短編小説「暁に恋して」作 清住慎 ~9.~
9.
そして学祭の当日がやって来た。
このときばかりは、教師も生徒も普段とは違ういい表情。校内にいるのに開放感がある。いつもは陰に潜んでいたロマンスが発覚したり、新たに生まれたりするのもこんなときだ。
校内は至るところ賑やかだ。最初に校門の上に造花で彩られたアーチをくぐるだけで、もう心穏やかにはいられない。それは関係者も来客も一緒みたい。こちらが作り出すテンションにすぐに溶け込んでくれる。
グラウンドでは各運動部の招待試合に一喜一憂し、惜しみない声援を送ってくれる。教室内のクイズ大会や各種パーティ・イベントなどは、ときに司会者の意図を超えるほど盛り上がる。模擬店の売り上げも上々のよう。
普段は廊下ですれ違っても知らん顔の仲でも、今日は笑顔で相手のクラスのイベントの状況を訊き合ったりしている。
校内がこんなにも活気に満ち溢れることは、一年のうちにこの時期をおいて他にないのではないだろうか。
私達のクラスも盛況だった。綿あめや焼きそば、ソースせんべいなど、お祭りをイメージした屋台は意外なほど人気があった。調子に乗った男の子達は、最初展示するだけだったはずの自作の御輿を担ぎ上げ、ギャラリーを引き連れて校内を練り歩き出してしまった。
予定外のことが起きても、それが周りを笑顔にするなら今日は誰も咎めない。
朝から綿あめ屋のレジ係だった私は、お昼の来客ピークを捌いてようやく遅い昼食を摂りに教室を出た。ここから私は自由時間。交代制なので、自由時間はみんなバラバラ。
エプロンを脱いだ私はホッと安堵の息をつく。忙しくて、額に汗が滲むほど暑苦しかったこともあるが、スカートの丈よりはるかに長く野暮ったいデザインのエプロンからようやく解放されたのが嬉しい。
さて、何を食べようか。美味しそうな食堂をやっている教室もあったが、私は一人で店に入って食べるということがあまり得意ではなかったから、見るだけにしておいた。
廊下をのんびりと歩きながら、通りがかる教室の中を眺めて行くのはなかなか気分がいい。
朝の出欠確認のとき以外、私は今日霞君を見ていない。私の方が教室から動けなかったから当然といえば当然なのだが、こうして行く先々を見渡しても一向に出会わない。途中で帰ってしまうような人には思えないのだけれど。
あの日靴箱で声をかけてくれたとき、彼は一体何を言おうとしたのだろう。
私は気になって仕方がないのだが、どうしても訊けずに今日まで来てしまった。でもこんな開放的な気分の今なら、さらりと訊けそうな気がする。けれどそういうときに限って出会わないものなのだ。
次第に空腹感が私の中に広がって来る。近くのコンビニでサンドウィッチでも買って来よう。霞君を捜すのは、それからでもいいや。
コンビニへ行くのに、正門まで歩くのはかなりの遠回りだ。校舎の裏側から外壁を乗り越えて外へ出るのが一番早い。普段なら周囲の目を気にして慎重になるところだが、これだけ大人数の出入りがある今日は誰も気に留めないだろう。
廊下を抜けて校舎と自転車置き場の間を通る。少し行くと外壁寄りに焼却炉がある。もう使われなくなって久しくボロボロだ。その回りに積み上げてあるブロックを踏み台にすると、簡単に外壁を越えられるのだ。
ブロックに片足をかけたところで、ふと人の声がして私は振り返った。
ここは校舎の裏側。窓から教室の中を覗き込める。声のする方向を辿って行くと、飾りつけのされていない教室が見えた。視聴覚準備室。声がするのは、この開け放たれた窓の奥からだ。しかももめているような男女の声。私はそっと窓際から中の様子を窺った。
何と中にいたのは理子と、体育教師の黒西。黒西が理子の腕を掴んでいて、理子は明らかにそれを嫌がり、振り払おうとしている。
私は足下にあった枯れた小枝を、わざと大きな音を立てるように踏み折った。
