さるばなな

掌編を書くのが好きです。

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【🏆受賞作】肉巻き、アスパラガス

プラスチックの塊が、床に叩きつけられる音がした。 背後で何が起きているかなんて、振り返らなくてもわかる。中学生になったわたしのために、母が四時半に起きて作ってくれたお弁当のおかずが、木タイルの床に散らばっているのだ。 ◆◇ 「灯里の好きなの、入れておいたから」 今朝、母はそう言って微笑みながら黄色の弁当包みを手渡してくれた。母の手にはあかぎれが目立っていた。秋のはじめとはいえ、朝の冷たい水は滲みたにちがいない。 「ありがとう、うれしい」 わたしは答えた。きっと、アスパラ

    • The Egg / Andy Weir (さるばなな訳)

      あなたは家に帰る途中、事故で死んだ。 なんてことない交通事故だった。 しかし、あなたは運悪く車から弾き出され、致命傷を負ったのだった。 痛みは感じなかった。 救急隊は必死に救おうとしてくれたが、全身にひどい衝撃を受けたあなたの身体は、目も当てられない程ずたずただった。病院に着いてしばらくすると、妻と子どもたちが駆けつけた。彼女たちは懸命な治療を施されるあなたを載せた血まみれのストレッチャーにしがみつき、祈るように涙を流した。しかし、救急医もあなたの家族も、そしてそれをすぐ

      • わたしがもっと綺麗なら

        「ただいま」 披露宴の二次会から戻った彼の顔は青白く、一日分とは思えないほどの疲労が滲み出ていた。 おかえり、と声をかけるも、それに続く言葉はない。何か気の利いたことを言わなければならないとわたしは思った。 「どうだった?結婚式は」 「ああ、いい式だったよ」 彼は笑顔でそう言ったが、その顔は引き攣っていた。今朝、ぴかぴかに磨いていった革靴の先には絨毯に擦り付けた跡がいくつもついているし、礼服の肩と背には、まるで雪が降ったかのように大量のふけが落ちている。ストレスを感じ

        • 最後の夏は、おもいきり

          「夏期講習の申込用紙が出ていないぞ」 アルバイトの僕にも、塾講師のような振る舞いが板につき始めていた。小学校6年生になったリョウタという男の子は、尻の収まりが悪くて講師たちは誰も座らない小さなスツールにちょこんと腰を掛け、少し気まずそうに僕に言った。 「先生、今年の夏期講習、いけなくなりました」 リョウタは、2年前の入塾以来、常にトップの成績を維持している。 講習会はすべて皆勤。通常授業も病欠以外で欠席したことはない優秀な男の子だった。 当時、家庭の経済的な理由で退塾せざる

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        【🏆受賞作】肉巻き、アスパラガス

          クリスマス・ブレンド

          中学校の職業体験は、府中駅前のスター・バックスだった。 2018年の今なら、中学生たちは大喜びするはずだ。 体験学習とはいえ、「スタバ」で働けるのだから。 しかし、十四歳の私が担任の教師から、あなたたちの体験先はスター・バックスなのだと言われたとき、そんな特別感はまったくなかった。コーヒーなんてほとんど飲んだこともないし、思い入れがないからだろう。いずれにせよ、一緒に行くことになった順也も同じ調子だった。 ヘアアイロンで不自然に伸ばした前髪。つけすぎの整髪料。校則違反の

          クリスマス・ブレンド