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【85球目】会社が大きくなると

三陽工業の30期、今から約12年前の決算では売上が718百万でした。
そこから10年後の40期の売上が、子会社含めて約72億
10年間で10倍になっています。

その過程において感じたことを、今日は書いていこうと思います。

第1次成長期(2009年から2015年)

子会社アイコムを設立して、「製造派遣事業を伸ばす」と決めて行動していった期間です。

ひたすら営業。ドンドン採用。
単価が低い? そんなの関係ない。

恐ろしく低い利益率でもやっていました。
低い利益率の所に、当然販管費もかかってくる訳ですから、赤字になっているところもありましたが、そんなことは織り込み済み。

まずは売上がないことには始まらない
ひたすら売上を伸ばすこと、そこだけに集中していたこの時期です。
おかげで拠点数も増えていきました。
7億1,800万だった売上は20億を超える所まで来ました。

第2次成長期(2016年から2018年)

第1次成長期では、前のめりに色んなことをやっていた訳ですが、限界を感じてきます。営業にしても採用にしても様々な部分での限界です。
その限界を感じたことと、私自身がずっと感じていた製造派遣業界の負のスパイラルに対しての違和感がぶつかりあいます。

そこで誕生したのが生産推進グループ(⇩コチラの記事参照)。

負のスパイラルを正のスパイラルにするために、目の前の1人の人の可能性を120%信用してみよう。そんな想いから始まり、昇給賞与退職金評価制度目標設定制度立候補制度ベネフィットワン甲子園球場観戦チケットの福利厚生制度。様々な新しい制度が始まりました。

まずはコントロールできる私たちの行動を変えて、負のスパイラルを正のスパイラルにしたい。仕組もそうですが、何より私たちの想いが大きく会社を変えていきました。

その結果、24億の売上が30億40億を超えていきました。

挑戦期(2019年から2020年)

何に対しての挑戦かというと、IPOに対しての挑戦です。
監査法人
証券会社とも契約を行い、3年後のIPOを目指して様々な挑戦を始めました。

規定から仕組から一旦は全てを整えて、まずは1年間やってみました。
多くの犠牲も生み出しましたが、それも成長するためにはやむを得ないと考えて前へ進んでいました。

そして、直前期を迎えます。

直前期に入ってもその挑戦は続きました。
1年間やってきたおかげで、業務の多くがIPO基準になっていました。
もちろん、経営者としての私もその基準で仕事に向かっていきます。

そこでコロナ禍と遭遇します。

コロナ禍において、様々な角度から多くの想定をしながら業務を進めていましたが、出した結論はIPO挑戦の停止です。

しかし、監査法人、証券会社との契約は継続しました。
もちろん、いつでも再開できるようにです。

新しい世界(2021年から)

IPO挑戦の停止を決めた時、一気に視野が広がった気がしました。
目的ではなく手段のIPOと言っておきながら、優先順位がとても高くなっていました。高くないと達成できない壁でもありました。

一旦立ち止まってみた時に、こんなに視界が広がるのかと感じたことが率直な気持ちです。コロナ禍に入り、先が見えない状況の中で社員を守らないといけない会社を守らないといけない、そんな想いが今まで以上に湧いてきます。結果、IPOは一時停止となりました。

そして、足元の2021年

ニューノーマルという言葉は聞きなれてしまいましたが、私たちはこの世界をノーノーマルな世界と捉えています。
古い原理原則から新しい原理原則ではなく、原理原則がない時代

当たり前とか、普通とかが無くなる時代。

例えば、会社に行くことがオールドノーマルだとするならば、ニューノーマルは?
テレワークがニューノーマル
の会社もあれば、会社に行くことがノーマルの会社もあるでしょう。

原理原則はないと考えながら、その変化に対応をしていく必要性を感じています。

2009年以降、リーマンショックを契機に三陽工業は独自の変化、シンカをしてきました。そして、それはこれからも続きます。
変化、シンカすることが習慣になっていますので、ノーノーマルな世界においてもなんら恐れはありません。
今まで通りに変わっていけばいいだけです。

コロナ禍は世の中にとても大きなインパクトを与えています。
そして、それからは誰もが逃げられない。
この乱気流な世の中において、私たちはこれからもシンカし続けていきます

本日もありがとうございました。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!