パキン、という音がして、二人が外へ視線を向ける。私は偶然通りがかった風を装って、彼らの前に姿を現した。
二人の表情は対照的だった。黒西は明らかに狼狽し、理子は安堵の笑顔。黒西が理子を掴む手が解け、理子はこっちへ駆け寄って来る。黒西は何か叫びたそうだったが、無言のまま教室を出て行った。
理子が窓枠を乗り超え、裏庭へ出て来る。
「助かったよ、実佳。ありがとう」
心の底からそう言う理子に、「どうしたの?」なんて訊くのはカッコイイ女のすることじゃない。話したい人は、そのうち自分から話してくれるものだ。
私は言った。
「これからコンビニにお昼買いに行くんだけど、一緒にどう?」
理子は頷いた。
私達は通行人にパンチラショットをサービスしながら外壁を飛び降り、私はパンを二個、理子はプリンとアイスティーを買った。帰りしなに、理子は自分からさっきのことを話してくれた。
足りなくなった焼きそばのトレイを取りに理子が視聴覚準備室に入ると、中に黒西がいたらしい。それは全くの偶然だったけれど、手ぶらで戻るわけにはいかないので、理子は仕方なく無言のままトレイを探し始めた。そのうちに、突然腕を掴まれたのだと言う。
この前の体育の授業後のことがあったから、理子はかなり警戒していて、掴まれた瞬間に悲鳴を上げそうになったけれど、すぐには誰も助けに来てくれないような場所でそうすることの危険性を考え、咄嗟に喉まで出かかっていた叫びを飲み込んだ。
黒西は半ば泣き落としに近い状態で、「僕と真剣につき合ってほしい」、「本気で君が好きなんだ」などと迫ったそうだ。ついでに、先日離婚して今はフリーであること、慰謝料は発生しないから君一人養うには充分すぎるほどの蓄えはある、と訊いてもいないのに話したそうだ。
いかなる条件があろうとも、もはや恐怖と生理的嫌悪感しか感じない相手に恋愛感情を持つことなど絶対にありえない。
だから理子は、出来るだけ穏やかに、それでいてつけ入る隙がないほどにきっぱりと拒絶したらしい。当然だ。
でもそれに対して激昂し、黒西が口走った言葉が私達に例えようもないほどのショックを与えた。理子が、「一言一句忘れやしない」と震えながら話してくれた黒西の言葉はこうだ。
「俺ら教師は、お前ら生徒の住所や電話番号はおろか、親の勤務先さえ知っている。その気になれば、生徒一人の人生、メチャメチャにするのはわけない」
そのやり取りの後で、私が窓から現れたというわけだ。
これは、明らかに犯罪的な脅しの言葉。それを吐くことによって、絶対に相手が翻意して自分の方を向いてくれる確率はなくなるのに、男は時々こういう言葉を平気で口にする。
こんなとき私は思う。恋愛において男女は平等ではなく、ましてや女に有利などでは全くない、と。
今や、道で男にナンパされ、断ったらナイフで刺される時代。繁華街へ行けば男の集団に無理矢理どこかに連れ込まれる危険があり、四、五歳くらいから、さらわれたり、いたずらされたりという危険が待ち受けている。
ミニスカートを穿くJKは全員援助交際をしているものだとマスコミが決めつけ書き立てれば、信じたアホ共は、酔いに任せて街角で電話番号と共に「幾ら?」と値段を聞いてくる。無視すると逆ギレして罵詈雑言を吐きかける。
そんな風に、女の性と恋愛に関する感覚を根こそぎ蹂躙することばかりが世間に起こっても、誰も助けてはくれない。
いつだって割を食うのは女。汚辱を雪ぐために自らを何度も傷つけねばならないのも女。立ち向かったがために完膚なきまでに性を貶められるのも女。
すっごく嫌な気分。黒西の言葉は、そんな現実を私達に目の当たりにさせる。こんなにも脆い生き物って他にあるだろうか。動物や昆虫だって雌を守るために戦うというのに。
でも私も理子も、特に俯いて歩いているわけではなかった。教師同士のやり取りを今まで見た中で、黒西はそんなに度胸のある奴じゃないってこと、私達は知っていたから。それに今日、明日は待ちに待った学祭を楽しむ方が優先だ。
