぎ続ける。

幸男:房子の長男。恭子の兄。若い頃から問題行動が多かったが、房子に溺愛され、生涯援助され続ける。仕事も長続きせず、結局房子の塾の講師におさまる。

悠一:房子の実弟。房子とかなり歳が離れている。

やすよ:幸男の嫁。人妻だったため、結婚には一波乱あった。房子は気に入らず、ずっと衝突し続ける。

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