サムちゃんのショートショート28【未完成城殺人事件】
舞台は山奥に佇む巨大な豪邸。
初代当主の遺言により、一世紀に渡って増築を繰り返してきたその屋敷は、もはやただの住居の粋を超えた質量をもっている。今なお、未完成なその屋敷は歪な城にも例えられ、山の麓の人々からはこう呼ばれている。『未完成城』と。
連絡を受け屋敷に急行した、私こと警部、岩子出島 八郎が直面したのは恐ろしい連続殺人だった。当主の密室殺人を皮切りに、当主の次男、長男の婚約者、その婚約者の連れ子が次々と不可解な死を遂げた。 我々警察からの依頼を受け、この事件に立ち向かうのは頭脳明晰の切れ者。名探偵、九十九 宝介である。
加熱した探偵と連続殺人鬼との知恵比べは、遂に最終局面に進もうとしていた。探偵による、クライマックスお馴染みの「関係者を全員集めてください!」が発動したのである。待ってましたって感じだ。ここからの盛り上がりこそが探偵小説一番の見所。
しかし探偵は導入部だけ話すと突然、皆が集まった大広間から出て行ってしまった。
数分後、彼が帰ってきてドアの端から「ちょっとちょっと」と私だけを呼んだので慌てて駆け寄ると、探偵の顔は真っ青で血の気が完全に引いていた。
「どうしたのかね九十九くん!皆、君の推理をお待ちかねなんだぞ?」
「いや、警部、不味いことが分かりました。この小説は未完成なんです」
「み、未完成?そんな馬鹿な」
「本当です警部。僕は今さっき確かめてきました。この先にはなんの展開もないんです。完全に未完です」
「えぇっ、無いのかね、この続き!?」
「ありません。まぁ、推理小説の98%は未完で終わるといいますからね。皆不用意に挑戦して挫折してくんですよ。華麗な探偵の活躍とかに惹かれて。トリックの立証とかアリバイの時系列整理とか、詳しく考えもせずに。結果、未完推理小説ばかり世に溜まっていくわけです」
「いやいや。でもまってくれよ九十九くん。たとえ未完でも、君が普通に事件を解決してくれれば良いんじゃないのか?この未完成な館の間取りを巧みに使ったトリックを君が解き明かす話だろうこれ」
私が言うと九十九くんはめっそうもないと言いながら首を横に振った。
「冗談じゃないですよ。なんでこんな難しい事件を僕が解決しないといけないんですか」
「いやだって君!捜査しながら『ふーむなるほど』とか『やっぱりな・・・』とか、意味深なこと言ってたじゃないか!」
「そりゃ言いますよ!探偵小説なんですから!でもまさか解決編がないとは思ってもみないじゃないですか!」
「どうするんだねきみ、そろそろ解決しないと、登場人物がまっとるんだぞ」
「警部、こうなったらあの手でいきます」
「あの手とは」
探偵は「ちょっと出てきます」といいながら廊下の先の暗闇へ歩いていった。
【きみに未完成城殺人事件の謎が解けるか!?
未だ未完成の屋敷で行われた驚くべき殺人トリックと犯人とは!?
下記の連絡先に事件の真相を推理して送ってください!
正解者の中から抽選で、
『新潟県産コシヒカリ』
『みかんジュース1年分』
『腐葉土80キロ』
などの豪華賞品をプレゼント!
さぁ、きみも作者と知恵比べだ!】
「考えたなぁ、九十九くん」
私と探偵は椅子に腰掛け、コーヒーを飲みながら話していた。今、物語内の時間は完全に停止している。動いている登場人物は主人公である九十九くんと語り部の私だけだ。
「まさか、真相を公募するとはなぁ」
「えぇ。投げっぱなしです。世の中には推理小説のアラを探すのが大好きな偏物で陰湿な奴らがいっぱいいるんです。どうせそいつらがちゃんと整合性の取れた物語の真相を考えてくれるはずです」
「気が知れんなぁ」
「気が知れませんねぇ」
私と探偵はコーヒーをズズズとすすった。
考えようによっては、だ。我々は恐ろしい殺人犯の封じ込めに成功したともいえるんじゃないだろうか。物語が完成するまでずっと時間が停止した、この未完成の城の中に。
この投げ銭で家を買う予定です。 よろしくお願いします。