「とにかく、あいつには人目があるところで迫って来る度胸なんかないんだから、シカトしてればいいよ。当分は一人にならないことだね」
「うん」
「もし黒西が教師の権限で呼びつけるようなことがあったら、必ず私達に教えなよ。誰かしらついて行くようにするから」
「うん。ありがとう」
理子は笑いながら頷いた。もし黒西がそれ以上やるようなら、そのときは出るところへ出るしかない。
外からは踏み台がなく近道する方法がないため、私達は正門から校内へ戻った。そして一階の購買の脇にあるロビーのベンチで昼食を摂った。しばらくすると、そこへ有里と倫世も集まって来た。みんな担当の仕事が終わってフリーになったのだった。
「これからどうする?」
と有里が訊くと、みんなが異なる意見を出したので、それじゃあ三時半のミッキー達軽音部のステージまでバラバラに行動しようということになった。
軽音部のステージは学祭で一、二を争う人気であり、ミッキー達からも沢山人を連れてきてほしいと言われていたので、みんな行くことに決めていた。
実際にはバラバラではなく、私達は二手に分かれることに落ち着いた。サッカー好きの有里と理子は招待試合の行われるグラウンドへ、私と倫世は校内をぐるぐる見て回ることにした。
有里にはさっきの理子と黒西の一件をまだ話していないが、こんなとき彼女ほど頼りになるパートナーはいない。私は霞君を捜したかったのだが、これといって当てがあるわけでもなかったので、倫世と行動を共にすることにしたのだった。
私達は並んで歩き出した。
倫世の身長は私とほとんど変わらない。絶対的に違うのは胸の大きさ。本人は具体的なサイズを明かさないけれど、軽く九十センチは超えているんじゃないかしら。全体的な身体のラインが起伏に富んでいて、女らしくて綺麗。私は時折羨ましく思う。
「こんなの全然よくないよ。重くて肩凝るし、走ると揺れて邪魔だしさ。それにすぐ『巨乳』とか『爆乳』とか言われるの嫌だし、みんな話すとき私の目じゃなくて胸を見てるもんね。いい気分じゃないよ」
そう言って倫世は苦笑するけれど、世の中の男の子達は、女の子の胸は大きい方がいいと思っているから、やっぱり私は羨んでしまう。
元からあんなに大きかったのかしら。それとも何人もの男の子の手が・・・その結果?
倫世はなかなかの発展家。もう既に三人もの男の子と寝た経験がある。でもどれも長くは続かなかった。本人曰く、熱しやすく冷めやすいのだそうだ。エッチに至るまでのプロセスで燃え上がり、することで頂点を迎え、後はどんどん冷めていく。
そんなときに男の子特有のエゴや気に入らない仕種を見せられると、もうアウト。後は別れに向かって一直線ということになるらしい。
私はもう一度倫世の胸を見た。男の子の手が彼女のそれを揉みしだく様子を想像してみる。そのときの彼女の表情はどんなだろう。次に自分なら? と想像してみる。途端に身体が熱くなる。
「ねえ、実佳」
倫世の呼びかけに私はハッとなった。すぐに返事をするには、私は自らの妄想にはまり込みすぎていた。
「ちょっと体育館に行きたいんだけど」
そう言う倫世の口調からは、ある種の含みが感じ取れた。私はすぐにピンときた。そして彼女の作る照れ隠しの無表情を見て、私は確信した。
「なあに、また別の男?」
私はニヤリとして訊き返す。
「もうっ! そんなストレートな言い方しないでよ」
「でも、そうなんでしょ」
「……へへっ」
倫世ははにかみながら頷いた。こんなときの彼女はたまらなく可愛い。
なるほど。校内をぐるぐる見て回りたいなんて言い出したのは、私と二人きりになりたいための口実だったのね。
私は倫世が過去につき合った三人の男の子を全員知っている。それは共通の友人だったからではなく、倫世が事前に私に品定めをさせたからだ。倫世は誰かを好きになると、つき合う前に必ず私を呼び出して、二人して物陰からその男の子を見ながらこう言うのだ。
