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自ら塩を擦り込む私たち

スクラブをしていると注文の多い料理店を思い出す。

「注文の多い料理店」日本の義務教育を受けたなら恐らく読んだことのある人が大半だろう。オツベルと象や雨ニモマケズで知られる宮沢賢治の作品だ。

あまり内容は覚えていないが、たしか森で見つけた建物の中に入ると指示が書いてあり、その指示通りにミッションをこなしていくと知らず知らずのうちに自分で自分を下ごしらえしてしまう。
浴室でスクラブをしていると物語内で壺の中の塩を擦り込んでいたシーンを思い出す。

スクラブには色々な種類がある。まず、ボディ用、顔用、唇用、頭皮用など用途の違うものが販売されており、原材料も異なる。私は塩と砂糖のものしか使ったことがないがカボチャなど野菜を使用したものもあるらしい。湯船に浸かり柔らかくした肌を上から丁寧に洗い、濯ぎ、シェーバーで優しく毛を剃る。大抵瓶に詰められたそれらをすくい取り、ゆっくりと足に延ばす。腕にも延ばす。そうして擦り込み、擦り込み、首や足の先まで丁寧に。下味をつける。優しくシャワーで洗い流すとほわん、と浴室内にいい香りが漂い、湯気と共に脱衣所へと戻る。体についた水滴をふわふわのタオルでとんとん、と吸い上げ、保湿用のクリームを全身に塗る。顔には化粧水を、入念に拭いた髪にはヘアオイルを馴染ませる。すべすべと手触りの良くなった肌を触るとき、なるほどたしかに美味しそうだと思う。

こんなに入念に下ごしらえをするのはそういった予定がある日の前日だけである。少なくとも私は。そう考えるとパックをして丁寧に髪を乾かし、着圧ソックスを履いて早めに寝て、翌朝いつもより時間をかけてメイクをして服を考えて香水を振る、その時間までのすべてが注文の多い料理店なのかもしれない。とはいっても、自らの意思で調理を待つ食材である私の方が何も知らずに自身の下ごしらえをした彼らより愚かしくはあるが。

誰に食べられるかもわかっていて私たちは自分の身体に入念に塩を擦り込んで下ごしらえをする。おいしくなあれ、きれいになあれ、爪に紅を、唇にも紅を。

自らが納得しているならいいじゃないと思い込み、思考停止して私は今日も塩を擦り込む。


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