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(中)バックパッカー料理人 第12便

③Fäviken
サバイバル...


チャイナに配属された僕の1日は、他の人たちより早くはじまる。
10年間毎回提供し続けているスペシャリテのスカロップ(ホタテ)の料理に使うジュニエーブル(ネズの実の木)と、メインのお肉のプレゼンテーションであしらうスプルース(もみの木)の枝を集めセットしなければいけない。

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毎朝、起きて支度をしたら寮の玄関に座り込み、分厚く頑丈な手袋と、強靭なハサミを持ってジュニエーブルの枝を2つ1セットで組み合わせる。同じサイズ、色あい、葉のボリューム感を合わせ、枝の下をナイフで削り組み合わせ、ゴムで硬く縛り止めるのだが、その時にジュニエーブルの鋭い葉やトゲが手や腕に突き刺さり、まぁ血だらけとなる。手袋をしていても、終わって手を洗うとあちこち染みる。
そんな大変な仕事も僕にとっては楽しい朝のルーティンだ。
僕が責任持って手がけるからには、シェフから一発OKはもちろんのうえ、誰よりも綺麗にかっこよく仕上げたい。

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そのために定休日に朝から向かう枝のハントには気合が入る。枯れたものは論外だが、同じような緑色でもよくよく比べると全く違う。ジュニエーブルは、その木々によって若干色合いがそれぞれ違う。っということは、同じペアを探すのは同じ木から取るのがベストだが、なかなかそうはいかないのが現実。
日本では見ることがほぼないジュニエーブルの木も、ここオーレの雪山ではそこらじゅうに自生している。だが自生してるといっても、ファヴィケンで使うにはサイズも色も全てが決まっている。それらを広大な雪山で探すのはかなりの困難と苦行が強いられる。それも春夏はピクニック気分で楽しいらしいが、これから僕は真冬の雪山に挑むこととなる。

ポイントはいくつかある。今日は、車で40分ほど走った先の雪山。狩猟期間の間は立ち入り禁止区域にされてるヘラジカやいろいろな動物が住む危険なエリアだ。っということは自然が多く、綺麗なジュニエーブルやスプルースなんかを探すにはもってこいの場所でもあるということ。
ひとえにジュニエーブルの枝といっても、VIP用とされる極上の枝もある。

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それは写真の様にジュニエーブルの実もほどよく付き、鮮やかな緑とバランスの取れた葉のボリュームと長さ。
初日から1週間後の初めての定休日。僕らの部屋に新しくアイルランド人のトーマスがやってきた。まだ、20代半ばのトーマスは明るいイケメンですぐに打ち解けた。
そして、到着したばかりのトーマスを連れて、部門シェフのマティアスとジョハーナと僕の4人で雪山に向かった。
初めての雪山。テレビでしか見たことがないような、目に写る全てが銀世界の雪山に興奮は抑えられない。3時間後に車集合、そして一人一人でかいカゴを持ってバラバラにハントへ向かう。

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生来、方向音痴な僕にこのミッションは死刑宣告を受けるようなもだった。
カゴを力一杯遠くに放り投げては、目の前の枝だけを追いかけて、ひたすら枝を切り取り歩き回るのを繰り返すと、気付けば30分、1時間はすぐに経っていた。興奮のあまりスマホで動画や写真を撮ってはしゃいでいたのが嘘の様に、音の無い世界と凍てつく寒さに立ち尽くしていた。
守るはずの手袋と靴下は度重なる雪に濡れ、もはや痛めつける狂気と化していた。震えていた身体は、今は寒さも痛みも感じなくなり、自然と落ち着き始めていった。目の前がかすむ中、足を運び続けていくと追い討ちをかける。
ズボォッ!?
急に右足が雪を突き抜け膝下に急激な冷たさと痛みが走る。雪の下は湖だった。曇りかけてた頭と目が覚め、すぐに足を引き上げる。こんな音もない極寒の世界で湖に落ちたら、人知れず死ぬとこだった。カゴを引きずり待ち合わせの場所に戻ろうと歩み続けるも、もはやここがどこだかも分からない。やばい。死ぬ。そう思った瞬間活力が戻り、考える前に大声で叫ぶ自分がいた。
「トーマァス、マティアァース!」
反響することもなく、声は抜けていく。10分ほど叫びながら彷徨っていると、遠くからカゴを抱えて歩くトーマスが現れた。喜びで身体が震える。
無事トーマスとともに車まで戻ると、マティアスたちは車の中で暖房をつけて既に待っていた。
帰り道、遭難するわ、もう少しで湖に落ちて死ぬかと思ったわっと話すと、何回か、過去真冬の雪山で同じように枝を探しに行ったスタッフが遭難して、救助隊を呼びヘリで救出したことがあるらしいと笑いながら話す2人。。。

サバイバルを終え寮に戻ると、ヴィクとデイヴが暖かいバターコーヒーを用意していてくれた。
命の恩人であるトーマスとは、ヴィク、デイブと同じく親友となっていく。

日本にいたら絶対経験できないほど、ファヴィケンでの修行の日々は料理以上に過酷な楽しさが満載な幕開けだ


To be continued...

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