「あの男の子どう? いい感じじゃない?」
と。私は彼女が意見を求めているわけではなく、背中を押してほしいだけなのを知っているから、「なかなかよさそうな子だと思うよ」などと肯定の言葉を返す。
だって実際、初めて見た数秒間でその男の子のことを見極めるなんて無理。判断材料は自分の第一印象による直感だけ。いずれにせよ肯定の言葉を返すことは決まっているのだが、後で考えると倫世の男の子を見る目はなかなかのものだ。
「いいわよ。体育館までお供しますわ、倫世姫」
「うむ、苦しゅうない。ついて参れ」
私達はおどけながら方向転換した。
「で、今度はどんな子?」
「あのね、演劇部で、きっと今舞台の上で台詞喋ってる」
「主役?」
「ううん。多分違う。でも台詞の多い役だって言ってたよ」
私達はそこで一旦会話を中断した。演劇部の舞台はもう始まっているから、体育館の正面入口を開けて入るわけにはいかない。私達は舞台袖の奥にある用具入れの出入口を経由して、客席へ入ろうと試みた。
が、扉の前に立つと、何やら声が漏れ聞こえてくる。私達は一瞬顔を見合わせたが、そっと扉を開けて中へ入った。
「バカヤロォ!」
入るなり響いた怒声に私達は目を丸くした。が、すぐにそれは私達に向けられたものではないと判った。
用具入れには先客がいた。演劇部の後にステージに立つ軽音部のメンバーだ。ミッキーとタクちゃんと順平。けどもう開始まで一時間くらいだというのに制服のままだ。それも俯いたまま無言。
彼らの前に立っているのは黒西だった。さっきの怒声も黒西のもの。黒西は顔を真っ赤にして、聞くに堪えない言葉を駆使してミッキー達を怒鳴りつけている。
「そんなに大きな声を出したら、客席に聞こえちゃいますよ」
私は見かねて言った。
黒西は一瞬止まったが、私の姿を確認すると、「またお前かあ、京野」と、あからさまな敵意を投げつけてきた。束の間、私は戦慄を覚えた。
「あ、京野にトモ」
ミッキーが私達に気づいて声をかけてくる。
「どうしたって言うの? 一体」
「バカヤロォ! 誰が私語なんぞ許したか。そもそもお前らは自覚が全くないのだ。俺は、『最近の若いモンは仕方がない』なんて思うほど甘かねえぞ。いつの時代だって自覚を持って行動出来ねえ奴はクズだ。こんな女共とちゃらちゃらしてやがるから、こんなマヌケな事態を起こすんだ」
「ちょっと! こんな女共って何よ!」
倫世がすかさず口を挟む。
「お前らは黙ってろ! というか出て行け! 消えろ! 関係ねえだろうが」
それは明らかに「叱る」という域を超えた、はっきりと判る憎しみ。理子の一件で、黒西は彼女の友人である私達を、特に私を目の敵にしているのだ。
それにしても頭の悪い奴。「こんな女共と……」って巻き込んでおきながら、次の台詞に「関係ねえ」はないだろうに。
「学祭のイベントをナメてんのか? お前ら。『絶対盛り上げてやるから、トリにしてくれ』っていきがってたのは誰だ? そこまで言っておきながらステージに立てないだ? 三時半からの一時間、どうしてくれんだよ、え?」
「ステージに立てないって、どういうこと?」
私は首を突っ込むことに決めた。
「お前は黙ってろって言ったろうが!」
「いやそれがさ、朝、ドラムの金太がバイクで事故って、そのまま病院に運ばれちまって……」
「事故? ひどいの?」
「私語は許してねえって言ってんだろうが! このクソ野郎」
黒西は、言うことを聞かないミッキーの胸元を思いきり突き飛ばした。ふいのことで、たまらず後方へしゃがみ込む。
「ちょっとぉ! やりすぎじゃない」
「いいや、自業自得だね。ドラムの浅田だって、学校で禁止されているにもかかわらずバイク通学の途中で事故ったんだ。おまけに今頃まで連絡してこねえから、こんな取り返しのつかねえ事態になってんだろ、え? 朝のうちに言ってくりゃあ、プログラムを修正したりとか打つ手はあったんだ。それをお前ら……」
