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適応障害 パニック障害 楽しんで暮らしたらいいんよ

最近、適応障害とパニック障害の記事をたくさん書いてきたわけだけど、そこには意図がある。

正直、わたしはこの文字を使いたくない。

病名とか言われるやつね。

そういうのを忘れたとき、人は本当に健康になると思っているから。


だから、各種SNSの説明文で、わたしはこういった文字を使わない。

HSPとか発達障害とか、そういうのもまったく同じ。

そういうラベル付けを利用する分にはいいけれど、本当に"自由"に生きるためには、そんなラベルを忘れるくらいでいい。

むしろ、忘れたときが、一番人生をエンジョイしている。


で、最初に話した、意図なんだけどね。

正直、ハッシュタグで、今までわたしが書いてきた文字を検索すると、みんな滅茶苦茶暗いの。(ごめん)

なんちゃら障害とか、繊細さんとか、そういうのを検索すると、みんな「どう生きたら良いのか」「早く世の中に合わさないと」という雰囲気に見える。

今までのわたしとまったく同じ。

人生をエンジョイするというより、外側の世界に合わせて、どうやって自分を加工しようか。

そんな感じに見える。

確かに、そういう要素は生きていくために大事だ。

誰しも、自分をコントロールして、多くの人たちと共にどうやって生きていくか、考えるべきだ。


でもね。


それをしすぎて、頑張りすぎて、体調を崩した人は、今はそれを考えなくていい。

不安は、健全な反応だ。

この世の中をサバイバルしていくために、不可欠な感情だ。


でも。

でも。


生きるためには、エネルギーの循環が大事で。

ひとから受け取り、わたしも渡す。

エネルギー不足でダウンしている人は、とりあえず、受け取りまくるくらいでいい。

わたしがきれいごとを言っているのは分かっているのだけど、「今はもう頑張らないでほしい」。

頑張りすぎたからダウンしている。

必要だからダウンしているのに、「復職しなきゃ」とか、真面目に考えすぎず、なんか美味しいものでも食べてダラダラしててほしい。

わたしも真面目すぎるから、そういうことを考えないようにするのは難しいことは、身に染みている。

でも、ひたっすらにダラダラして、復調してきた身として、そういうことを言わずにいられなくなったの。


仕事は他の人でもできる。

会社ってそういうもんだから。

自分の心身のことを考えると、今という時間は休息のためにダウンしているのだから、そのためにひたっすらに楽しんでほしい。


そしたら、きっと、うまくいく。

人生のコントロールを、世間じゃなくて、自分に取り戻すんだ。

わたしも真面目さをかなぐり捨て、全力で楽しむことに邁進してる。

最初は怖かった。

貶されるかと思った。

でもね、全然大丈夫だったんだよね。

わたしが思う真面目さを演じなくても、人は何も言ってこないし、むしろ「それくらいでいい」と言われた。


不真面目に楽しんでだらけて暮らす。

わたしにとって、これが一番の近道で、一番のお薬みたい。

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