【短編小説】僕は本当にいるのかな
何度乗っても、体重計の針は動かなかった。
「あれおかしいな…」
人間が乗っているのをこっそり見ていたおばけは、なぜ自分では動かないのか不思議でならなかった。
地面にある板に乗ると針が動く。それで人間はどうやら体重というものをはかっているらしかった。体が大きい人間は大きく針がふれ、体が小さい人間は少しだけ針がふれる。
「もっとごはん食べないとだめなのかな」
おばけはたくさんご飯を食べることにした。
おばけの主食とは悪夢である。眠っている人間の枕に潜り、人の夢を食べる。魂も食べることがあるが、人間の感情が入り込みすぎてしまい、自分が乗っ取られる危険性があるため、ほとんど行わないように気を付けている。
体重が少ない人間ほど悪夢を見る傾向にある。昼間はそういった人間を見つけ、寝付くころに夢に侵入。良く練られた完璧な作戦だ。
今日もやせ細った人間を見つけたので見張ることにした。しかし、待てど待てど人間は寝付かない。表情から察するに決して満たされているわけではなさそうだった。
しかしなかなか寝ようとしない。きっと寝付けないのだ。
おばけはその人間を眺めた。穴が開くほど眺めた。
そして穴が開いた。そのまま心に吸い込まれた。
そこには信じられないほど苦い魂がいた。やせ細り、今にも消えそうな魂が。これほどまでにやせ細った魂は見たことがなかった。このままでは実体が消えてしまう。
「行かないで」
魂はおばけに話しかけた。
「それはむりだな、僕は体重を増やしたいだけなんだ、君の体があまりにも眠らないもんだから間違えて来てしまっただけだよ」
「それなら僕を君の体に入れるっていうのはどう?」
「おばけの体に魂を?おいおいそれは無理ってもんだよ」
おばけはない鼻で笑った。
「君は体重計を動かしたいんでしょ?」
「…僕のこと知ってるの?」
「霊感があるからね」
霊感がある魂なんておかしな話だ。
「それでどう?僕の提案は悪くないと思うのだけれど」
魂は体内に声を響かせながらおばけに提案した。
「ちょっと待ってよ、でもそれじゃ僕は本当はいないことになってしまうじゃないか」
おばけは緊張を悟られないように慎重に言葉を紡いだ。
「そうだよ」
最も恐れていた言葉が返ってきた。
「君は体重計に乗っても鏡の前に立っても何も変わってないって分かっているじゃないか。」
なら今更自分が中に入っても変わらない、魂はそう言って飲み込んだ。
覚悟した割には何か変わった感覚はなかった。
変化を知りたくて恐る恐る体重計に乗った。
21g
微々たる増加だが、確実に大きな増加だった。
またおばけのみこむか。
体重を増やそうと、魂はまた、今夜もおばけを探しに闇夜に消えた。
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