そう言えば、黒西は学祭での体育館内イベント担当責任者だった。でもちょっとこれはいきすぎだ。
「だからそれはさっき言ったじゃんかよ。俺らだってさっきまで金太と連絡つかなかったんだからしょうがねえよ」
ミッキーが必死に言い返す。
「いや、違うね。お前ら、元々学校をナメてやがるのさ。何事にも真剣にならず、責任も取らず、ヤバくなったらケツまくりゃあ、誰か何とかしてくれると思ってる。世間じゃそういうのを『穀潰し』って言うのさ。知ってるか? この日本語」
「……」
「予定されていたプログラムが実行出来ないなんて、学祭が行われるようになってから今まで一度もなかったことだ。何と嘆かわしいことか。わざわざ来て下さったお客様に幾ら詫びても申しわけが立たん。ん? 詫びか。……そうだな」
突然、黒西がニヤリと不気味な表情になった。
「そうだ。お前ら、三時半になったら、予定どおりステージに上がれ。三人で」
「え?」
「それで四時半までの一時間、三人で土下座してずっと客に謝り続けろ。『僕たちの無責任で演奏出来なくなりました。ごめんなさい』ってな。どうだ? グッドアイデアだろ?」
「クッ……」
いい加減ミッキー達も我慢の限界だった。
「そんなのただのイビリじゃん。あんたそれでも教師なの?」
「イビリとは人聞きが悪いな、京野。俺は罪を犯したアイツらに償うチャンスを与えてやろうと言ってるんだぜ。しかも当初の望みどおりステージにまで上げてやろうと言っている。心が広いと言ってほしいね」
「どこが! あんた性格歪んでる」
「あ、そうだ。もしその気があるんなら、予定どおりステージで演奏してもいいぞ。『ドラムはないけど、僕たちのロックを聴いて下さい』なんて言えるもんならな」
この言葉は、軽音部のメンバー達の神経を充分すぎるくらい逆撫でしたようだ。拳を握り締めて、今にも飛びかからんばかりの形相になっている。
「サイッテー!」
と、倫世も吐き捨てた。
「そうそう。お前ら、セコイこと考えんなよ。生演奏が売りだって自分らで言ってたんだから、どっかから音源持ってきてカラオケにしようとか思っても、俺は予定外の機材の使用は一切認めんぞ。時間になったら客席で見てるからな。このままバックレてステージに穴を空けたら、絶対ただでは済まさんからな」
そうか! 今の言葉で私はピンときた。何故もっと早く気づかなかったのだろう。
「要するに、ステージに穴を空けなきゃいいのよね?」
私は口を挟んだ。
「あ? プログラムと違う内容のものをやるのも許さんぞ」
黒西は刺々しい目つきでさらに追い込もうとする。
「判ってるわ。ねえミッキー、要するに代わりのドラムがいればいいのよね?」
「そりゃそうだけど……。俺らの知ってる限りじゃ、この学校にそんな奴いないよ。ドラムセットってのは、ブラスバンドなんかの大太鼓、小太鼓とはわけが違うし……」
ミッキーは気弱な調子で言った。そこへ黒西がさらなる追い打ちをかける。
「いやしねえだろうよ、そんな奴。この学校以外の人間に助っ人を頼むのは許さんぞ。もっとももう開演まで一時間ほどだから、それも無理だろうがな」
「うるさいわね! ちょっと黙っててよ!」
私は言い放って、不安げなミッキー達を見た。
「大丈夫。私を信じて、ステージの準備をして待ってて。着替えたり、楽器の用意とか色々あるんでしょう」
「そんなこと言ったって、もう一時間しかないんだぜ。曲だってメジャーバンドのコピーじゃねえ。俺達のオリジナルなんだ。幾ら何だって……」
「いい? 自分達でダメだと思ったら、絶対にダメなのよ。あそこまで言われて悔しくないの? ぎりぎりまでやれることやらなくちゃ」
「だけど、ドラムの代わりなんて心当たり……」
「大丈夫。心当たりは、あるわ」
私はきっぱりと言った。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?