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「就業制限が必要」と産業医に言われたら?

事例

 ある日の産業医来社日。人事の朝倉は、健診結果の判定の内容について、産業医の佐々木から説明を受けている。

佐々木「前回訪問した時に健診結果の判定を行いました。大部分の方は目立った異常はなく、このままの勤務を続けてよいと考えています。企画の○○さんと総務の△△さんは、どちらも血圧が高いので、働き過ぎに注意が必要です。残業はこの方はどのくらいされていますか?」

朝倉「働き過ぎに注意ですか…確かに〇〇さんは残業が多いので減らさないとと思いますが、△△さんは家庭の事情で毎日定時帰宅なんですよね。」

佐々木「え、そうなんですか。(社員の名前見ただけでは、誰がどんな業務や働き方をしているか、まだ分からないな…)それから、営業の××さんは血圧と血糖値がどちらも結構高く、このまま放置すると心筋梗塞や脳出血などを発症する恐れがあるので、受診して治療などができていない状況であれば、残業を控えていただいた方がよいと思います。」

朝倉「あぁ、××部長か…健診で指摘されていたけど忙し過ぎて病院に行く時間がないって言っていたな。でも残業は控えた方がってことは、残業禁止ということですか?部長がいないと会社が回らなくなってしまいます。」

佐々木「部長さんでしたか!病院に行く時間を確保してほしいけれど、残業禁止だと仕事に影響が出てしまう…どうしたらいいんだろう…?」

解説

 以前の記事「健康診断の結果を産業医に見てもらうとき、どんな用意をすればいいですか?」にて、健診結果をもとに、従業員が安全・健康に働くことができる健康状態かどうかを確かめ、このまま働き続けても良いかどうかを判断すること(就業判定)が産業医の役割だということをお話ししました。今回は、この判定の結果、就業制限が必要だと言われた場合の話です。

1.就業制限を行うのは何のため?
2.就業制限の検討を円滑に進めるための3つのポイント
  ①産業医に社員情報を提供する
  ②産業医の意見を書類に残し、共有する
  ③制限の解除を初めから考えておく(かけっぱなしにしない)
3.就業制限をかける前に

1. 就業制限を行うのは何のため?

 産業医が就業制限が必要であると判断した場合、その目的は大きく3つに分かれます。
 
その1:仕事が病気を悪化させる恐れのある場合
 従業員が心身に不調をきたしている時や病気がある時に、働き続けることによってその病気が悪化することを防ぐ目的で、就業を制限することがあります。
 例)重度の高血圧を放置している従業員に対して、治療により状態が安定するまでの間、暫定的に長時間残業や深夜業務を禁止する(睡眠時間の短縮や生活リズムの変動により心臓や血管へ負荷がかかり、心筋梗塞や脳出血などの病気を発症することを予防するため)
 
その2:事故・災害リスクを予防するため
 心筋梗塞や脳出血などの病気、また重度の貧血では、突然倒れ込んだり、意識を失うことがあり、その際に重大な事故や災害を引き起こす恐れがあります。これらを予防する目的で、就業を制限することがあります。
 例)てんかんを疑う症状をもつ従業員に対して、きちんと検査を行うまで暫定的に大型機械の運転作業を禁止する(運転中にてんかん発作を起こすと事故の恐れがあるため)
 
その3:健康管理(保健指導・受診勧奨)のため
 長時間残業や交替勤務は、医療機関への受診行動や生活習慣の改善を妨げることがあります。本人自身による医療機関への受診行動や生活習慣の改善を支援する目的で、就業制限や仕事の調整が必要との意見が出されることがあります。
 例)糖尿病を放置している従業員に対して、治療により状態が安定するまでの間、暫定的に長時間残業や休日出勤を禁止する、あるいは、定期的に受診ができるように業務量を調整する(受診を促す・受診のための時間を確保するため)
 
 一口に就業制限といっても、色々なパターンがあります。
・労働時間を制限する(時間外労働の制限、休日出勤の制限など)
・働き方を制限する(深夜勤務の制限、交替勤務の制限、出張の制限など)
・けがや事故のリスクが高い作業を制限する(高所作業や重筋作業の制限、大型機械の操作・運転作業の制限など)
・体への負担が大きい環境での作業を制限する(極端に暑い/寒い場所での作業の制限など)
 
