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香りの消えた朝と1通の…/短編エッセイ


朝目覚めると、電気ケトルに水をはりスイッチを入れる。
特別な何かではなく去年ふるさと納税か何かで買ったコーヒーの封を開けて
いつものカップにセットをする。

朝を食べないようになってから随分たつが、
朝にコーヒーを飲むことだけは昔から変わらない習慣だった。

自己流でいれるなんてことないコーヒー。
それでも自分が自分のために行う優しい行動としては十分で、
「丁寧な暮らし」を感じるにも十分すぎる行動だった。


そんな当たり前のような朝を迎えなくなってから
どれくらい経ったのだろうか。

減らないコーヒーと空のコーヒーのペットボトルの山。


それだけならまだよかったのかもしれない。


ある朝、私の世界から香りが消えた。
そして手に入れたのは”異臭”のする世界だっだ。
この気持ちをどう表現したらいいのかはわからないが、
ただ大好きなコーヒーを楽しめないことが多分一番の不幸に思う。

そんなことを考えて、まるで悲劇のヒロイン気取りの自分のもとに
届いたのは1通のLINEだった。


それは母から届いた1通のメッセージ。


「身体一番。若いしチャンスはいくらでもある。
お金は大事だけれど、それ以上にやりたいことをやりなさい。」


溜まっていたストレスも感情も流れ出るように
私は人目もはばからず泣いた。

ずっとつらかったのだ。頑張らないといけないと言い聞かせてきた。
その結果がペットボトルのコーヒーと
香りのしなくなった嗅覚だったのだ。

身体の悲鳴に気づかずにいた、いや気づかないようにしていた自身に
母の言葉は良く響いた。


人生は短い。
だったらまた何かを始めてもいいのかもしれない。


明日、おきたらケトルでお湯を沸かそう。
溜まっていたコーヒーを自分のためにいれてみよう。



人生を諦めるのは、きっとそれからでも遅くない。

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