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(中)バックパッカー料理人 第13便

④Fäviken
どうしても食べたくて...


布団から出るのが辛くなるほど寒くなってきた。
昨晩は、僕もトーマスも夜中に3度ほどヴィクターにいびきがうるさいと起こされたから余計眠い。。。ヴィクごめん
まだ寝ているトーマスを起こし、今日も玄関に座り込みいつも通り満席の24名分プラス2組のジュニエーブルを組んでいく。

キッチンの壁のタイルには、閉店までの予約リストが貼られている。毎朝、毎晩予約リストを確認して、NG食材やVIPの有無を確認する。ここでいうVIPは主に世界中の他のレストランのトップシェフやソムリエ、著名なフーディーや審査員たちのことをいう。スタジエの僕に確認する必要があるかって?実際、スタジエで予約リストや仕入れ表、毎日の店のメニュー全部まで確認しているのは僕1人だった。僕にとってスタジエだろうが、バイトだろうが正社員でもシェフでも、特に違いはない。
ファヴィケンのシェフたちにはとても言えないが、僕がここに働きにきた理由を部屋で話したとき、ヴィクターたちには最高だっと笑われた。

それは...
食べたいからだった!

ファヴィケンに来る数ヶ月前、僕はタイのバンコクに住んでいた。あることがあり日本に帰ってくることになり、っふとファヴィケンに食べに行きたいと思い予約を試みるが、閉店のその日まで完全満席で、キャンセル待ちならと言われる。
どうしても食べたい。食欲は止まらない。抑えられない。
そうか、、、働けば食べられるんじゃないか?
頭にそうよぎった瞬間、今まで自分が創作した料理の写真と履歴書を打ち込みファヴィケンへメールを送り、直接電話をかけた。すぐに閉店までの研修が決まった。

そう、ファヴィケンでのディナー1食のために僕ははるばるきた。ディナーのためなら雪山での遭難も、はるか歳下からの愚痴も、まとをえない命令もなんてことはない。
日本でシェフを経験したことは、僕の見識を変えていたことにここで気付かされた。ヴィクター含め、他のスタジエールたちはチャイナの仕事を嫌う。雑用ばっかりだから当然ではある。けれど、そこに、その先が見えてくると全ては違ってくる。毎日使う分を毎日磨く銅鍋とガラスの器たち。その先のお客様の顔が、ダイニングの様子が僕には見えていた。

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すると、自分がその席に座り食事をする様子が脳裏に浮かぶ。目の前に置かれるソースの入った輝く銅鍋。自分の顔が写るほど磨かれた銅鍋は木造の建物にエレガントさを与える。それを見て喜ぶお客様の顔が見えるということは、シェフを経験する前の僕に見えていただろうか。
僕はその心境をトーマスたちにも伝えることにした。
物分かりのいい素直な彼らはすぐに納得し、より熱がこもった仕事をするようにもなってくれた。

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チャイナに配属されて1週間も経つと、身体も慣れて動くようになってきた。何より自分でも驚いたのが最初1人で運んでからのセットと片付けが辛かった賄いの準備が楽々とできるほど筋肉がついていたことだ。僕は基本的に筋力には自信がない。筋トレも大嫌い。でも、ここでの20kg以上のお皿や調理器具を1日に何回も持ち運び、階段を登り降りするという日々は効率的に僕を鍛えていった。そんな僕を見てまた笑うヴィクターたち。

営業中のチャイナの仕事は主に皿出しと盛り付け、そして片付けだ。ファヴィケンの客席は2階にあるからか、ディッシュウォーマーの設定温度は100℃を振り切っている。一番上から2枚目以下の器の熱さなんて尋常じゃない。掌は瞬時に焼け爛れるほど。

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器だけでなく、ソースを入れる鍋も、まな板も全てを熱々に温める。まな板なんて熱さで全部曲がりそっている。器は陶器の他に本物の石や金属ばかり。そして、キッチンの男はタオルを使うことを禁じられている。こういう意味不明な職人肌なところが僕は嫌いじゃないんだなぁ(笑)

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一斉スタートのファヴィケンのキッチンにはタイマーがセットされており、セットされた時間内に料理を仕上げ、運び出さなければいけない。そして運ばれたらデシャップを拭き、すぐさま巨大な木のトレーをセットする。料理によっては、特別なコースターやスプーンなど色々付属品が加わり、置き方ももちろん決まっている。シェフの「Plates Out!(皿を出せ!)」
「Cutting Boad!!(まな板!!)」
の掛け声とともに激熱の皿やまな板を出し、
「Spread the Plates!(皿を並べろ!)、Plating!(盛り付け!)」の声とともに皿をすぐに並べ、盛り付けを一斉にはじめる。全ての料理の温度にとても拘っていて、盛り付けはスピード競争、各パートで競争をする。遅れているところがあると他のシェフたちから発破をかけられ、時にはその場から追い出され仕事を奪われる。っということは速ければ、そいつの仕事を奪えるということか。より気合いが入る。
だが、自分に割り当てられた分の盛り付けが終わると、僕は柄の長い刷毛とピンセット、そして濡れたおしぼりを装備し、全ての器の汚れや溢れを直していく。ここでは盛り付けが始まると、お客様に提供するまでお皿に手で触れることはない。
そして、盛り付けが終わるとトレーを両手で抱え、デシャップ後ろのスイッチを肘で押し自動ドアを開け、幅ギリギリの入り口を抜けダイニングへと運んでいく。
営業が終わると、洗い終わった器たちを拭き、ディッシュウォーマーや棚に決まった順番と種類通りに片付けていく。
チャイナの仕事はまだ終わらない。持ち場の掃除をチャッチャと終わらして、翌日使う赤貝に似た貝の殻を器にするため、ナイフで形を整え磨いていく。

シェフたちの車へ乗り込み、今日も満点の星空を見上げながら帰る。
寮に戻っての楽しみは、営業中に残ったメインのお肉の端っこをこっそりタッパーに入れ隠し持って帰り、みんなで食べることだ。
僕はいつもメインが出し終わると、走って残った肉をタッパーに入れ、キッチンペーパーをしまってある戸棚の奥に隠し、掃除後コックコートの後ろに入れて持って帰る。これは毎回のチャイナに配属されたスタジエの役目でもあった。


To be continued...

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