コルク代表・佐渡島庸平さんの「!!!」――解釈せずに、ただ目の前の相手を「見る」こと
“自分らしい世界の見方”が、人とは違う道を切り開いていく――これは決して学問の世界に限った話ではありません。この「『!!!』に立ち止まる瞬間」インタビューでは、さまざまな世界の第一線で活躍する人たちのエピソードから、私たちが自分らしい気づき=「!!!」と出合うヒントを探っていきます。
今回お話を聞いたのは、編集者として『ドラゴン桜』『宇宙兄弟』などさまざまな人気マンガを担当し、2012年にクリエイターのエージェント会社、コルクを設立した佐渡島庸平さんです。編集者から経営者へと立場を変えたことで、佐渡島さんの問いや気づきは、どのように移り変わっていったのか。そして、現在の佐渡島さんは、一体どんな「?」を追いかけているのでしょうか。
佐渡島庸平さん
株式会社コルク 代表取締役社長/編集者。2002年に講談社に入社。「バガボンド」(井上雄彦)、「ドラゴン桜」(三田紀房)、「宇宙兄弟」(小山宙哉)、「モダンタイムス」(伊坂幸太郎)、「16歳の教科書」など数多くのヒット作を編集。2012年に講談社を退社し、株式会社コルクを創業。従来の出版流通の形の先にあるインターネット時代のエンターテイメントのモデル構築を目指している。
一番身近な仲間に、自分の言葉が通じない!? 初めて“目の前のあなた”と向き合うとき
——さまざまなヒット作品を世に送り出す編集者から経営者へと転身し、出版業界に新しいビジネスモデルを立ち上げてきた佐渡島さんですが、立場を変えたことで、ご自身の中の問いや気づきは変わりましたか?
佐渡島:出版社にいた頃、僕が探究していた問いは「どうすればこの本はヒットするか?」。——自分が思いついた企画を、どうやって多くの人に届けるか、そのことだけを考え続けていました。
しかし、自分で会社を立ち上げる頃には「どうやったらクリエイターにとってのエコシステムが作れるんだろう?」と、自分の問いが変わっていきます。この問いについて自分なりの仮説を立て、その仮説を様々な人に発信したり、仮説のひとつの答えとしてファンコミュニティについての書籍を出したりすると、世間から「この考えはいいね!」と受け入れてもらえた。仲間もどんどん増えて、コミュニティは大きくなっていきます。
ところが、です。いざ、自分が考えた仮説を、目の前にいる社員やスタッフ、作家といった身近な相手に伝える段になって「あれ?」と思うことがたびたび起きます。
僕が「きっとこの先こういう動きが起きるから、これからはこんな行動をすべきだ!」と話す。その考えに賛同してくれたように見えた人たちが、僕の伝えたこととはまるで違う行動を始めるのです。僕の理念や、描いた未来像に共感して仲間になってくれたはずの社員でさえも、僕の伝えた仮説を実行に移そうとしない。
え? なんでだろう? 僕の話したことが伝わっていないのかな?と不思議に思いました。
しかし、次第に気づくんです。人はそれぞれ、情報の受け取り方や、行動のし方が違うのだと。
僕自身は、言葉や論理によって納得した場合、すぐに行動を変えようとする。でも、“目の前にいる、この人”は、そうではない。やる気や理解の問題ではなく、ただ「違いがある」ということに気づくんです。
——なぜだろう? 僕とあなたには、どんな違いがあるんだろう?
