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絵の向こう側

今日も良い天気だ。降水確率0%、最高気温27度。
私は天気予報を確認したら、四つ切サイズのスケッチブック、絵の具、筆が入ったカバンを肩から下げ、イーゼル片手に海へと出かける。歩いて15分で海岸へ着く。
海といっても砂浜ではない。船やボートが停泊している港へ行く。白い船は太陽の光を浴びて眩しいくらいだ。そこで私は絵を描くのが日課になっている。


私の夫は、同じ会社の同僚で2年先輩だった。会社の仲間内でよく飲みに行っては、愚痴を言ってストレスを発散したり、将来の夢を語ったりしたものだ。
夫の夢は、定年したらボートで世界一周したいというものだった。夢を語っている夫の目は、生き生きとしてキラキラしていた。子供の頃から船長に憧れていて、一級船舶免許も取ると意気込んでいた。見ていて本当に楽しそうだった。
私も一緒に夢を追いかけたいと思っていた。


「タバコが切れたから、自販機に買いに行ってくるよ」と言って夫は家を出た。
その後ろ姿を見たのが最後だった……
夫は、酒酔い運転によるひき逃げ事故にあってしまった。


家から歩いて5分くらいのところで、
たった5分の間に、
命を奪われた。
日常を奪われた。
呆気なさ過ぎて、涙も出ない。まるで他人事のように思えた。
事実を受け入れていない私がいた。

お葬式が終わって、ひと段落が着いた夜。
畳の部屋に布団を敷き、眠りに着く。無意識に寝返りを打ったとき、私の手が畳にコツンと触れた。もう、隣に夫はいない。
いつも、隣で寝ていたのにもういないのだ。
その事実を受け入れた瞬間、涙が私の顔を横切った。

泣いても、泣いても、悲しみが次から次へと襲ってくる。その悲しみに押し潰れそうになる毎日を送っていると、ふと、鈴の鳴る音が聞こえた。
その鈴の音はダイニングテーブルの方向から聞こえてきた。そちらに目をやると、今朝の新聞が置いてあった。

船の写真が目に入った。
夫が近くにいるように感じた。
生き生きとした夫を思い出した。

立ち直るまでには数年の時間を要したが、今は夫を想い、船の絵を描いている。
この絵を描き続けている限り、心の中で夫と会話をしているように思える。

描いた絵の向こう側では、夫と一緒に大海原を航海している私達を夢見ている。





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