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天才列伝と庶民の人生|会社員は歴史に何を学ぶのか

クラシック音楽の歴史を調べていたところ、その歴史は国や地域および組織の歴史ではなく、天才と呼ばれる個人の音楽家の功績が列挙された「天才列伝」と呼ばれる描かれ方が多いことに気づきました。

「音楽の父はバッハである」というような描かれ方です。

この様な、ほんのひと握りの天才によって歴史が作られている、という世界観のことを「英雄史観」と呼びます。

この様な描かれ方は、類まれなる天才たちの人生が語られるため、読み物としては非常に面白いです。

しかしその反面、その類まれなる才能が凄すぎるために、一般庶民が人生の参考にできるかと言うと、なかなか当てはめることが難しく思ってしまうことが多々あります。

歴史に学ぶことは多くあると言いますが、それでも歴史が苦手だという人が多いのは、個人の人生への影響が実感できないからなのかもしれません。

もちろん、英雄史観にもとづいた歴史は私たちに大きな夢と希望を与えてくれます。しかし、今回はもう少し現実的な観点で、庶民の人生に良い影響をもたらしてくれる歴史の教訓について考えてみます。


パソコンとジャズの歴史に学ぶ世界史

イチローや大谷翔平の功績を引き合いに出して努力の大切さを問われても、無茶ぶりをされた気持ちになることがあります。

天才と呼ばれる人たちの物語を知ることで、夢や希望を貰う事ができ、これからも頑張ろうと思えることは非常に多くありますが、やはり天才と庶民は違うと思ってしまう瞬間があるのも事実です。

これは、描かれた天才の人生から直接ヒントを得ようとしているため、才能や環境に違いがある現実に打ちのめされてしまうために起こる現象です。

そのため、歴史から何かを学ぼうとする時は、他者への影響力に注視するようにしています。

例えば、パソコンの発展を考えるとき、これがビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズのような個々の天才によってゼロから造り上げられたわけではないことがわかります。

アラン・チューリングをはじめとする数学者たちは、コンピューターの基本的な概念を提唱しました。その後、ベル研究所の技術者たちによるトランジスタの発明が電子機器の小型化を促進し、これは後のパソコンの発展に不可欠でした。ビル・ゲイツ(Microsoft)やスティーブ・ジョブズ(Apple)は、ソフトウェアやユーザーインターフェースの革新を通じて、大型の汎用型コンピューターから一般家庭向けのパソコンへの普及に大きく貢献したのです。

音楽の世界でも同様の現象が見られます。

大航海時代を経てヨーロッパの管弦楽とアフリカの打楽器がアメリカで出会い、アメリカで既に存在していた黒人音楽であるブルースと結びつくことで、20世紀初頭には新しい音楽ジャンルとして「ジャズ」が誕生するのです。

この様に、歴史というのは個々の天才から庶民がヒントを得るような直接的なものではなく、社会全体で複雑に影響を与え合う複合的なものだということがわかるかと思います。

会社員の日常は未来の天才に影響を与えるか

僕は20代前半で、まだ社会人になったばかりだったころに、がんを患ってしまい死を意識した時期があります。

当時は就職してわずか3か月だったため、新入社員研修の参加しか経験しておらず、自分の仕事で社会に貢献する経験をしたことがありませんでした。

その状態で死を意識していたため「自分が死んでも世の中に影響はなさそうだな」と自分の短い人生を後悔した記憶があります。

それでも医療者のおかげで無事に現在に至るまで生き延び、社会復帰を果たすことができています。

僕のように普通の会社員が死の淵から救われることで社会に多大な影響が与えられるわけではありませんが、複合的な歴史の流れを意識すると、間接的ならば社会に強い影響を与えることができるかもしれないと思えるようになりました。

若くして病気になった経験をしたことで、医学部の学生や医療に関わる企業向けに個人の体験を伝える機会を得たことがあります。ナラティブを届けるという役割です。

その機会を終えた後に「勉強へのやる気が戻りました」「自分の仕事の意義を再確認できました」といったメッセージを頂くことも増えてきたのです。

僕のように特別なスキルを持たない庶民としての会社員でも、医療に携わる優秀な人材のモチベーションに貢献できることを知りました。

優秀な彼らが将来的には多くの患者さんを救うことに繋がるかもしれないと考えると、淡々と出勤して目の前の仕事をこなす会社員としての日常にも価値を見出すことができるようになります。これが複合的な歴史がもたらしてくれた教訓です。

最後にクラシック音楽の歴史に戻ります。

バロック派など古典派以前の時代の音楽家たちは、主に宮廷音楽を作曲する仕事をしていました。つまり彼らは宮廷に雇われている労働者としての音楽家であり、いわば現代の会社員と同じ立場だったようです。

会社員の日常が未来の天才に影響を与えるかもしれない複合的な歴史を考えてみると、歴史に名が残ることはなかったけれども、バッハやモーツァルトの様に英雄となった天才音楽家に、間接的に大きな影響を与えていた「庶民派」の音楽家もたくさんいたのかもしれません。

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