 就業制限の判断や内容は、従業員の状況や担当する業務の内容、職場の体制などに応じていろいろなことを考慮する必要があるため、多様なものとなりがちです。産業医が制限に関する意見を述べる場合、従業員本人や職場の管理者、主治医など、関係者から話を聴き、色々な情報を集めたうえで、総合的に考えて意見が行われることとなります。

2. 就業制限の検討を円滑に進めるための3つのポイント

①産業医に社員情報を提供する

 就業制限の内容を考える際には、従業員が普段どんな業務を担当しているのか、どんな働き方をしているのか、職場環境はどうか、健康状態や生活習慣はどうかなど、産業医が従業員本人との面談を行ったうえで検討します。しかし限られた時間の中で全ての情報を聞き出すことは難しく、また本人の話だけでなく周囲から見た状況(勤怠、パフォーマンス、周囲への影響など)も同時に参考にします。
 面談の際には、健診結果だけでなく、業務に関する情報(業務内容や勤務時間など)、周囲から見た状況に関する情報(勤怠、パフォーマンス、周囲への影響など)も用意し、あらかじめ産業医と共有すると、評価・判断に役立ちます。

②産業医の意見を書類に残し、共有する

 面談の結果、産業医が「就業制限が必要」と意見した場合は、必要と判断した理由(どの項目の数値が悪く、このまま働き続けるとどのような影響が考えられるか)、どのような制限が必要かを産業医意見書に記載してもらい、関係者(上司や人事)で共有できるようにしておきます。あくまでも健診結果の項目を見て判断しますので、病名が意見書に書かれないことが一般的です。
 その内容で就業制限を行うかを決めるのは会社の責任とはなりますが、産業医の意見を無視して制限を行わないことにはそれなりの理屈が必要となります。意見書の内容について、不明な点を尋ねて説明してもらう、会社の事情をきちんと伝えるなど、産業医と十分なコミュニケーションを図るようにしましょう。

③制限の解除を初めから考えておく(かけっぱなしにしない)

 就業制限をかける時には、これを解除する時を同時に考えておくことが重要です。例えばある項目の数値が悪く残業禁止の制限をかけた場合、治療により数値が改善したのに制限を解除せず残業禁止の状態が続いてしまうと、従業員の働く機会を奪ってしまいかねません。
 制限中はどの程度の間隔で面談を行い状況を確認するのか、治療により数値がどの程度まで良くなったら、あるいは体調がどの程度まで改善したら制限を解除するのか、見通しを産業医に示してもらい、意見書に記載してもらってください。
 
 ①~③の流れについては、過重労働による面談と残業制限の流れと概ね共通しますので、以前の記事「過重労働対策における産業医との付き合い方その2」も合わせて確認しておくとよいでしょう。

3. 就業制限をかける前に

 今回は健診結果による就業制限の話でしたが、産業医としては就業制限はあまり使い過ぎたくないのが実際のところです。個人に最適化した就業制限の措置は、同時に周囲の同僚の負担が増えるなどの影響を与えることになりかねず、公平性の観点からも、職場の健全性を損なうことがあります。また、③で書いた通り、仕事を制限することによって本人自身の働く機会や働く意欲を奪いかねませんし、収入が変わり従業員の生活に影響することもあります。また、制限の内容によって、例えば本来残業したくないと思っている従業員に対して残業禁止の制限をかけてしまうことによって、「数値が良くなったらまた残業しなければいけない」という意識が働いてしまい、治療の意欲を奪い、逆に健康を損ねてしまうこともあり得ます。
 勿論、会社が安全配慮義務を守るために適切な就業制限をかけることは重要です。しかし、できれば制限をかける前に適切な治療につながり、健康な状態を取り戻したうえで働いてもらうことがベストだと考えている産業医は少なくありませんし、これをお読みの人事担当者の方々もそうだと思います。
 まずは早急に受診をするように促し、未治療の場合は面談を設定してリスクを説明し、納得してもらった上で受診してもらう。就業制限をかける前から、人事担当者と産業医が連携して動けると、本人も会社も良い結果につながります。

参考
藤野善久ら, 産業医が実施する就業措置の文脈に関する質的調査, 産業衛生学雑誌 2012; 54 (6): 267–275
https://www.jstage.jst.go.jp/article/sangyoeisei/54/6/54_B12003/_html/-char/ja

本記事担当:@tszk_283
記事は、産業医のトリセツプロジェクトのメンバーで作成・チェックし公開しております。メンバーは以下の通りです。
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