僕はそれまで、自分と向き合い、抽象的な概念と向き合い、世間と向き合うことを頑張ってきました。でも、このときから、“目の前のあなた”との向き合い方を考え始めたのです。
だから経営者になってからは、「誰も見たことがない概念を、人に伝えるには?」とか「人それぞれが行動を起こしやすい組織にするには、どうしたらいいのだろう?」といった問いを抱き、探究してきました。
「この人を動かすエンジン=欲望は何か?」と人を観察する
——経営者になって初めて、自分の指示では人が動いてくれないという壁にぶつかった。「なんで言う通りに動いてくれないんだ!」「やる気はないのか!」と苛立ってしまいそうな状況ですが、佐渡島さんは、冷静に相手を観察されたのですね。
佐渡島:人それぞれに、違う頑張り方がある。このことに気づくと、目の前の状況を冷静に見ることができました。たとえるなら「よし、みんな頑張るぞ!」と僕が号令をかけて、ヨーイドンでみんな違う方向に走り出しただけだったんです。なのに「なんで僕が言ったのとは違う方向に行くんだ! やる気はないのか!」と怒られるとしたら、びっくりしますよね。
自分を動かすためのエンジンを、自分に積んでいない人はいない。でも、人それぞれにエンジンの種類が違う。だから指示を出すのではなく「この人にはどんな欲望があるんだろう? どんなエンジンが、この人を動かしているのだろう?」と、まずは相手を観察することから始めなければいけない。僕は経営者になってから、ようやく、自分の目でちゃんと人を見て、理解しようとし始めたのです。
実は、多くの人は「見る」より前に、「解釈」をしているのではないでしょうか。
たとえば、多くの人が「時間とは大切なものだ」という概念のもとで生活しています。他の人が時間についてまったく違う考えを持っているのでは、と疑うことはあまりないでしょう。
だから、相手が待ち合わせ時間に遅刻してきたときに「時間とは大切なものなのに、私の時間を無駄にするなんて、私のことを大切にしていないのではないか」と瞬時に判断してしまう。でも本当は、遅刻した事実と、相手が自分を大切にしているかどうかは、そう簡単に結び付けられないはずです。
——そう思うと、解釈せずにただ「見る」ことは、すごく難しいことですね。
佐渡島:そう。よく起きることをわかりやすく言うとね、たとえば今ここにリンゴがあるとします。ここにいる人たちは、何らかの異なるメガネをかけさせられていて、それがリンゴだとはわからないようになっている。
ある人はそれを「赤い」と言う。ある人は「丸い」、ある人は「甘い香りがする」と言う。この状況で、みんなが同じものについて話していると気づくのは、意外と難しいんです。
だから僕は、誰かと会うとき、話すときはいつも、観察力を鍛える練習をしていると思っています。
お金のためだけじゃ生きられない時代に、人を動かす「物語」を
——編集者時代から創業時、そして経営の中のつまずきと気づきから、ご自身の問いがさまざまに変化していった様子を伺うことができました。それでは今、佐渡島さんはどんな問いに向き合っているのでしょうか?
佐渡島:コルクのミッションにもなっていますが、「物語の力で、一人一人の世界を変えるには?」という問いですね。
先ほど「指示では人は動かない」と話しましたが、指示やお金によって人を動かすことに、限界がきている時代だと思うんです。たとえば働くこともそう。「お金は少なくてもいいから、自由な時間が欲しい」と考える若者もたくさんいるでしょう。
では、人を動かし、その人の世界を変えるほどの力を持つものは何か。僕はそれが「物語」だと思っています。「こういう風に自分もなりたい」「こういう世の中にしたい」。個人の欲望は伝染し、作品を受け取った一人ひとりの心の世界を変えていく。
これからの世の中では、一億二千万人を動かす物語はなくなっていくでしょう。そのかわりに、千人くらいの規模で心が動かされるさまざまな物語が生まれ、物語を機に小さな変化が次々と巻き起こっていくはずです。
ひとりの欲望が誰かに伝染し、その人の世界を変えていく。そんな公共的な物語を描くことのできる作家を後押ししたい。それが今の僕にとっての探究です。
■あなただけの「!」を見つけるために
論理立てて説明したはずの言葉が、すぐ近くにいる仲間に届かない——。
このとき佐渡島さんは初めて、自分でも世間でもなく“目の前のあなた”に向き合い始めたと言います。経営者として、自分の描く未来を実現するために必要だったのは、適切な指示をすることではなく、目の前の人や状況をただ見て、観察することだったのです。
私たちは誰でも、目の前のリンゴを「リンゴ」と見ることができないようなメガネをかけてしまう瞬間があります。そのことに気づいたとき、あなたの目の前の景色はどのように変わるでしょう?
! あなたが「誰もがそうだ」と思い込んでいる“常識”はないでしょうか?
取材・文・構成:塚田智恵美
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