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散文文庫

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海底の声

海底の声

放課後の教室は海の底のような静けさをもつ。海面の海鳥や漁師たちの賑やかな声が遙か遠い世界のものかの如く、窓の外の校庭の音が遠くから聴こえてくる。ただ一枚の窓を隔てた世界には、水深2000m以上もの距離があるのだ。

 そんな海の底でふらふらと彷徨う、まるっとした人影があった。それはとても弱りきった様子で何かを探す。

 「ぼくの、教科書。」

 泣き声混じりに呟くその言葉は、彼が探していた物の名前

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ネガポジ反転自己分析

自分がどんな人間か、を言葉で表現するのはなかなか難しい。
たとえば、どんな髪型の子が好きー?とか聞かれて、ロングの女の子が好きーとか言うとミディアム以下の子が眼中に無いと思われたり、ロングの特定の誰かを狙っていると邪推されたりする、例のあの問題だ。
「あの人は○○が好き」というのはなんだかわかりやすく人を表現する方法のように思われがちだけど、それって実のところは体良くデフォルメしてるに過ぎないって

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思い出されるのはいつも、何でもない日常で

僕たちはしばしば、お互いの耳を掃除する。彼女の耳には、その愛らしさからは想像もつかないものがある。あ、なんかそこ、気持ちいい…、と彼女は呟く。

僕たちはしばしば、帰路を共にする。電車の中では特に話したりしないが、人で混めば寄り添いあい、ニコリと笑う。

僕たちの夜ごはんは賑やかだ。彼女は1日あったことを事細かに話し、時に僕の話を聞く。くだらないバラエティ番組で、互い違いのツボで笑う。並んだごはん

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非表示ハイウェイ

あー、もう腹が立つ!今日も、ねちねちと長い部長の叱責で残業だった。部下のミスは上司の責任、わかっちゃいるが、理不尽だ!いつものことだが、こう毎日続くとさすがに辛い。きっと、ここ最近の業績不振で、部長もだいぶ詰められているのだろうが。

思わず漏れる大きなため息。こんな日は、テレビを見る気にもならない。

通勤に使用している全自動車は、その名の通り、自動で目的地まで連れて行ってくれる優れものだ。しか

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苦しいセカイ

苦しいセカイ

苦しい、苦しい、苦しい。息苦しい。
このところ、毎日苦しくて仕方がない。周りの友は、今日もスイスイと軽やかなのに、どうも体が重くて、同じようには動けない。黙っていても、深呼吸しても、とても苦しい。
 周りは笑顔で、スムーズで…。どうして僕だけ、ずっしり重くて、苦しくて…。

「やあピスタ。今日もひねくれているのかい?」
「うまく泳げないなんて、おかしいやつ!」
「お前の足、ニセモノだろう!形も色も

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